リニアの残土処分・湿地保全に関する会長声明


東海旅客鉄道株式会社(以下「JR東海」という。)は、リニア中央新幹線工事において、岐阜県御嵩町のトンネル工事現場から発生する残土90万立方メートルを、掘削口に近い山林の谷間の2か所を埋め立てることにより処分することを計画している。民有地と一部町有地からなる約16ヘクタールの候補地Aは40万立方メートルを、町有地約7ヘクタールの候補地Bは50万立方メートルを埋め立て、恒久的な処分場とする計画である。加えて候補地Bにはヒ素・フッ素等の有害物を基準値以上に含む有害残土(JR東海は「要対策土」と表現している。)も処分する計画となっている。2021年9月、当時の御嵩町長はこの計画受入れを前提にJR東海と協議していくことを表明したが、これらの候補地が、絶滅危惧種であるハナノキ(環境省レッドリスト絶滅危惧Ⅱ類)等が群落を形成している環境省指定の重要湿地に含まれていたことから、多くの町民が反対した。御嵩町は、2023年11月から、住民、有識者等からなる「リニア発生土置き場計画審議会」を開催し、議論の末、同審議会は、本年2月28日、有害残土の受入れは拒否することで一致したが、それ以外の残土の受入れは、やむなしとする意見と反対意見の両論併記の答申をした。今後、御嵩町長が受入れをするか否かの方針を決定し、受け入れる場合には候補地に含まれる町有地をJR東海に売却・処分する条件について協議する段階にある。


「美佐野ハナノキ湿地群」といわれる処分場候補地は、東海地方固有種であるハナノキの御嵩町最大の群生地で約2ヘクタールの湿地に成木が80個体あり、東海地方でも屈指の個体数と面積を誇る。ハナノキは湿地性の高木で、東海地方の東濃地域と長野県伊那地方の一部にのみ自生している。この美佐野ハナノキ湿地群は、湧水湿地の典型であり、ハナノキを含む多数の地域固有種・絶滅危惧種の生育地となっていることが評価され、環境省の「生物多様性の観点から重要度の高い湿地」(略称「重要湿地」)のNo.274「東濃・中濃地域湧水湿地群」の一部を構成するものとして選定され、その重要性は公的にも認められているところである。


当連合会は、2014年6月19日付けで「arrow_blue_1.gifリニア中央新幹線計画につき慎重な再検討を求める意見書」(以下「2014年意見書」という。)を公表した。その中で指摘した問題は多岐にわたるが、大量に発生する残土の利用先や処分先が未確定で、環境への悪影響を回避する方法が明確になっていないこと、希少動植物の保全として移植等が記載されているが、その有効性・妥当性の検討がなされていないこと等を指摘した。また、2023年5月12日付けで「arrow_blue_1.gif重要な湿地の保全・再生へ向けた適正な管理を行うための法制度の創設等を求める意見書」を公表し、重要湿地の保全・再生に向けた保護区制度を設置することや湿地の毀損を原則禁止とすること等を内容とする法制度の創設が必要であることを指摘した。


現在、御嵩町で問題となっている処分場候補地は、環境省が指定する重要湿地の一部を埋め立てようとするものであるとともに、2011年6月から2014年8月にかけて実施された環境アセスメントの後に浮上した処分場の計画である。そのため、希少種が生息する重要湿地を埋め立てようとする計画であるにもかかわらず、アセスメント手続は実施されておらず、当連合会が2014年意見書で指摘した懸念を現実化させている。


JR東海の残土処分計画は、トンネル工事から排出される残土を湿地群の上に最大30メートルの盛り土をして埋め立てるという内容であり、湧水湿地を直接的に破壊するものである。これによりハナノキだけでなく、そこに生息している水生昆虫で岐阜県レッドデータブック絶滅危惧Ⅱ類に指定されているヒメタイコウチ等の希少動物への影響も免れず、一つのまとまりをもった植物群落の下層近辺において、湧水した滲出水によってできた浅い水辺や泥中に生息する希少動物は、生息地の分断や生息域の狭小化により安定した個体群として生息できる湿地環境を失うことになる。


一方で、ハナノキ等の希少種は播種・移植等により保全を図るとしているが、幼樹・稚樹のみが対象であり、成木は移植されずに埋め立てられることになっている。そもそも、自然に形成された希少種の群落は、生息に適した諸条件が複数重なって生息適地となっているため、移植した樹木が定着しない可能性だけでなく、従来植生していた固体群に生息数の過剰を来し、既存の群落にも悪影響が及ぶ可能性もある。また、点在する湧水湿地は、降雨時の地表面を流れる流水、伏流水、地下水等が水のネットワークをつくり、相互に密接につながっている。したがって、候補地A及びBが埋め立てられると地下水の流れや水位及び土壌が変化し、地下水量の減少や水位の変動等によって極めて脆弱な湧水湿地の環境が攪乱される恐れがある。


以上のとおり、JR東海の残土処分計画は、候補地A及びBともに、貴重な湿地を著しく改変するものであり、植生が破壊される懸念がある。


元来、湧水湿地においては、移植や播種では湿地生態系が保全できず、生物相を含めた湿地生態系を全体として保全する必要がある。よって、JR東海は、事業着手後に顕在化した残土処分の問題については、生物多様性の保全にかかわる専門家を交えた慎重な検討を行うべきであり、その場合には、候補地A及びBの埋立ての回避や代替地の模索を含め、複数の処分計画を検討すべきである。



2024年(令和6年)4月4日

日本弁護士連合会
会長 渕上 玲子