重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案についての会長声明


本年2月27日、政府は「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案」(以下「本法案」という。)を閣議決定し国会に提出した。本法案には以下の内容が含まれている。


 ① 重要経済基盤保護情報のうち特に秘匿する必要性がある情報であって法所定の要件を満たすもの(重要経済安保情報)を政府が秘密として指定することができるようにすること(本法案第3条)。

 ② 重要経済安保情報を漏洩した者と不正に取得した第三者を、最高5年の拘禁刑に処すこと(本法案第3条、第22条以下)。

 ③ 重要経済安保情報を取り扱う業務は、適性評価により、重要経済安保情報を漏洩するおそれがないと認められた者に制限すること(本法案第11条)。

 ④ 行政機関の長は、重要経済安保情報を取り扱う民間の企業の従業員ら、大学・研究機関の研究者らに対しても、内閣総理大臣による調査の結果に基づき、漏洩のおそれがないことについての評価(適性評価、セキュリティ・クリアランス)を、特定秘密の保護に関する法律(以下「秘密保護法」という。)の下で主として公務員に対して実施されていた適性評価と統一的なシステムを構築して実施すること(本法案第12条)。


当連合会は、本法案の基となった経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度等に関する有識者会議における議論と「中間論点整理」(2023年6月6日)に基づいて、2024年1月18日付けで「arrow_blue_1.gif経済安全保障分野にセキュリティ・クリアランス制度を導入し、厳罰を伴う秘密保護法制を拡大することに反対する意見書」を取りまとめ、既に公表している。


本法案には、この意見書で指摘した、「国家安全保障と情報への権利に関する国際原則」(ツワネ原則)に則した、①違法秘密の指定禁止、②公共利害にかかわる情報を公表した市民とジャーナリストが刑事責任を問われない保障、③適正な秘密が指定されているかどうかを政府から独立して監督できる制度、④秘密指定された情報が期間の経過によって公開される制度などが欠けており、国民の知る権利及びプライバシー権が侵害されないための制度的な保障はなされていない。


さらに、本法案については、基本的人権の保障の観点から、以下の問題点を指摘することができる。


第一に、本法案は、第3条第1項において、重要経済基盤保護情報中に秘密保護法上の特定秘密が含まれることを前提に、重要経済安保情報には特定秘密は含まれないとしている。そして、「特定秘密の指定及びその解除並びに適性評価の実施に関し統一的な運用を図るための基準」(閣議決定)の見直しにより、経済安全保障に関連する情報を秘密保護法上の特定秘密に含まれると明記する方針だと言われている。秘密保護法が経済安全保障に関連した情報を対象として明示していないにもかかわらず、秘密保護法上の特定秘密に、経済安全保障に関連した情報を含める実質的な改正・拡大を法改正によらず行うものであり、罪刑法定主義等の観点から疑問がある。


第二に、漏洩等が処罰の対象となる重要経済安保情報の範囲が、法文上不明確であるため、罪刑法定主義との関係で問題が生じ得る。処罰法規の不明確さは大川原化工機事件のような捜査権等の濫用や企業の萎縮効果を招きかねず、営業の自由との関係でも問題がある。政府は重要経済安保情報の範囲が恣意的に拡大されることはないと説明しているが、本法案は、別表を用いて指定対象となる情報をある程度特定する形式さえとっておらず、いかなる情報が重要経済安保情報となるかを予測することは困難である。


第三に、重要経済安保情報については、衆参両院の情報監視審査会による監督、国会への報告制度も適用されないこととされている。監督措置が秘密保護法における特定秘密の場合に比しても脆弱となっており、恣意的な秘密指定が抑止されず、知る権利等に悪影響を及ぼす可能性がある。


第四に、適性評価は各行政機関が実施するが、評価のための調査はほぼ一元的に内閣総理大臣が実施する仕組みとされている。適性評価の対象とされる多くの官民の技術者・研究者について、内閣総理大臣の下に設けられる新たな情報機関が、重要経済基盤毀損活動との関係に関する事項(評価対象者の家族、同居人の氏名、生年月日、国籍、住所を含む。)、犯罪及び懲戒の経歴に関する事項、情報の取扱いに係る非違の経歴に関する事項、薬物の濫用及び影響に関する事項、精神疾患に関する事項、飲酒についての節度に関する事項、信用状態その他の経済的な状況に関する事項について調査を行うこととされている(本法案第12条)。その結果、内閣総理大臣の下に設けられる新たな情報機関に適性評価対象者の膨大な個人情報が蓄積されることとなる。


第五に、適性評価については、本人の同意を得て実施するとされているが、同意しなければ、その者は当該研究開発等の最前線から外されたり、企業等の方針に反するものとして人事考課・給与査定等で不利益を受けたりする可能性も否定できない。適性評価のための調査の行き過ぎを抑止するための仕組みも想定されていないようであり、プライバシー保障の観点から疑問がある。


よって、当連合会は、秘密とすべき情報のみが秘密として保護される仕組みが整備されるなどして前記の問題点が解消され、また、その是正策等について国民的議論が尽くされない限り、本法案に反対する。




2024年(令和6年)3月13日

日本弁護士連合会
会長 小林 元治