生活保護利用者の苦境を直視するとともに国の姿勢を厳しく批判した名古屋高等裁判所判決を踏まえ、速やかに恣意的な生活保護基準引下げの見直しを求める会長声明


本年11月30日、名古屋高等裁判所は、愛知県内の生活保護利用者らが、2013年8月から3回に分けて実施された生活保護基準の引下げ(以下「本引下げ」という。)に係る保護費減額処分の取消し等を求めた訴訟において、原告らの請求を認容する判決(以下「本判決」という。)を言い渡した。当連合会は、同種訴訟において原告らの請求を認容した第一審判決を踏まえて4度にわたり声明を発出してきたが、本判決は、控訴審として初めての請求認容判決であるだけでなく、以下のような判断を示した点において特筆すべき価値を持つ。


まず、本判決は、減額処分を行った厚生労働大臣には「少なくとも重大な過失」があり、「あえて生活扶助基準の減額率を大きくしているもので、違法性が大きい」として、減額処分を取り消すだけでなく、一連の同種訴訟で初めて国家賠償請求(慰謝料請求)をも認容した。その前提として、本判決は、生活保護基準が社会保障給付水準等の様々な制度に連動し、「広く国民全体の生活水準等にも影響を及ぼす」という、ナショナルミニマム(国民的最低限)としての意義に触れるとともに、「健康で文化的な最低限度の生活」について、3度の食事ができているというだけでなく、「基本的な栄養バランスのとれるような食事」や、「孤立せずに親族間や地域において対人関係を持ったり、(中略)自分なりに何らかの楽しみとなることを行うことなどが可能であることが必要」とし、初めて社会的排除概念に基づく今日的貧困観に立脚して定義した。このように、裁判所が、憲法25条の生存権保障を具体化した生活保護基準の重要性と生活保護利用者の生活実態や苦境に対する深い理解に基づく判断を示したことは、「人間裁判」とも言われる「朝日訴訟」が築いた歴史的意義を大きく前に進めたものと言える。


次に、本判決は、国に対し、本引下げに至る具体的な判断過程を十分に説明することを求め、これを殊更に秘匿し、又は十分な説明をしない国の姿勢を厳しく批判した。すなわち、本引下げの根拠とされた「ゆがみ調整」については、社会保障審議会生活保護基準部会による検証結果を一律2分の1にした事実を、国が一般国民や検証を行った基準部会の委員らに対してさえ明らかにしなかったことを「極めて不誠実」、「判断過程の極めて重要な部分を秘していた」などと指摘した上で、「異なる合理的説明等のない限り」、検証結果どおりだと「増額となる被保護者(生活保護受給世帯)の最低限度の生活の需要を下回ることになる」と判示し、その違法性を認めた。


また、本引下げの根拠とされた「デフレ調整」については、「基準部会又はその他の専門家(専門家により構成される会議体)による検討、検証を全く経ることなく保護基準を改定する場合には、その判断の過程を十分に明らかにするべき」であって、「ブラックボックスにしておいて、専門技術的知見があるから検討の結果等を信用するよう主張することは、許されない」などと国の訴訟態度をも厳しく批判のうえ、他の多くの認容判決同様の検討も踏まえて違法性を認めた。


こうした判断は、判断過程に関する国側の説明を単に「追認」するのではなく、その説明内容をまさに「追試的」に「検証」したものとして、あるべき判断過程審査の姿を示したものと言える。本判決は、法の解釈適用を通じ、人権保障の「とりで」としての司法の矜持を示し、その職責を果たしたものであり、高く評価できる。


本引下げについては全国29の地方裁判所に30の訴訟が提起されているが、本判決は、これまでに言い渡された25の判決のうち13例目の請求認容判決である。昨年5月の熊本地裁判決からの16の判決では12例目の請求認容判決であって、本引下げを違法とする司法判断の流れが顕著となっている。


折しも、本年10月時点で、消費者物価指数(生鮮食品を除く。)は前年同月比で26か月連続のプラスとなっており、31年ぶりという記録的な物価高である。中でも、電気代等のエネルギーや食料など家計に直結する品目の上昇率が高く、生活保護利用者を含む低所得者の生活に対する打撃が大きい。一方、生活保護利用世帯の8割以上は高齢者世帯及び障害・傷病者世帯であり、本引下げから10年以上が経過し、原告の中には亡くなったり、心身の不調から訴訟の継続を断念したりする方も少なくなく、一刻も早い解決が求められている。


当連合会は、繰り返し本引下げの見直しを求めてきたところであるが、本判決を踏まえ、政府に対し、速やかに本引下げを見直し、少なくとも2013年8月以前の生活保護基準に戻すことを強く求める。当連合会は、かかる恣意的な生活保護基準の改定を防ぐためにも、当連合会が提案するarrow_blue_1.gif生活保護法改正要綱案(改訂版)(2019年2月14日・生活保障法案)の制定に向けた取組を改めて強化する所存である。



2023年(令和5年)12月22日

日本弁護士連合会
会長 小林 元治