福島第一原子力発電所事故に伴う避難区域の不動産賠償基準の検討経過に関する会長声明

本年6月30日付け福島民報記事において、福島第一原子力発電所事故に伴う避難区域の不動産賠償について、政府が「居住制限」、「避難指示解除準備」の両区域について、指定解除を待たずに一定の年数分を前払いする案(以下「政府検討案」という。)を検討していること、また、本年6月9日に開かれた双葉郡8町村、福島県及び政府との協議会において、帰宅困難区域内の標準世帯の賠償総額に関する政府の試算(以下「政府試算」という。)が提示された旨が報じられている。



さらに、7月18日付け一部報道によると、政府は週内にも政府の賠償基準案を発表する見込みとの報道がなされている。



しかしながら、そもそも原子力損害の賠償については、法律上、原子力損害賠償紛争審査会が一般的指針を策定することになっている以上、審査会が公開の場で議論した上で、国が責任を持って財物賠償の方針及び基準を定めるべきものである。現在報道されている案は、報道の限りでみても、「政府」のいかなる機関が関与して検討した案であるのか、その過程が一切明らかになっておらず、また、前記の福島民報記事によれば「賠償基準について政府案に基づき東電が発表する」とされているものの、それが事実だとしても、そのような方針が取られた理由や経緯は何ら示されていない。



しかも、最も注視すべき問題点は、「政府検討案」及び「政府試算」は、本年4月25日に東京電力から公表された「避難指示区域の見直しに伴う賠償の検討状況について」(以下「東京電力財物賠償方針」という。)とほぼ同方向の内容であり、あたかも、加害者である東京電力の策定した賠償案を政府案として提示した疑いを否定できない内容となっていることにある。そして、報道の限りにおいては、個々の算定方針について、詳細を検討するに至る情報が不足しているものの、参考例に挙げられているケースのみを検討しても、多くの被害者の平均的な実情を捕捉、反映しきれていないことは明白であり、現実には、「政府試算」の示す賠償総額よりも、賠償総額が、相当程度低額となるケースが生じることは否定できない。



それにもかかわらず、このような一定の金額を賠償総額として示すことにより、被害者に対し、あたかも、誰もがまとまった額の賠償金を容易に受け取ることができるかのような誤解を与え、早期の賠償金の受け取りに導くことを意図しているものと受け取らざるを得ない。



当連合会は、本年4月27日付けで「東京電力株式会社が公表した『避難指示区域の見直しに伴う賠償の検討状況について』に関する意見書」を取りまとめ、東京電力が公表した「東京電力財物賠償方針」の問題点を指摘し、国が責任を持って財物賠償の方針及び基準を定めるべきであるとの意見を述べているところである。かかる意見書において一番の根底としている点は、本来、原子力損害の賠償については、本件事故による被害及び被害者の実情を考慮し、適切な賠償額を定めるべき任務を負う機関として、法律上、原子力損害賠償紛争審査会が一般的指針を策定することになっているということの確認を求めることにある。さらに、その内容についても、とりわけ、建物等の財物評価を事故発生時の価値(時価)を基準としているところ、被害者は転居あるいは新規移転先で新たな建物等を取得しなければならないのだから、原則として経年減価を考慮しない再取得価格を基本とした賠償がなされるべきであること、また、帰還困難区域の不動産のみ全損扱いとしているが、帰還困難区域、居住制限区域及び避難指示解除準備区域の建物内に残置された動産類及び居住制限区域及び避難指示解除準備区域の不動産についても、被害の実情に応じ、被害者が望む場合には、原則として全損として扱うべきことなど、重要な問題提起をしている。



ところが、現在、報道されている「政府検討案」及び「政府試算」は、その手続が、前述のように原子力損害賠償紛争審査会が公開の場で議論した上で、財物賠償の方針及び基準を定めるとする法律上の要請に則っていないという問題が存するものである。のみならず、そもそも、その内容においても、前述のような重要な問題点が存在している。



よって、当連合会は、本件事故による損害賠償の方針及び基準は、加害者である東京電力はもちろんのこと、経済産業省及び文部科学省等の関係省庁が定めるべきではないことを当然のこととして再確認すべきであることを指摘するとともに、被災自治体の意見や、避難した者と、危険を感じながら福島に残っている者の双方を含む被害者の声をも真摯に取り入れつつ、地域の復興と被害者の生活再建に確実につながるような、適切な賠償の方針及び基準を定めるべきであることを根幹とし、原則どおり、原子力損害賠償紛争審査会又は原子力損害賠償紛争解決センター総括委員において、定めることを強く求めるものである。

 

2012年(平成24年)7月19日

日本弁護士連合会
会長 山岸 憲司