児童ポルノの単純所持を犯罪化する法案に反対する会長声明

現在開会中の第183回国会に、「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」(以下「児童ポルノ処罰法」という。)の改正案が自民・公明・日本維新の会の三党から共同提出され(以下「三党案」という。)、審議が始まろうとしている。



当連合会は、2010年3月18日、「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」の見直し(児童ポルノの単純所持の犯罪化)に関する意見書(以下「2010年3月意見書」という。)を発表し、現行法の児童ポルノの定義が曖昧かつ広範であるため、定義を限定かつ明確化することを求めるとともに、子どもの人権保障の観点から、児童ポルノの単純所持を、法律上明確に禁止することを提言した。他方で、比較的違法性が低い単純所持を犯罪として処罰することは、捜査権の濫用が危惧され、刑罰の謙抑性の観点からしても行き過ぎであるので反対すると主張した。



ところが、三党案は、曖昧かつ広範な児童ポルノの定義を維持した上で、単純所持の禁止を宣言するに留まらず、これを犯罪として処罰しようとする点で問題が大きく、2010年3月意見書で述べた懸念が全く払拭できないので、なお反対である。


定義の問題性については再三指摘してきたとおり、現行の児童ポルノ処罰法は、児童ポルノを定義する同法第2条3項2号及び3号において「性欲を興奮させ又は刺激するもの」という主観的要件を含んでおり、児童ポルノの構成要件該当性を客観的に判断できない。特に、同条3号は「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの」と規定しており、極めて広範かつ曖昧・不明確な定義となっている。このため、自分の子どもの乳幼児時代の裸の写真でも、見る人によっては「性欲を興奮させ又は刺激するもの」であるとして、児童ポルノに該当すると判断されるおそれがある。



このような定義の問題は、限定かつ明確化のための改正をしたとしても、なお限界があり得るので、当連合会は、2010年11月16日に発表した意見書において、「解釈上の指針(ガイドライン)を作成し、捜査機関の恣意による摘発がなされないようにすべきである」と提言している。児童ポルノ処罰法の改正に当たっては、有識者会議を設置して、国民に見える形でガイドラインを作成することを、政府の義務として明記すべきである。 
確かに、三党案は、かつて自民・公明両党が提案していた単純所持罪の構成要件に比べ、処罰対象となる行為を「自己の性的好奇心を満たす目的で」と限定しており、正当業務行為が対象とされるおそれがないような配慮がされている。


しかし、このような主観的な目的には曖昧さが残ることは否定できず、しかもあくまでも内心の問題なので、少なくとも捜査段階では、所持しているという客観的要件を満たせば身体が拘束されるおそれがある。捜査における取調べの問題についてはいまだ解決しておらず、密室での取調べの中で、主観的目的について無理に「自白」させられるという事態が生じるであろうことが容易に推測できる。これは第3条の「適用上の注意」を明確化する改正を施したとしても容易に払拭できる懸念ではない。



したがって、主観的要件での絞り込みは、かねて当連合会が指摘している捜査権の濫用を防ぐ方法にはなり得ず、比較的軽微な犯罪名下での身体拘束を利用して、別件の「自白」を得るための取調べが行われる危険性すらなお大きいと言わざるを得ない。



また、三党案は、インターネットの利用に係る事業者に、捜査機関への協力努力義務を課すものとしているが、努力義務としつつ、実際の運用面では協力が強制されていくことが大いに懸念される。その結果、犯罪と関係ない多くの市民のプライバシー情報が捜査機関に収集される事態になりかねない。



さらに、三党案では、附則において、将来的には漫画・アニメーション等の規制を視野に入れていると思われる「児童ポルノに類する漫画等と児童の権利を侵害する行為との関連性に関する調査研究」の推進を規定しているが、近い将来に、表現の自由に対する過度な制限規定が追加されることが危惧される。



児童ポルノ処罰法の立法目的は、あくまでも実在の子どもの人権保障であって、善良な社会風俗の保護ではない。漫画、アニメーション等の規制は表現の自由に対する重大な侵害になり得るので、このような「検討」項目を、軽々に法律に規定することは反対である。

   

 

2013年(平成25年)6月13日

日本弁護士連合会
会長 山岸 憲司