改正旅館業法の施行に向けた会長声明


2023年6月7日、改正旅館業法(以下「改正法」という。)が可決・成立し、同月14日、公布された。


当初、政府が提出した改正法案にみられた特定感染症の症状を呈する者が旅館業者からの医師の診断結果報告、居室待機等の協力の求めを正当な理由なく拒否した場合、旅館業者は宿泊を拒否することができるとする条項が削除されたことは評価できるものの、改正法でも、当連合会が2022年8月18日に公表した「arrow_blue_1.gif旅館業法上の宿泊拒否制限の緩和に反対する会長声明」において指摘した人権保障上の問題点は解消されていない。


すなわち、改正法4条の2第1項では、旅館業者が必要と判断すれば特定感染症の症状を呈する者及び政令で定める者に対して医師の診断結果報告、居室待機等の協力を求めることができ、旅館業者による幅広い裁量的判断が可能とされている。特に4条の2第4項では、正当な理由がない限り、協力の求めに応じなければならないと規定されているため、旅館業者による協力の求めが患者・宿泊者にとって事実上の強制となり、患者・宿泊者の自己決定権、プライバシー権及び移動の自由が侵害され、差別的取扱いが生じるおそれがある。また、5条1項1号により特定感染症の患者等の宿泊を拒否する場合も、同条2項の配慮条項が定められたものの、患者の意思及びその置かれた立場・状況等によっては、宿泊拒否による人権侵害や差別的取扱いが生じる懸念もある。


そのため、旅館業者による協力の求め(4条の2)及び宿泊拒否(5条1項)の解釈・適用については、憲法13条を踏まえ、患者・宿泊者の基本的人権が最大限尊重され、その制約が必要最小限度となるように留意すべきである。そして、改正法に係る政省令・指針等の策定に際しては、旅館業者の判断の適正性・公平性が担保され、患者・宿泊者の自己決定権、プライバシー権及び移動の自由に関する人権侵害や差別が生じないよう、最大限の注意をもって必要かつ十分な対策を講じる必要がある。


具体的には、政省令・指針等において、①協力の求め(4条の2第1項)は明確かつ限定的で人権制限が必要最小限度となるようにすること、②「正当な理由」(同条4項)及び宿泊拒否(5条1項)の解釈・適用は、特定感染症の感染状況・重篤性、医療機関までの移動の手段・時間、医療機関の診療時間・逼迫状況、宿泊施設の場所・天候、交通費・診療費等の経済的負担、宿泊者の病状・体調・年齢・家族その他状況等を踏まえて、宿泊者の意思及びその置かれた立場・状況等が最大限尊重され、人権侵害や差別のおそれが生じないようにすること、③協力の求めの態様として、事実上の強制・強要にわたるもの、迷惑・執拗なもの、威圧的・困惑させるもの等が禁止されること、④協力の求めに応じないことを契機とした事実上の宿泊拒否や不利益的・差別的取扱い(制裁金請求、サービスの不提供等)を通じた人権侵害や差別が生じないようにしなければならないこと等が明記されるべきである。そして、人権侵害や差別を防止するためには、行政の相談窓口を設置する等の体制を整備するとともに、衆議院・参議院の各附帯決議(5項)を踏まえて、実施された協力の求めについての情報収集・事後検証の体制を構築する必要がある。


また、旅館業者による協力の求めは、特定感染症の症状を呈している者のほか「その他の政令で定める者」に対しても可能とされている(4条の2第1項1号)。この政令を策定するに際しては、新型コロナウイルス感染症流行時の宿泊施設におけるクラスター発生の有無・状況、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律・新型インフルエンザ等対策特別措置法で法律上の人権制限が必要最小限度と明記され抑制的になされていること(感染症法22条の2、同44条の3、新型インフルエンザ等対策特別措置法5条、同45条1項、同45条2項・同施行令11条8号等)、例えば濃厚接触者や同行者(家族・団体)が対象者とされることによる不利益等の諸事情に照らし、政令で「協力の求め」の対象者を拡大しなければならない具体的・客観的・科学的な必要性があるのか、人権侵害や差別のおそれは生じないか等が慎重に検討されなければならない。


当連合会は、今後も、感染症対策・公衆衛生行政一般に対して不断の監視を続け、感染症に関わる人権侵害や偏見・差別を防止し、基本的人権が最大限保障されるように全力を尽くして取り組んでいく所存であり、政府に対しては、改正法の施行により人権侵害や差別のおそれが生じないよう、万全の対策を講じることを求める。



2023年(令和5年)8月16日

日本弁護士連合会
会長 小林 元治