法制審議会刑事法(情報通信技術関係)部会の要綱(骨子)案に反対する会長声明


本年12月18日、法制審議会刑事法(情報通信技術関係)部会(以下「法制審部会」という。)において、事務当局作成の要綱(骨子)案(以下「要綱(骨子)案」という。)を法制審部会の意見として法制審議会(総会)に報告することが決定された。


当連合会は、法制審部会の設置に先立ち、「刑事手続における情報通信技術の活用に関する検討会」(以下「検討会」という。)による「取りまとめ報告書」に関し、arrow_blue_1.gif2022年(令和4年)3月15日付けで会長談話を公表した。同会長談話では、同報告書において、情報通信技術は、「被疑者・被告人、被害者をはじめとする国民」の「権利利益(憲法上保障されたものを含む。)の保護・実現に資するために活用されるべきである」との基本的認識が示されていることを積極的に評価し、取りまとめを受けた刑事訴訟法等の改正の議論においても、情報通信技術が国民の権利利益の保護・実現のために活用されるようにすることを求めるとともに、憲法上保障された権利が制約されることのないよう、慎重に検討することを求めた。


しかしながら、要綱(骨子)案は、国民の権利利益の保護・実現のために必要な制度を設けないものとする一方で、専ら捜査機関の便宜のための制度を羅列し、プライバシーの権利を始めとする憲法上の権利を保護する仕組みを欠く内容であって、検討会において確認された基本的認識に反すると評価せざるを得ないものである。


とりわけ、訴訟に関する書類を電子化し、令状手続のほか、勾留質問や弁解録取手続をオンラインで実施する規定を新設する一方で、被疑者・被告人がオンラインで弁護人等と接見し、電子化された書類を授受する権利を実現する制度を設けないものとしていることは、著しく不公正である。弁護人の援助を受ける権利や防御権は、憲法上保障されている権利である。そして、全国56の弁護士会及び弁護士会連合会がオンライン接見の早期の実現及び法制化を求めて公表している会長声明等に示されているように、迅速かつ十分な弁護人の援助を受けることができるようにするために、オンラインで接見する権利を認めるべき必要性は明白である。そして、訴訟に関する書類を電子化する以上、訴訟当事者である国民が電子化された書類を授受し、閲覧することができる体制を整備すべきことも当然である。国民の権利保護を後回しにして、必要な予算を専ら捜査機関の便宜のためのものに費やす不公正は、到底看過できるものではない。


他方、要綱(骨子)案は、検討会では議論されていなかったものを含む、新たな罰則や強制処分を創設するものとしている。とりわけ、電磁的記録提供命令の創設は、捜査機関が、電磁的記録を利用する権限を有する者に対して、刑事罰をもって、電磁的記録の提供を強制することができるようにするものである。デジタル社会と呼ばれる今日、スマートフォンやクラウドには、大量のプライバシー情報や業務上の秘密が電磁的記録として保管されている。捜査機関がそのような電磁的記録を収集・蓄積することは、「私的領域に侵入されることのない権利」やプライバシー権などの憲法上の権利を著しく侵害する危険を伴うものである。その危険の程度は、現行刑事訴訟法の制定当時に想定されていなかったものであり、他の強制処分より厳格な要件・手続が定められている通信傍受と比較しても、小さいものとはいえない。したがって、犯罪捜査上、電磁的記録を取得する必要性が認められるとしても、捜査機関がその提供を命じ、あるいはその記録媒体を押収するに当たっては、被疑事実と関連性のない電磁的記録をできる限り収集してはならないことを明確にし、情報を取得された国民に不服申立ての機会を保障し、違法な処分により取得された電磁的記録の消去を義務付けるなど、厳格な要件・手続を定めることが必要不可欠である。ところが、要綱(骨子)案は、デジタル社会において、国民の「私的領域に侵入されることのない権利」やプライバシー権を保護する視点を全く欠いたものである。要綱(骨子)案は、電磁的記録提供命令について厳格な要件を設けておらず、情報を取得された国民にその旨を通知して不服申立ての機会を保障することもせず、違法な処分によって取得した電磁的記録の消去も義務付けていない。このような要綱(骨子)案の内容が修正されることなく法制化された場合、捜査機関によって犯罪と無関係な国民の情報や秘密として保護されるべき情報が収集・蓄積されていくことは避けられない。それは、個人の「私的領域に侵入されることのない権利」やプライバシー権が侵害されるにとどまらず、弁護人との通信内容が把握されることにより秘密交通権が侵害される危険や、企業、労働組合、報道機関、市民団体、政党等の団体の活動が監視されることとなる危険を有するものであって、その影響は極めて大きく、看過することのできないものである。


また、自己に不利益な供述を強要されない権利は、憲法上保障されたものであり、電磁的記録提供命令をもってしても、パスワード等の供述を強要することができないことは当然であるが、要綱(骨子)案は、命ずることのできる内容を文言上明確に規定しておらず、命令を執行する現場において、国民を誤解させ、あるいはその誤解に乗じて、事実上供述を強要する運用がなされることが強く懸念される。


このように、要綱(骨子)案は、情報通信技術を国民の権利利益の保護・実現のために活用するものとはなっていない。刑事手続の適正・公正に最も深刻な利害関係を有するのは被疑者・被告人の立場に置かれた国民であるが、法制審部会の委員・幹事の構成を見ると、法務省・検察庁から6名、裁判所から3名、警察庁から2名が選任されているのに対し、一般有識者は1名も選任されておらず、刑事弁護の立場の委員・幹事も委員1名しか選任されていない。研究者の委員・幹事は、法務省事務当局の提示した案への批判的意見は述べず、研究者委員・幹事の間で議論が交わされることもなかった。そもそも、法務省事務当局を担っているのは検事であるが、刑事裁判の一方当事者がこのようにして刑事立法の議論を取り仕切ることが、構造的に、国民の権利を軽視する結果を招いていることを指摘せざるを得ない。


以上から、当連合会は、要綱(骨子)案に強く反対するものである。



2023年(令和5年)12月18日

日本弁護士連合会
会長 小林 元治