「厚生労働省令和4年度障害者総合福祉推進事業 精神科医療における行動制限最小化に関する調査研究-報告書-」に対する会長声明


2023年(令和5年)3月付けで「厚生労働省令和4年度障害者総合福祉推進事業 精神科医療における行動制限最小化に関する調査研究報告書」(株式会社野村総合研究所、以下「本報告書」という。)が公表された。


本報告書は、2022年6月9日に厚生労働省の「地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会」の発出にかかる報告書(以下「検討会報告書」という。)が、精神科病院における身体的拘束について「不適切な隔離・身体拘束をゼロとする取り組み」として、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第37条第1項の規定に基づき厚生労働大臣が定める基準(昭和63年厚生省告示130号、以下「告示130号」という。)」の「第四 身体拘束について」で示されている要件を改正する旨の提言をしたことを受けて作成されたものである。


この検討会報告書に対しては、当連合会は2022年10月19日付けで「arrow_blue_1.gif「厚生労働省「地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会」報告書の身体的拘束要件の見直しに対する意見書」を公表している。そこでは人権擁護の観点から、精神科病院における身体的拘束が極めて限定的で、緊急の場合にしか認められないことを指摘して告示130号の拙速な改正に反対したところであるが、本報告書の提言も、以下のとおり、精神科病院における身体的拘束の要件を緩和するものであり、容認できない。現状の告示130号を適切に運用することで「身体的拘束のゼロ化」を十分に推進することができると考えられる。 


この点、本報告書では、まず、「切迫性・非代替性・一時性の3要件を、身体的拘束の対象患者の要件として、告示130号に明示することとしてはどうか」とし、3要件の具体的なイメージとして、①「そのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれ又は重大な身体損傷を生ずるおそれが著しく高い」及び②「身体的拘束は一時的に行われるものであり、必要な期間を超えて行われていない」を挙げている(本報告書87頁)。しかし、①は、極めて限定的な緊急の場合にしか認められない身体的拘束を、敢えて現在の告示130号が本文中に使用している「切迫」の文言を使用せず、「おそれ」という文言を示し、単なる予測段階で認めることとしており許されない。また②は、一時性要件を示すものと考えられるが、「必要な期間」という概念は、医師の主観的な治療方針や、病院の人的・物的体制といった医療側の事情・判断に委ねられるおそれがあり、時間的な限定の意味をなさない。


次に、本報告書では、「「多動又は不穏が顕著である場合」等の対象患者の記載に関する明確化について」として(本報告書87頁)、「多動又は不穏が顕著である場合であって、そのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれや重大な身体損傷のおそれがある場合にしてはどうか」とあるが、上記に指摘したとおり、「おそれ」という文言によって、緩やかな解釈を認めることとなる。


さらに、本報告書は「(身体的合併症のために)『そのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれや重大な身体損傷のおそれがある場合』についても、上記に準じて判断することを明示してはどうか」とも提示するが、これは本人の同意なく身体的拘束した上で治療することを認めることとなり、現行法上は許容されていない強制治療を、告示の改正によって潜脱的に許容する結果となる。すなわち、認知症の入院患者に対して身体的拘束を常態化して治療を行ってきた近年の精神科病院の診療例などを、告示の改正を契機に是認することにもなりかねない。


このように、本報告書が提言する身体的拘束の要件改正は、不適切な身体的拘束をかえって広く認めることとなり、人権擁護の観点から許されない。


身体的拘束は極めて重大な人権制約であり、「身体的拘束のゼロ化」を推進するため法制度上の抜本的改革が必要である。そしてこのような抜本的改革は、障害当事者や弁護士等の人権法の専門家などが広く参加した公開の討論によって人権保障の観点からの意見が十分に反映され具体化されて、達成されるべきである。しかしながら、本報告書の作成については、提言したメンバーの選考過程やその審議経過についても不透明であり、専門的な人権保障の観点からのアプローチや公開性が欠如しており問題がある。当連合会は、告示130号の改正が、本報告書の提言に基づいた内容となることについて強く懸念を表明するとともに、改めて、弁護士等も関与した上で、「身体的拘束のゼロ化」を推進するための議論を広く公開の場で行うことを求める。



2023年(令和5年)9月7日

日本弁護士連合会
会長 小林 元治