東京拘置所のカルテ不開示を違法とした最高裁判所判決に関する会長声明



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本年6月15日、最高裁判所第三小法廷は、東京拘置所に収容されていた未決拘禁者が、収容中の診療録(以下「カルテ」という。)に記録されている個人情報全部(以下「本件情報」という。)の開示請求を認めない旨の東京矯正管区長の決定の取消し等を求めた事案について、これを棄却した東京高等裁判所の判決(原判決)を破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻すとの判決(以下「本判決」という。)を下した。


原判決は、被収容者の処遇に関する保有個人情報が開示請求の対象となると、第三者による前科等の審査に用いられ、本人の社会復帰を妨げる弊害が生ずるおそれがあるとした上で、被収容者に対する診療も処遇の一環であるから、診療情報も、開示の対象外とされている行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(以下「行政機関個人情報保護法」という。)45条1項所定の刑事事件の裁判に係る保有個人情報に当たるとして、請求を棄却した。


これに対し、本判決は、刑事施設内の病院等にも原則として医療法等の規定が適用され、被収容者が収容中に受ける診療の性質は、社会一般において提供される診療と異なるものではないとした上で、旧法(行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律)の改正において、診療情報を開示の対象外とする規定を設けなかったのは、開示の範囲を可能な限り広げる観点などから、診療情報一般を開示請求の対象とする趣旨であると解し、本件情報は行政機関個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に当たらず、同法12条1項の規定による開示請求の対象となると判示した。


宇賀克也裁判官の補足意見も指摘するとおり、医療はインフォームド・コンセントが基本であり、医療における自己決定権が人格権の一内容として尊重されねばならず、そのことは刑事施設における診療においても何ら変わりはない。


当連合会は、「徳島刑務所問題に見る刑事施設医療の問題点と改革の方向性に関する意見書」(2009年11月18日)等において、刑事施設においても一般社会におけると同様にカルテが開示されるべきであることを繰り返し指摘してきた。2001年から翌年にかけて発生した、いわゆる名古屋刑務所事件を契機として法務省のもとに設置された行刑改革会議の提言(2003年12月22日)でも、矯正医療の適正確保のために本人又は遺族に対してカルテを開示できるような仕組みを作り、外部からのチェックを受ける体制を構築すべきことが明確に求められていた。


しかるに、国(法務省)は、刑事施設におけるカルテの開示は行政機関個人情報保護法の適用除外であるとしてこれに応じてこなかった。


しかし、刑事施設におけるカルテ開示が認められるべきことは、既に国際人権水準における標準的取扱いにもなっている。


すなわち、すべての者は、「到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利」を有しているが(社会権規約12条1項)、被拘禁者等が医学的検査を受けた場合には、その事実、医師の名前及びその検査の結果は正確に記録され、その記録へのアクセスは保障されなければならないとされ(あらゆる形態の拘留又は拘禁の下にあるすべての者の保護のための諸原則26)、それは被拘禁者処遇最低基準規則(マンデラ・ルール)にも継承されている。


本判決は、被拘禁者本人の請求によるカルテ開示を認めてこなかったこれまでの国の運用を明確に否定し、刑事施設においても一般社会と同様にカルテへのアクセスを認めたものとして高く評価することができる。


当連合会は、これまで施設内の医療部門の独立性確保など刑事施設における医療制度の改革のための意見を公表してきたが、本判決を受け、法務省に対し、本人が収容中か否かを問わず、速やかにカルテを開示するとともに、改めて刑事施設における医療制度の抜本的改革に取り組むよう求める。



 2021年(令和3年)6月16 日

日本弁護士連合会
会長 荒   中