侮辱罪の法定刑の引上げに関する会長談話


本年6月13日、参議院本会議において、侮辱罪の法定刑の引上げをその内容に含む「刑法等の一部を改正する法律案」が可決・成立した。


当連合会は、本年3月17日付けで、「侮辱罪について、法定刑を引き上げ、懲役刑を導入することは、正当な論評を萎縮させ、表現の自由を脅かすものとして不適切であり、また、インターネット上の誹謗中傷への対策として的確なものとは言えないので、これに反対する」とともに、「インターネット上の誹謗中傷による権利侵害への対策としては、プロバイダ責任制限法を改正して発信者情報開示の要件を緩和し、損害賠償額を適正化するなど、民事上の救済手段の一層の充実を図るべきである」ことを内容とする意見を取りまとめ、公表した(「→侮辱罪の法定刑の引上げに関する意見書」)。


国会審議においては、当連合会の意見も参照され、表現の自由に対する不当な制約になるおそれを踏まえた議論も行われた。その結果、改正法の附則に、施行後3年を経過したときに、その施行の状況について、「インターネット上の誹謗中傷に適切に対処することができているかどうか、表現の自由その他の自由に対する不当な制約になっていないかどうか等の観点から外部有識者を交えて検証を行い、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする」との規定を追加する旨の修正が行われた。さらに、3年経過後の検討に当たっては、「公共の利害に関する事項に係る意見・論評は表現の自由の根幹を構成するものであることを踏まえ」、「侮辱罪への厳正な対処が図られることにより自由な表現活動が妨げられることのないよう、当該罪に係る公共の利害に関する場合の特例の創設についても検討すること」を求める附帯決議もなされた。


しかしながら、侮辱罪への拘禁刑の導入は、国連自由権規約委員会が2011年に採択した意見に反するものであること、正当な表現として保護される範囲が不明確であること、逮捕・勾留の要件の緩和により表現行為を抑圧し萎縮させる効果が生じること、その一方で、侮辱罪はインターネット上の誹謗中傷を適切に捕捉するものではないことなど、当連合会が上記意見書で指摘した本質的な問題点は、解消されていない。


我が国が民主主義国家であり続けるためには、公共の利害に関する事項に係る意見・論評をはじめとする正当な表現行為について、侮辱罪は適用されないことが明確にされなければならない。また、侮辱罪による逮捕や勾留については、表現行為を抑圧し、萎縮させることのないよう、特に厳格にその必要性が判断されなければならない。当連合会は、侮辱罪の法定刑の引上げによって、表現の自由に対する不当な制約が行われないよう、その運用状況を監視するとともに、規定の見直しを視野に入れて前記問題点の解消に努めていく所存である。



 2022年(令和4年)6月15日

日本弁護士連合会
会長 小林 元治