東京電力株式会社による「避難指示区域の見直しに伴う賠償の実施について」に対する会長声明

1 東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)は、本年7月24日、同社福島第一原子力発電所事故(以下「本件事故」という。)による損害の賠償に関し、「避難指示区域の見直しに伴う賠償の実施について」(以下「本件基準」という。)を発表した。



本件基準は、「避難指示区域内」と「旧緊急時避難準備区域等」とに分かれ、前者は、財物損害、建物の修復費用、包括請求方式等を、後者は、建物の補修・清掃費用や包括請求方式を、それぞれ定めている。
東京電力が本年4月25日に「避難指示区域の見直しに伴う賠償の検討状況について」を公表した後、当連合会は本年4月27日付け意見書において、そもそも原子力損害賠償紛争審査会又は原子力損害賠償紛争解決センター総括委員会において定めるべきであって、加害者である東京電力が賠償基準を定めるべきではないと表明した。



2 避難指示区域内の財物損害について、本件基準は、帰還困難区域内について、宅地は固定資産税評価額に宅地係数1.43を乗じた金額、建物は、①固定資産税評価に構造や築年数に応じ経年減価を考慮した一定の建物係数を乗じた金額、②国土交通省の統計に基づく新築当時の平均新築単価に床面積を乗じた金額、③個別評価のいずれかを選択するものとなっている。また、居住制限区域及び避難指示解除準備区域については、避難指示の解除時期に応じて避難が指示された期間に応じた割合の賠償金を支払うものとなっている。①②の基準によれば築48年以上の家屋については上限で新築価格の二割しか賠償されないこととなり、③の計算方法でも時価を鑑定評価する以上大差ないと思われる。



しかし、東京電力が営利事業として原子力発電所を稼働させていた最中、突然、広範囲の地域の住民が、放射性物質による汚染ないしその懸念のため、長期間の避難生活を余儀なくされ、その生活基盤が全面的に奪われるという、未曾有の深刻な被害に見舞われているのである。



帰還困難区域とされる地域はもちろんのこと、それ以外でも放射性物質による汚染は軽微とはいえなかったりインフラ整備もままならなかったりするため避難者がすぐには帰還できないケースも少なくない。このような地域には築後百年も経過している建物も珍しくない。被害者の多くは、建築から年数を経過していても、生涯住み続けられたはずの家屋を本件事故によって失ったのである。新しい住居を確保するのにも、これほど大勢の避難者が一度に生じていることから、従前の住居と同程度の価値を持つ物件を必ず確保できるわけではなく、結局、避難先で新築物件を取得するほかない場合が多いであろう。そのため、当連合会は、本年4月27日付け意見書で、帰還困難区域以外の不動産についても場合によっては全損扱いとし、原則として経年減価を考慮しない再取得価格を基本とした賠償がなされるべきであるとしたが、遺憾ながら、このような賠償基準は定められなかった。



既に多くの被害者から指摘されているように、このような基準によっては、新築の家屋を保有していたようなケースを除いて、被害者の生活基盤を回復することが困難であることは明らかである。



3 本件基準は、建物の修復・補修・清掃費用や包括請求方式を定めている。



しかし、被害者は地域社会で生活を送るのであり、自己の建物のみの修復や補修・清掃(地震・津波からのそれのみならず放射性物質の除染も含まれるであろう。)をしただけで安心した帰還や帰還後の生活が可能になるものではない。



また、東京電力が示す賠償基準には、当連合会がこれまで意見書等で繰り返し指摘しているとおり、①避難生活に伴う精神的苦痛が生活費増加分を含め一人月10万円~12万円とされていることは低額に過ぎること、②実際に帰還が可能になる時期が長期化した場合には、この目安を超える賠償が認められるべきことなど、被害者の実態に見合っていないという問題点があり、本件基準は、このような問題の残る損害額をそのまま合計したものであって、損害額を不当に低額に算定しているといわざるを得ない。



本件基準による包括請求方式は、困難な状況にある被害者に一定のまとまった金額を支払うことによって、このような問題点をわかりにくくするものとなっている。



それにもかかわらず、このような修復・補修・清掃費用の支払や包括請求方式を持ち出すことは、本件事故後1年5か月が経過しようとし困難な状況にある被害者を、その実情にそぐわない、加害者である東京電力が自ら定めた基準による解決へと誘引するものであって、極めて問題である。



4 したがって、当連合会は、これまで繰り返し述べてきたとおり、原子力損害賠償紛争審査会及び原子力損害賠償紛争解決センター総括委員会において、地域の復興と被害者の生活再建に確実につながるような適切な賠償の方針及び基準を定めることを強く求めるものである。
 

2012年(平成24年)8月10日

日本弁護士連合会
会長 山岸 憲司