2024年度会務執行方針

はじめに

日本弁護士連合会(日弁連)は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士の活動を支える存在として、様々な課題に取り組んでいます。今日では、日弁連の活動の範囲は極めて広く、法律問題、司法に関する問題や市民の人権を守るための活動のみならず、平和、気候変動、災害などの大きな問題に対しても、意欲的に向き合っています。例えば、日本国憲法の基本原理である恒久平和主義を堅持するための意見を述べ、気候変動に対する警告や提言を行い、大規模災害による被災者を支援する各地の弁護士会の活動を支えるなど、積極的に取り組んできました。それでもなお、世界各地で平和を脅かす紛争が止むことはなく、尊い命が失われています。また、世界の気候変動はますます進み、日本はかつてない規模の災害の危険にさらされています。1月1日に発生した能登半島地震は、日本のどこにおいても大規模な災害に見舞われる可能性があることを私たちに再認識させました。これらは紛れもなく市民の人権にも関わる問題であり、日弁連として、更に積極的に取り組んでいきます。


昨今の急激な技術革新は社会に変容をもたらし、司法領域にも大きな影響を与えています。しかしながら、司法領域におけるIT化・デジタル化は、単に法曹の便宜のためのものであってはならず、市民の方々にとって有益なものでなければなりません。また、刑事手続のIT化・デジタル化は、被疑者・被告人が防御権を十全に行使できることが前提でなければなりません。さらには、AIが司法分野においてますます利用されていくことを見据えて、市民の権利が侵害されることのないよう、様々な視点で意見を述べていかなければならないと考えています。日弁連は、市民の裁判を受ける権利を確実なものとするため、今後とも裁判制度や紛争解決方法が適正なものとなるよう、提言及びそのための活動を続けていきます。


多様性を認め合う社会の実現は、日弁連が積み重ねてきた様々な人権擁護活動における重要な目標です。日本最大の人権擁護団体である日弁連がこのような活動を更に進展させていくことが、日本の明るい未来につながるものと確信しています。


日弁連は、本年度、初の女性会長を先頭に、日弁連の内部のみならず、日本全体における男女共同参画を推進していく役割を担っていく所存です。多くの女性が改姓を余儀なくされている現状を変えるべく、選択的夫婦別姓制度の実現に向けて国会及び政府に強く働きかけていきます。そして、全ての国民の人権や個性が尊重され、誰もが自分らしく活躍できる社会を目指します。


以下、課題ごとに、具体的な本年度の取組の方向や方針を述べます。


第1 立憲主義と恒久平和主義を守る

日弁連は、これまでも、立憲主義、恒久平和主義、基本的人権の尊重などの憲法が定める基本原理の重要性について市民の理解を求める活動を進めてきました。しかし近時、このような基本原理を脅かしかねない事態となっています。


日弁連は、安全保障関連法については立憲主義や恒久平和主義に反するものとして廃止を求め、敵基地攻撃能力の保有に関する閣議決定については自衛権行使の要件に反すると指摘しています。武力的対抗措置で人々の不安を取り除くことはできません。憲法改正については、緊急事態条項等の必要性に疑問があり、憲法改正手続法には最低投票率の定めや公平な広報手段に関するルールを定めていないなど多くの問題があります。近時、ウクライナやガザ地区など世界各地で紛争が生じていますが、このような国際情勢の中で、日弁連は憲法が定める基本原理の実現に向けて積極的に活動を進める必要があります。


第2 市民の人権を守る

1 多様性を認め合う社会の実現

両性の平等はもちろんのこと、多様な性的指向・性自認や多文化、価値観の違いを認め合う社会の実現を求め、他者への気付きの機会を大切にしていかなければなりません。


2023年6月16日に成立したLGBT理解増進法(性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律)は、差別解消に向けた理念法にとどまっています。今後、特に男女別施設の利用、学校現場での取組等に当たって、この法律の趣旨に反する事象が発生していないかを不断に監視していかなければなりません。


また、同性間の婚姻が認められていないことは同性間における婚姻の自由を侵害し、法の下の平等に違反しているとして提起された各地の裁判では、憲法違反や違憲状態を認め、国に対して立法措置を促す判決が相次いでいます。同性間のパートナー制度だけでは人格的価値の平等の観点から不十分であり、異性間の婚姻と同様の婚姻制度の実現が必要です。


2 選択的夫婦別姓制度の実現

選択的夫婦別姓制度は、1996年の「民法の一部を改正する法律案要綱」において導入するとされたにもかかわらず、四半世紀以上放置されています。日本では、婚姻を契機に約95%の女性が改姓しているのが実態です。氏名は人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であって、人格権の一内容を構成するものです。姓を改めることを希望しない者が婚姻を契機に「改姓を強制されない自由」を侵害され、人格権を侵害されている現状は、憲法第13条に違反すると言わざるを得ません。


さらに、夫婦同姓の強制を定める民法第750条は、憲法第14条や第24条、女性差別撤廃条約(1985年批准)並びに市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約。1979年批准)にも違反しています。女性差別撤廃委員会は、日本政府に対し条約上の義務履行を求める勧告を繰り返し、国際人権(自由権)規約委員会も、2022年11月に公表した総括所見で「結婚した夫婦が同じ姓を持つことを求める民法750条が、実際にはしばしば女性に夫の姓を採用することを強いていること」についての懸念を表明しています。長期間にわたる法改正の放置は、もはや許されません。民法第750条を速やかに改正し、希望する者は婚姻前の姓を保持したまま婚姻することができる選択的夫婦別姓制度の導入を国会及び政府に強く求めるなど、必要な運動を展開していかなければなりません。


3 子どもの権利

2022年6月にこども基本法が制定され、2023年4月にはこども家庭庁が新たに設置されました。2023年12月にはこども大綱も策定されています。子どもに対する施策は子どもの最善の利益を図るものでなければなりません。また、権利主体である子どもが自由に意見を表明し、その意見が尊重される社会でなければなりません。そのためにも、アドボケイト(代弁者・擁護者)制度や子ども権利擁護委員会の創設、子どもの手続代理人制度の拡充が必要です。子どもの出生数は、2023年には約75万人となって過去最少を更新しました。政府は「異次元の少子化対策」を打ち出していますが、子どもの権利が十分に保障される社会を実現することは少子化対策にも資するものです。


また、虐待問題、いじめ問題への対応も急がれます。増え続ける児童虐待を早期に発見し、速やかな対応ができるよう児童相談所に適時に適切なアドバイスができる弁護士の配置を進めていくことが重要です。そのための人材の養成や帰任後のキャリアプランの作成等を進めていく必要があります。また、いじめの認知件数及び重大事態発生件数も、コロナ禍による一時的減少を別として、近年ますます増加しています。いじめ対策を推進する国や地方自治体と一層緊密に連携するとともに、経験交流集会などを通していじめ問題に関わる弁護士の知識と経験の深化を図り、いじめ対策を強化していかなければなりません。


改正少年法は逆送事件及び推知報道の拡大など、少年の更生を妨げる可能性があります。改正後の運用状況を把握しながら、少年の更生に資する制度となるよう改善を求めていかなければなりません。また、付添人制度の意義について更に社会の理解を深め、国選付添人制度の対象事件を身体拘束された事件全件に広げていく必要があります。


4 民事介入暴力対策

いわゆる反社会的勢力によるものであるか否かを問わず、市民や企業、行政に対する民事介入暴力(不当要求等)による被害が数多く発生しています。日弁連は、市民が安心して暮らせる社会を実現するためにも、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律を始めとする関係法令に基づき、関係機関と連携するなどして、このような民事介入暴力による被害の防止と救済を図るための活動を推進します。


5 高齢者・障がい者の支援

2022年3月に閣議決定された第二期成年後見制度利用促進基本計画では、地域共生社会の実現と権利擁護支援の推進のため成年後見制度の見直しに向けた検討を行うとされました。これを受け、同年6月から開催されてきた公益社団法人商事法務研究会の「成年後見制度の在り方に関する研究会」報告書が2024年2月に取りまとめられ、法制審議会総会において、法制審議会民法(成年後見等関係)部会が設置されました。


同部会では、後見制度の利用を一定の期間制にする、本人の状況に合わせて後見人が円滑に交代することができる、本人の自己決定を尊重し取消権や代理権の付与について本人の同意を要件とする等の仕組みについての議論が始まります。被後見人のニーズに応じた柔軟な成年後見制度に向けた検討のため、日弁連として同部会に委員を派遣し、積極的に議論に参加するとともに、会内周知・啓発を行っていきます。


一方、専門職後見人が専門的な事務を行う場合に、労務に見合った適正な報酬額の決定がなされることが必要です。専門職後見人の報酬の適正化、被後見人において負担が困難なケースについての報酬助成制度の拡充を求めていくことが、成年後見制度の一層の利用促進には欠かせません。


また、日弁連は2021年人権擁護大会で「 → 精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議」をし、精神保健福祉法(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律)の強制入院制度の廃止を求め、廃止に至るまで精神障害のある人の入院に伴う尊厳確保のための手続的保障がなされることを求めています。これを受けて、2023年2月に「→精神保健福祉制度の抜本的改革を求める意見書~強制入院廃止に向けた短期工程の提言~」、さらに2024年2月に「→精神障害のある人の尊厳を確立していくための精神保健福祉法改正案(短期工程)の提言」を発出しました。これらの提言を実現するために今後更なる具体的な取組を行っていきます。そのためにも、併せて障害のある人への法的援助事業について国費・公費化に向けた取組も推進していかなければなりません。


6 消費者の権利

デジタルツールによる消費者被害、SNSを誘引手段とする被害が増加しており、その予防や被害回復に向けた実効性のある対策が急務です。また、高齢者の認知機能の衰えに乗じた消費者被害に対し、弁護士による支援態勢を整えることが重要です。


2025年には、消費者基本法第9条に基づき、第5期消費者基本計画の閣議決定が予定されています。日弁連は、これまでも多くの消費者分野に属する意見書を発出していますが、これらの実現に向けて、基本計画に意見を反映させていくとともに、消費者団体等とも連携しながら、具体的な取組を行っていきます。


7 霊感商法等悪質商法及び反社会的な宗教活動の問題への取組

霊感商法等による被害の実態が近時改めて明らかとなりました。宗教活動の名の下における高額な献金等による経済的損害、家庭崩壊、宗教等二世の問題などについて、被害救済・被害者支援が喫緊の課題となっています。日弁連は、法テラスや全国統一教会被害対策弁護団と連携して被害者支援を継続していくとともに、国に対し、実効的な救済と予防に向けた立法措置及び体制整備を訴えていきます。


8 貧困・労働問題への取組

生活保護制度は憲法第25条の生存権保障を具体化したものであるにもかかわらず、現実の運用はそのとおりに行われていません。生活保護基準の決定に対する民主的コントロールやいわゆる「水際作戦」(受給申請窓口での不当な申請拒絶等)の禁止などを含め、日弁連が提案している生活保護法改正要綱案に基づく改正の実現を求めていく必要があります。また、2013年から2018年にかけて実施された生活保護基準の段階的引下げについては、各地でその違法性を訴える裁判が行われ、引下げの根拠が不適切であるとする判決が多数出されています。これらの判決に沿って、生活保護基準の引下げの撤回を強く要求していかなければなりません。


円安などに伴う物価高は労働者の生活に大きな負担となっています。2023年度の最低賃金は、全国加重平均で時給1004円となり、物価高を背景に初めて時給1000円を超えました。しかしながら、物価の上昇は賃金上昇を上回る状況にあり、更なる最低賃金の引上げを求めていく必要があります。同時に、日本の経済を支えている中小企業が最低賃金を引き上げても円滑に企業運営を行うことができるよう、十分な支援策を講じることも必要です。また、最低賃金の地域間格差は依然として残されていますが、今日では、労働者の最低生計費に地域間格差はほとんど存在しないと言われています。全国の労働者が自らの賃金で安心して生活できるよう、全国一律最低賃金制度を実現すべきです。


9 外国人の権利

日本では外国人労働者が増え続けています。出生率が下がり労働力不足が懸念される中、外国人労働者の受入れは更に増加していくことでしょう。政府は人権侵害を引き起こしていた技能実習制度を廃止し、人材確保の目的を正面から掲げた新制度を設けようとしていますが、新制度は外国人労働者の人権を保障するものでなければなりません。外国人労働者は全国各地で生活しており、多文化共生の観点からも、外国人が抱える様々な法律問題への支援を、総合相談窓口と連携しながら続けていく必要があります。


また、日本では在留資格のない外国人の人権保障が極めて不十分です。2023年6月に入管法(出入国管理及び難民認定法)が改正され、3回以上の難民申請者は原則として送還停止効の対象から除外され、罰則付きの退去命令制度も創設されました。改正法には多くの課題が残されたままであり、これらを検証し是正していかなければなりません。また、法改正の大前提である難民認定制度の適正化について、国際水準に沿った運用がなされているか等も注視する必要があります。身体拘束を伴う収容については、司法審査や収容期間上限の設定が必須であり、収容施設における人権侵害などの実態や処遇等を改善することが不可欠です。


人種差別行為としてのヘイトスピーチも許されるものではありません。2016年にヘイトスピーチ解消法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)が施行された後も公然とヘイトスピーチが行われている実態があり、更に踏み込んだ差別的言動を禁止する法律の制定が必要です。ヘイトスピーチが許されないこと、憲法が保障する「表現の自由」の限度を逸脱する言動は規制の対象となり得ることを市民に強く訴えていく必要があります。


10 犯罪被害者への支援

犯罪を契機として被害者が受ける損害は多岐にわたりますが、経済的損害も顕著です。被害者は、加害者に対する損害賠償責任の追及に時間を要し、責任が認められたとしても加害者の支払能力の問題から、経済的困難が解消されないケースが多いことが指摘されています。犯罪被害者等給付金の給付額の大幅な引上げが検討されていますが、なお十分ではない可能性があります。犯罪被害者等に対する経済的支援を拡充するため、①加害者に対する損害賠償請求により債務名義を取得した犯罪被害者等への国による損害賠償金の立替払制度、②加害者に対する債務名義を取得することができない犯罪被害者等への補償制度を設ける必要があります。


配偶者暴力防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律)が2023年に改正され、保護命令制度が拡充されましたが、暴力や被害者の概念についての理解の広がりは十分ではありませんでした。現に存在する経済面や社会的隔離によるDV、かつて同居していた配偶者以外の者にまで及ぶDVも対象とはなっていません。さらには、対象を同性間のDVにまで拡大するべく、法改正を求めていく必要があります。


犯罪被害者の支援においては、法的知識を有し、必要な手段を選択できる弁護士のサポートが必須です。近く創設される予定の犯罪被害者等支援弁護士制度が充実した制度となるよう、引き続き関係機関との協議に注力するとともに、同制度や国選被害者参加弁護士制度の対象をより一層拡大し、犯罪被害者への国費・公費による途切れのない援助を実現すべく活動を続けます。また、犯罪被害者支援条例についても、引き続き全国の自治体において制定されるよう、働き掛けを強めなければなりません。


11 災害対策・復興支援

災害時に被災地の市民に寄り添う支援が必要です。災害ケースマネジメントを広め、弁護士の役割を深化させていく必要があります。


全国の自治体と弁護士会が発災時に連携するための災害復興支援協定を結ぶことや、過去の災害を教訓として未来の災害に備えるために、様々な知見を蓄積するシステムを構築することも必要です。


とりわけ、2024年1月1日に発生した能登半島地震による甚大な被害に対する支援は、現在もなお、日弁連が直面している課題です。被災地が真に復興した姿を取り戻すまで、被災地のニーズを正しく理解し、被災された方々に寄り添う支援を継続していきます。


12 公害対策・環境保全

気候危機により人々の生存基盤が脅かされ、生命や健康、居住、社会経済生活を営む権利等への脅威が現実化しています。このような重大な人権問題である気候危機を回避して持続可能な社会を実現するためには、自然破壊を招く乱開発を抑制しつつ、再生可能エネルギーへの転換を始めとする様々な環境対策や意識変革により脱炭素社会を実現することが必要です。


加えて、放射性廃棄物の処理問題、プラスチックごみ問題など、地球環境及び生物多様性の保全に関する課題、さらには、公害・環境汚染に起因する被害者救済の課題もあります。


これらの課題について、日弁連は提言を続けていきます。


13 情報問題

2020年に個人情報保護法(個人情報の保護に関する法律)が個人の権利利益を保護する方向で改正され、利用停止・消去等の拡充とともに、漏えい等の報告や本人への通知が義務化され、利用する事業者等の違反に対する罰則も強化されました。しかしながら、EUの一般データ保護規則(GDPR)と比べると日本の個人情報保護・プライバシー保護は不十分です。日々技術革新によるデジタル化やAIの利用が進行し、集積された個人情報の漏洩の危険性はさらに高まっており、このようなリスクを回避するための施策を講じるように求めていかなければなりません。


マイナンバー法(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律)についても、政府が利便性や効率性を理由として、マイナンバーの利用分野や対象事務を無限定に拡大しようとすることは、個人の自己情報コントロール権を侵害するものであり、国会の審議を経ることなく政府の判断で拡大することについては引き続き警鐘を鳴らしていく必要があります。


政府は、誰もが利用する健康保険証をいわゆるマイナ保険証に一本化する方針を公表していますが、マイナンバーを利用しない自由を保障するとともに、取得を希望する者に対してプライバシーを最大限保障し、地方自治体等の意向を踏まえて現場に過度の負担をかけないようにするべきです。


秘密保護法(特定秘密の保護に関する法律)について廃止又は抜本的見直しを求める立場ですが、重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案についても、秘密の範囲が不明確であり、適性評価も対象者やその家族等の個人情報を収集するものであるため、国民の知る権利やプライバシー権が侵害されないための制度的保障がなされることを強く求めていきます。


14 SNSをはじめとするインターネット上の誹謗中傷への対策

コロナ禍において、感染者やその家族、医療従事者等に対するSNS上での誹謗中傷が多くなされました。また、テレビ番組に出演した女性が悪質な誹謗中傷を受けて自殺するなどの事件も発生しました。SNSをはじめとするインターネット上の誹謗中傷は直ちに拡散され、その対象者に回復し難い被害を与えます。被害者の救済のためには、特定電気通信役務提供者に対する削除請求や発信者に対する損害賠償請求を行っていくことになりますが、これらの請求には様々な要件や制約があり、多くの時間と費用を要するのが実情です。そこで、発信者情報開示を更に容易にするように法律の改正を求めていく必要があります。


15 犯罪加害者家族支援

犯罪に対する刑罰は犯罪加害者個人に対するものであって、犯罪加害者の家族などに及ぶものであってはなりません。ところが現実には、犯罪加害者家族はしばしば社会から攻撃され、経済的にも大きなダメージを受けます。特に犯罪加害者の子どもは、十分な教育環境が確保されないことで、事実上教育を受ける権利も保障されず、社会から生涯にわたり排除される可能性さえあります。しかしながら、犯罪加害者家族については、現在、法的支援の対象とはなっておらず、民間の支援団体が頼みの綱です。このような犯罪加害者家族に対する差別をなくし、そのプライバシーを保護するために、法律専門家の支援を受けられる態勢整備を求めていく必要があります。


16 ビジネスと人権

国境を越える経済活動・企業活動によって労働者、地域住民、消費者等に様々な人権侵害が生じています。ビジネスと人権に関連する国際的な取組としては、国連総会が採択した持続可能な開発目標(SDGs)や環境・社会・ガバナンス(ESG)があり、これらにおいて企業が取り組むべきテーマが掲げられています。また、国連人権理事会が全会一致で支持した「ビジネスと人権に関する指導原則」を受けて、日本では2020年に「ビジネスと人権」に関する行動計画(NAP)が策定され、2022年には「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が発表されました。関係省庁に対してステークホルダーと十分に協議・連携しながらNAPを実施・改善していくよう求め、企業に対する助言や業界団体との連携等を通じて指導原則に基づく企業の取組を促進するなど、ビジネスと人権に関する取組を強化していく必要があります。


17 政府から独立した人権機関の設置と個人通報制度の導入

人権の促進及び擁護のための「国家機関(国内人権機関)の地位に関する原則(パリ原則)」に則った国内人権機関は、日本ではいまだに設置されていません。人権侵害や差別がなされた場合には、性別・国籍・障がいの有無等にかかわらず、簡易かつ迅速に侵害された人権が回復されなければなりません。そのために、パリ原則に基づく政府から独立した人権機関(国内人権機関)の設置を強く求めていきます。


また、日本には、国際人権条約で保障される権利を侵害された者が、国内で裁判などの救済手続を尽くしてもなお権利が回復されない場合に、人権条約機関に直接救済の申立てができる個人通報制度がありません。日本が批准した種々の国際人権条約の求めにもかかわらず、いまだ個人通報制度を導入する手続を取っていないことは、国際水準に鑑みて、日本の人権侵害に対する救済制度が極めて不十分と言わざるを得ません。国会や政府に対し個人通報制度の導入を求めていくことが不可欠です。


第3 法の支配を社会のすみずみに

1 法律扶助制度の改革及び法テラス手続のIT化・デジタル化

日弁連は、法律扶助について、日本司法支援センター(法テラス)設立以前より、弁護士の援助を必要とする人が利用を躊躇しかねない立替償還制ではなく、給付制を採るべきことを提言し、2023年3月3日の臨時総会において、この方針を改めて→決議しました。今後も、市民の理解を得て、日弁連委託援助事業の扶助への転換(国費・公費化)等扶助対象事件の拡大、弁護士報酬の適正化を含め、利用しやすい民事法律扶助制度の実現を目指していきます。特に未成年者が民事法律扶助を利用できないという問題、離婚関連事件の報酬が業務量に見合わないものとなっている問題については、早急に解決に向けて取り組む必要があります。


また、民事法律扶助を利用する手続の煩雑さは、弁護士に無用な負担を強いるものであり、裁判手続のIT化が進む中、扶助申込みなどのIT化・デジタル化の推進をはじめ、利用者の利便性の向上を求めていく必要があります。


2 弁護士費用保険制度

市民の中には、弁護士費用の負担が理由で弁護士への依頼を躊躇する方々もいます。このような方々の事案に対処すべく、日弁連は、市民の裁判を受ける権利を実質的に保障する目的から、保険会社と協力し、2000年に法律相談費用や弁護士費用等が保険金として支払われる弁護士費用保険制度を発足させ、同制度の適切な運用を行ってきました。同制度に基づく取扱件数は、2022年度は約37000件まで増加し、2024年2月時点で協定保険会社等は20社となっています。さらに、交通事故以外の新たな分野での保険商品の開発も進んでいます。日弁連は、これからも市民の弁護士に対するアクセス障害を軽減させるべく、弁護士費用保険制度の推進と信頼向上とともに適正な報酬の確保等に向けた取組を続けます。


3 司法過疎・弁護士偏在問題

日弁連公設事務所・法律相談センターは、三次にわたる行動計画を策定して司法過疎・弁護士偏在問題に取り組んだ結果、2024年3月1日現在、弁護士ワン支部は2か所にまで減っています。


もっとも、近年、多くの小規模弁護士会で新規登録者が減少し、新規登録者が長期間存在しない弁護士会も全国に数多く存在します。さらには、ひまわり基金法律事務所所長の就任希望者が減少しているという問題も生じています。


また、女性弁護士ゼロ支部が全国で約60か所もあり、日弁連は女性弁護士過疎偏在支援策を設けたところですが、この支援策が、女性弁護士に過大な負担を強いることのないように留意することも必要です。


日弁連は、公設事務所の所長希望者や女性弁護士ゼロ支部への応募者を増やすための取組をします。具体的には、その地域で開業することの魅力を発信していくとともに、行政のサポートを得るべく行政に対し弁護士がその地域に存在することの意義を伝え、浸透させていきます。あわせて、公設事務所の所長を養成する都市型公設事務所が抱える課題についても取り組みます。


4 法曹養成

日弁連は、社会の様々な要請に応えることができる質の高い法曹を輩出するべく、法曹養成制度の改革に主体的に取り組んでいます。


2023年度は、法科大学院制度が改革されて、大学での3年間(法曹コースによる早期卒業制度)+法科大学院での2年間(既修者コース)という新たな法曹養成ルートで、法科大学院在学中に受験資格を取得した学生が司法試験を受験した初めての年でした。前年度に比べ、司法試験受験者数は3082人から3928人に、合格者は1403人から1781人にそれぞれ増加しました。これについては、前述のとおり、法科大学院在学中に司法試験受験資格を取得した学生が受験したことなどの影響が考えられるところですので、今後も引き続き状況を注視する必要があります。


また、日弁連は法曹の魅力を発信するべく、中学生、高校生、大学生らを対象に出前授業・講義やイベントの実施など様々な法曹志望者増加のための取組を行っています。更に有為で多様な人材に法曹となることを目指してもらえるように、社会人経験者や女性志望者の増加に向けた積極的な取組を行うほか、各地の弁護士会が行う取組への支援、関係諸機関との連携やマスコミへの働きかけなどについて、一層の取組強化を行います。


5 若手支援

司法の未来を担う若手弁護士は、拡大する活動領域の中においても確実な業務基盤を求めています。


裁判手続のIT化に親和性の高い若手弁護士が新たな時代に即応できるように、若手弁護士カンファレンス等を通じて若手弁護士の声に耳を傾け、業務の利便性向上や業務の拡大に資するアイデアを集約し、日弁連として実現を目指す必要があります。そこで、日弁連は、若手弁護士カンファレンスをはじめとした“若手弁護士と執行部を繋ぐ場”を充実させ、若手の声を具体的な施策に結び付けていく必要があります。


また、若手チャレンジ基金など日弁連が用意する様々な若手支援策についても、これまで以上に充実させるとともに広報周知を進める必要があります。


ロースクール、司法研修所、実務と続く法曹養成教育を充実させ、若手弁護士に向けた全国同一レベルの研修環境を構築していくことも重要です。特に新たな専門分野等については、eラーニングを充実させたり、必要に応じて全国的にキャラバンを行うなど会員の業務拡大につながるようにサポートをする必要もあります。


いわゆる貸与制世代を中心とする若手弁護士が、会務を含めた公的活動において縦横無尽に活躍できる基盤作りにも注力していく必要があります。2023年6月16日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2023」(いわゆる骨太方針)にも、「法曹人材の確保及び法教育の推進などの安全・安心な社会を支える人的・物的基盤の整備」が明記されたことを踏まえ、貸与制世代が受けた不平等の是正のために、貸与制世代を中心とした若手法曹が社会を支える法曹人材として活躍し得る制度の構築を目指します。


6 活動領域の拡充のさらなる推進

近時は、弁護士の活動領域は、国際化、中小企業支援、行政連携、組織内弁護士等、質・量ともに拡大を続けています。


日弁連は、新たな分野として民事信託や行政処分前の行政過程における代理人としての関与業務などに関し、日弁連信託センター、日弁連行政問題対応センターを設置し、活動領域拡大に向けた活動をしています。また、社会的な需要がある女性の社外役員就任など、今後更に推進すべき活動領域があります。


既に拡大した分野を弁護士の活動領域として確実に定着させ、更なる拡大を推し進めていくためにも、個々の課題に応じた対策を講じる必要があります。


(1)中小企業支援

日弁連中小企業法律支援センターは、ひまわりほっとダイヤル(全国共通電話番号による弁護士紹介制度)、事業承継・引継ぎ支援センターとの連携(意見交換会・勉強会の実施)、パイロット事業(中小企業の事業承継に精通した担当弁護士が若手弁護士を共同関与させる制度)を進めてきました。


創業、事業承継、事業再生、再チャレンジ、海外展開などの各局面において、弁護士の活用が徐々に浸透していますが、コロナ禍や経営者の高齢化など、社会環境の変化に応じて、弁護士が質的により踏み込んで中小企業を支援していくことが求められています。そこで、弁護士が企業戦略にコミットし、経営者や社員に伴走する形での支援を進めるべく、中小企業関連団体や金融機関、士業団体等と情報・意見交換の場を設けたり、外部有識者や各分野に精通した弁護士を地域に派遣して実践的な研修を行ったりするなどの活動を展開していきます。


(2)組織内弁護士

任期付公務員や企業内弁護士を含む組織内弁護士は、合わせて3000人を超える状況になっています。組織内弁護士が積極的に会務に参加できる環境を整えたり、組織内弁護士同士の交流を深める機会を設けたり、組織内で働くために必要なスキルを学ぶ研修を実施したりするなど、組織内弁護士の求めるニーズに応えていく必要があります。


(3)自治体連携

社会経済情勢の変化や住民福祉のニーズの多様化により、社会正義や人権尊重の感覚に優れる弁護士が自治体と連携することが求められており、日弁連はこの連携作りを積極的に後押ししていく必要があります。具体的には、法律サービス展開本部の自治体等連携センターが、包括外部監査人の推薦、自治体内職員の募集等の情報提供、行政連携の「お品書き」の作成等に取り組んでいます。日弁連は、自治体等への開かれた窓口を設置するとともに、弁護士会が各々窓口を設置することも後押ししていきます。


(4)国際業務

近時、全国の中小企業において、インバウンド及びアウトバウンドともに国際事業活動のニーズが高まっています。弁護士は国際業務の面においても中小企業への法的支援を拡充すべきであり、日弁連としては、実践的な研修等を実施し、弁護士による中小企業の国際業務への支援の取組を容易にしていく必要があります。既にJETRO等の中小企業支援機関と連携した「中小企業国際業務支援弁護士紹介制度」がありますが、14都道府県の弁護士会の実施にとどまっており、全国各地の中小企業の法的ニーズに十分に応えるまでには至っていません。日弁連としては、このようなニーズに応える体制を構築するとともに、中小企業の国際業務の法的支援に関するワーキンググループ、法律サービス展開本部の国際業務支援センター及び日弁連中小企業法律支援センターが協働して、国際展開を希望する中小企業経営者へ弁護士を活用することのメリットをPRする活動を行うことも必要です。このような国際業務の拡大を、全国の若手弁護士の活躍の場を広げることにつなげていくことが重要だと考えます。


7 国際活動

日弁連は、国際交流活動(友好協定締結等の交流事業、表敬訪問対応、国際会議への出席)、人材育成・会員向け支援制度の実施(日弁連海外ロースクール推薦留学制度、国際会議若手会員参加補助制度)、情報収集・発信(JFBA国際メルマガ、マンスリーレポート)、諸外国に対する法整備支援活動、国際人権活動、国際仲裁・調停の普及など様々な国際活動を行っています。


コロナ禍が収束した今日、弁護士の国際活動がこれまで以上に発展していくことが予想されますが、日弁連はこれらの活動を積極的に支援していく必要があります。


第4 司法の未来―裁判手続を中心に

1 民事訴訟手続等の未来

(1)裁判手続等のIT化・デジタル化

新型コロナウイルスの世界的な流行によって、社会は変容を余儀なくされ、日常的にリモートワークが始まりました。それは司法領域においても同じであり、裁判手続等のIT化・デジタル化の流れが加速することになりました。2025年度末までには訴状等のオンライン提出やオンライン送達も可能となり、訴訟記録は原則電子化されます。弁護士はオンライン提出が義務化されるので、現在最高裁判所が開発中の新しいシステムを使いこなせるようにならなければなりません。その新しいシステムが市民や弁護士にとって利用しやすいものとなり、裁判制度を利用する者への手続保障が十分に図られるように、日弁連は、訴訟手続に通じた会員の英知を結集して、実務的・理論的に適切な意見をタイムリーに述べていく所存です。


民事訴訟手続のみならず、家事手続、倒産手続、強制執行手続等の改正も行われ、IT化・デジタル化による裁判事務の効率化が図られます。市民に寄り添うべき弁護士が急激なIT化・デジタル化などの技術革新に取り残されることのないように、日弁連はこれからの2年間で会員への情報提供や研修を実施します。


同時に、ITに必ずしも慣れていない市民のために、弁護士が一定の役割を担うことが期待されています。本人サポートをしようとする弁護士が利用者のために適切な対応ができるように、日弁連が支援する体制を構築します。


また、IT化・デジタル化に伴い事務効率化が図られる裁判実務において、提訴手数料の低・定額化は、実現されるべき段階に来ており、利用しやすい司法制度のためにも、その実現を引き続き強く求めていきます。


議論の多かった法定審理期間訴訟手続については、審理期間に関して当事者の予測可能性を高めるという所期の目的を達成しながら、審理が拙速になる等によって市民の裁判を受ける権利が損なわれることのないよう、手続の利用状況を調査し、問題点を指摘して改善を求めていきます。


(2)情報・証拠収集制度の拡充

民事訴訟手続を真に実効あるものにするためには、訴訟に必要な証拠や情報の開示を更に促進させるための新しい制度の導入及び現行法における情報・証拠収集制度の拡充が必要です。


日弁連は当事者照会制度の実効化、文書提出命令制度の拡充、情報・証拠の早期開示命令制度の新設、秘密保持命令制度の拡充、依頼者・弁護士間の通信秘密保護制度等の具体的制度設計の検討を求めてきましたが、更にその動きを進めていきます。


(3)慰謝料額算定の適正化や違法収益移転制度の創設

日本における損害賠償額、特に慰謝料額などは極めて低廉な金額で認定されていると言われています。


十全な被害者救済を図り、違法行為を効果的に抑止するためには、慰謝料額の算定を適正なものとする規定を創設・実現することが必要です。また、違法収益移転制度の創設についても、日弁連内での議論を深めながら進めていきます。


2 刑事訴訟手続の未来

(1)刑事手続のIT化

2024年2月、法制審議会(総会)は、2023年12月の法制審議会刑事法(情報通信技術関係)部会の取りまとめに基づき、要綱(骨子)を採択しました。この要綱は、訴訟に関する書類を電子化し、令状手続や証拠開示のほか、勾留質問や弁解録取手続をオンラインで実施する規定を新設する一方で、全国の弁護士会から強い要望のあるオンライン接見については触れておらず、捜査側に偏った内容となっています。また、罰則を伴う電磁的記録提供命令は、刑事罰で威圧して電磁的記録の提供を強制するものであり、自己負罪拒否特権との関係で問題を内包しています。スマートフォンやクラウド全盛のこの時代に、捜査機関が膨大な電磁的記録を収集・蓄積することを可能にすることは、被疑者、被疑者以外の家族・友人・知人・所属組織などの情報が犯罪に無関係なものも含めて捜査機関に取得される事態を引き起こしかねず、プライバシー権を始めとする憲法上の権利を著しく侵害する危険を伴います。


日弁連は、刑事手続のIT化は、捜査、訴追の便宜のためのものだけであってはならず、被疑者・被告人を含めた市民の権利を保護・実現するためにこそ必要であるという視点から、被疑者・被告人の憲法上の権利や市民のプライバシー等の権利を制約しないものとすることを強く求めていきます。


(2)改正刑訴法施行3年後見直し

2016年に刑訴法の改正がなされ、取調べの録音・録画制度、証拠開示制度の拡充などが段階的に導入されました。2022年7月からは、3年後見直しに向けて、「改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会」が始まり、現在も議論が行われています。


日弁連は、取調べ及びその他の改正法の施行状況に関する情報を収集してきましたが、一部可視化が実現した今もなお不適正な取調べが行われ、取調べや供述証拠への過度な依存は改められていません。また、無罪を主張又は黙秘権を行使している被疑者・被告人を殊更に長期間身体拘束するいわゆる「人質司法」の運用は、国際的にも批判を受けています。大川原化工機事件やいわゆる「参院選大規模買収事件」における警察・検察の不適正な取調べや捜査手法が改めて明らかにもなっています。捜査や取調べの適正化のために、在宅被疑者・参考人の取調べを含む全ての取調べについて全過程の録音・録画をすることの義務付け、取調べに弁護人を立ち会わせる権利の確立、保釈の運用の適正化等による「人質司法」の解消、証拠開示制度の改善等の実現を目指し、日弁連は世論喚起を含めた運動を続けていきます。


(3)国選弁護制度

日弁連は、従前より逮捕段階の公的弁護制度の創設を求めており、その実現のために実務上の具体的な論点について国と協議を行っていく必要があります。また、国選弁護報酬については、労力に見合った適正な報酬が支払われることが必要であり、現行の不合理な報酬基準の見直しのほか、報酬基準全体の引上げに向けた取組を引き続き行うとともに、弁護人の活動について更なる質の向上を図ります。


(4)死刑制度の廃止など

死刑は生命を奪う究極の刑罰であり、国際人権基準から見ても廃止する方向が示されています。最近では、死刑判決が確定していたいわゆる袴田事件において再審開始が認められましたが、仮に誤った判決に基づいて死刑執行がなされたという事態が生じれば、取り返しのつかない、決して許されない結果となることは明らかです。世界の7割を超える国々が法律上又は事実上死刑を廃止しており、死刑制度の廃止は国際的な潮流でもあります。日弁連は死刑廃止の基本方針を掲げ、例外的に減刑制度を認める終身拘禁刑を代替刑として設けることなど刑罰制度に対する意見を述べてきました。


これまでに、各地でシンポジウムや勉強会が多数開催され、全国の弁護士会でも、死刑制度の廃止に関する決議が相次いでなされるなど、死刑廃止の実現に向けた取組が拡大しています。日弁連は、これからも関係諸団体と連携し、更なる国民の理解を求めて、なお一層の取組を行います。


また、十分な情報を基に活発な議論を行い、日本の死刑制度のあるべき方向性について提言することを目的とする「日本の死刑制度について考える懇話会」が2024年2月29日に設置されました。日弁連は、同懇話会から委託を受けてその事務を担当しており、各界・各分野から参加した委員により充実した議論がなされることを期待しています。


(5)罪に問われた障がい者等に対する更生支援・再犯防止の取組

2023年3月の臨時総会において、罪に問われた障がい者等に対する福祉的支援活動に伴う費用について、日弁連少年・刑事財政基金による援助制度が創設されました。今後は、公費化に向けて立法事実を積み重ねていく必要があります。


2025年6月1日からは、懲役刑と禁錮刑を統合した拘禁刑の導入が始まり、受刑者の特性に基づいた柔軟な処遇が行われます。日弁連は、拘禁刑の導入により、受刑者の真の改善更生と円滑な社会復帰が促進されるように、刑事手続段階(入口支援)と刑事施設収容中及び出所後(出口支援)における切れ目のない支援のために、法務省や地域生活定着支援センターを管轄する厚生労働省との連携を図っていきます。


(6)再審法改正

日弁連は、これまでも再審制度の運用改善・法改正の必要性を指摘してきました。2019年10月の第62回人権擁護大会で「→ えん罪被害者を一刻も早く救済するために再審法の速やかな改正を求める決議」を採択し、2022年6月には再審法改正実現本部を設置して、それ以来全国の弁護士会・弁護士会連合会とともに、積極的な活動を展開しています。


いわゆる袴田事件の再審開始が認められたことなどをきっかけとして、えん罪の危険性やえん罪被害者を迅速に救済する必要性が改めて市民に認識されるようになりました。全国各地の地方議会で法改正を求める決議がなされ、国会議員の中でも法改正を模索する動きが生じ、法改正への賛同者が増加するなど、再審法改正に対する理解が深まりつつあります。


引き続き、再審請求審における全面的な証拠開示の制度化、再審開始決定に対する検察官の不服申立禁止を含む再審法改正を最優先課題として求め、これを実現するための取組を続けます。


3 家事事件の未来

(1)家庭裁判所の充実

価値観の多様化、家族の在り方の変化、少子化などによって、面会交流など子どもをめぐる紛争が深刻化しています。また、高齢化社会の到来により、成年後見事件や高齢者の保有していた財産をめぐる相続事件も増えてきています。


しかしながら、これらの事件を扱うべき家庭裁判所は、人的・物的基盤が不十分であり、家事事件の増加に必ずしも対応できていないのが実情です。各地の家庭裁判所は、裁判官、家庭裁判所調査官等の配置が万全とは言えず、事件数に見合った調停室の確保もできていません。家庭裁判所における司法手続が実質的に保障されるよう、日弁連は、引き続き家庭裁判所の人的・物的基盤の拡充を提言していきます。


(2)家事手続のIT化

家事事件のIT化が進み、オンライン方式による調停ができるようになりました。オンラインによる調停は、例えば相手方がDV加害者である事案などでは有用な場合もありますが、オンラインによると十分な協議ができないなど支障が生じる事案もあることから、当事者の権利保護が十分に果たされるように運用面における配慮も不断に続けていくことが不可欠です。日弁連としては、事例を収集・分析して提言をするなどの対応を進めていきます。


(3)家族法制の見直しへの対応

2024年2月15日、法制審議会は、離婚後の共同親権の規律を含む「家族法制の見直しに関する要綱」を取りまとめました。


同要綱が、共同親権・単独親権のどちらも原則とせず子どもの利益の観点から総合的に判断するとした上で、DV・虐待事案については単独親権としなければならないとしている点などは評価できます。


もっとも、今後の改正法の下で、子どもの利益を図るためには、共同親権か単独親権かの適切な選択を可能にするための施策や立法的手当が必要です。


子どもの意思を適切に尊重するため、子どもの手続代理人制度の積極的な活用を可能とする施策も必要です。さらに、既存の税制・社会保障制度におけるひとり親支援については、離婚後の共同親権の導入により、子どもに不利益が生じることがあってはなりません。


日弁連は、子どもの最善の利益を図るための施策や立法手当を、引き続き提言していきます。


4 裁判外紛争解決手続(ADR)の未来

裁判外紛争解決手続(ADR)については、簡易・迅速かつ比較的低廉な費用で実施できること及び機密性等の点で、裁判手続に比して当事者に有利な手続であることを広くアピールし、利用の活性化を図ります。


現在は、医療、金融、国際家事、災害などの専門分野のADRが設けられていますが、他分野でも可能性が開かれており、ADRを創設していく必要があります。特に家事分野において、養育費紛争等に関するADRについて全国の弁護士がこれに対応できるようにすることが必要です。


日弁連は、デジタル技術を活用して調停等の紛争解決手続をオンライン上で実施するODR(Online Dispute Resolution)について、法務省がとりまとめた→「ODRの推進に関する基本方針~ODRを国民に身近なものとするためのアクション・プラン~」に対する意見書を公表しています。ODRはADRの技術革新の延長線上にあり、その有用性が認められる一方、安易な運用がされないように紛争解決基準の適正さ、公正さが担保されることが求められます。日弁連はODRの将来像について、弁護士が手続に関与することを含め、積極的な提言や問題提起を行っていきます。


5 新技術(生成AI)に対する司法の未来

AI、特にChatGPTなど生成AIを活用した新技術は、急激な発展を遂げており、私たち弁護士の業務にも革命的な進歩をもたらす可能性を秘めています。


他方で、その開発や利活用の規制等に関する国際的なルールの整備が不十分な現時点において、プライバシー等の人権侵害や個人情報の取扱いに関する問題、著作権等の知的財産権の侵害などの危険性が指摘されています。


また、法務省は、2023年8月、「AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第72条との関係について」というガイドラインを公表しました。しかしながら、これまでの日弁連の同条の解釈と必ずしも一致するものではないため、日弁連としても、同ガイドラインの運用状況等に関して、注視するとともに、必要に応じて意見を述べていくべきと考えます。


司法分野では、例えば、生成AIが法律相談に活用された際に、相当とは言えない解決策に導かれる場合があるなど、市民に与える悪影響も懸念されます。また、偏重や誤った活用により、新たな判例理論を構築する法創造への阻害要因になることも懸念されます。新技術(生成AI)が司法分野に与える影響についても十分に精査・検討していく必要があります。


第5 弁護士自治を守り新たな弁護士会の未来を築く

1 弁護士自治を守る

公正・公平な社会の実現を目指すためには、弁護士は他の権力から独立した存在でなければなりません。様々な権力からの圧力に屈しないためには、綱紀・懲戒制度を適切に運用する必要があり、それが弁護士自治の根源であることを、強い思いとして若い世代や後世に伝えていく必要があります。


弁護士による不祥事は、弁護士自治を内部から崩壊させかねない重大事態であり、その発生原因について調査・検討の上、根絶に向けた対策が必要です。不祥事を事前に防止するため、弁護士倫理研修を一層充実させるとともに、不祥事が発生した場合には、迅速かつ厳正に弁護士会の綱紀・懲戒手続を進めていくことが重要です。迅速かつ厳正に対処すべき事案に人的資源を集中するためには、濫用的懲戒請求に対し、弁護士会の負担を軽減する方策を引き続き検討していく必要もあります。また、弁護士がマネー・ローンダリングに巻き込まれることを防ぐため、日弁連及び各弁護士会において引き続き取組を進めるとともに、FATF対応において弁護士の独立性が害されることのないよう十分に注意していかなければなりません。


2 多様性を尊重する日弁連・弁護士会を

男女共同参画を含むダイバーシティ&インクルージョンは国の未来につながるものとして一層推し進める必要があります。社会やコミュニティ、それぞれの組織の内外において、様々な属性を持ち、多様な環境にある人々がありのままで受容され、その個性を活かして能力を発揮し、互いに理解し共存しつつ公正で平和な社会を発展させていかなければなりません。


中でも、弁護士業界における男女共同参画の更なる推進は喫緊の課題です。弁護士の女性比率は20%に届かず、女性の収入・所得の平均値は男性の約3分の2という状況であり、弁護士の女性比率の向上及び収入・所得の格差解消に向けた取組が不可欠です。日弁連では、副会長・理事のクオータ制により、会務への男女共同参画が進んでいますが、女性が責任のある立場から多様な意見を述べ、それを具体的な施策に反映させることは極めて重要です。各業界・有識者の取組や知見なども参考にしながら、関連する委員会等の諸活動とも連携しつつ、更に多様な意見を会務に反映させる取組を広げていきます。


3 業際・非弁・非弁提携問題

隣接士業は権限拡大の法律改正に取り組んでいますが、市民の利益を守るためには、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士こそが法律事務を担わなければなりません。安易な法律改正には厳しい姿勢で臨む必要があり、また、既に行われている権限逸脱行為に対しては、毅然とした姿勢で対応していくことが重要です。


非弁行為及び非弁提携の取締りは全国の弁護士会が連携して取り組むことが不可欠であり、日弁連はこれをサポートしていかなければなりません。弁護士会のみならず、取締りを行う関係機関との情報共有と意見交換の場を設けることが役割の一つと考えます。


4 弁護士業務妨害対策

弁護士が、担当事件の相手方や関係者等から、業務の妨害行為を受けることがあります。過去には弁護士やその家族が命を落とすという痛ましい事件もあり、近年ではSNSを利用した弁護士に対する誹謗中傷なども目立つ状況です。このような業務妨害行為を恐れて、弁護士が事件の受任や業務の遂行を躊躇することになれば、市民の法的権利を守ることができません。日弁連は、業務妨害事案に関する情報収集や分析に基づき、対応策等を検討するとともに、弁護士会・弁護士に対する注意喚起や周知活動を通じて、弁護士業務妨害の対策に取り組みます。


5 広報の充実

市民会議の場では、日弁連が取り組んでいる多くの有用な活動について、市民や社会に十分に伝えられていないとの指摘を受けることがあります。日弁連や弁護士の多岐にわたる専門的・具体的な知見やこれに基づく活動は、必ずや市民の利益にかなうものです。これらを多様なメディアに発信し、メディアには掘り下げて報道してもらう必要があります。広報室の活動を更に充実させ、メディアとの関係構築やメディアへの発信の工夫を続けていくことが肝要です。それと同時に、市民に向けた直接的な情報発信についても、戦略的かつ積極的に展開していく必要があります。


また、会員向けの広報については、日弁連新聞や「自由と正義」、日弁連速報(ファックスニュース)、メールマガジンのみならず、会員専用サイトやSNSの更なる活用により、対応すべき事象の発生に応じて、即時に必要な情報を発信していきます。


日弁連の広報の継続性にも留意しつつ、長期的な視野に立って、日弁連や弁護士の活動内容を広く内外に周知し、活動の裾野を広げていくことへの理解を求めていかなければなりません。


6 日弁連の財務・IT化の取組

日弁連がその活動を将来にわたり発展させていくため、収入の大部分が会費によって賄われている予算の執行を適正に行うとともに、会務の合理化・スリム化を一層推進して支出の削減に努め、財政基盤を確固たるものにしていきます。


また、会員サービスの向上と、日弁連・弁護士会連合会・弁護士会の更なる業務の合理化・効率化を図るため、一層のIT化を推進します。弁護士会照会制度のオンライン手続システムの導入・普及に努めるとともに、登録事項変更届出等のシステムを開発し、会員の経済的負担の軽減に資するよう変更届出に係る手数料の在り方についても検討していきます。


日々進むIT技術の活用の可能性は常に検討しておく必要があります。社会の変化の中で、会務や会員サービスのあるべき姿を不断に模索し、会員と社会に還元していくことは、日弁連の大きな役割の一つであることを念頭に、検討を進めていく必要があります。


7 小規模弁護士会支援

小規模弁護士会への新規入会者が減少する反面、弁護士会が担うべき業務はますます増加し、小規模弁護士会及びその会員の負担は増大しています。小規模弁護士会と中・大規模弁護士会との間の会費負担の差も存在します。これらを少しでも解消すべく、小規模弁護士会への支援の拡充が検討されなければなりません。


並行して、意見照会、アンケートの依頼等の際に弁護士会の負担にならないよう配慮する等の対応も検討していく必要があります。人手不足の小規模弁護士会の職員へのサポートも提案し、小規模弁護士会が働きやすい職場になるよう支援してくことも欠かせません。


また、コロナ禍で各地の弁護士会が大きな負担を強いられる中、日弁連はIT化に向けた環境整備のための支援を行いましたが、今後もIT化・デジタル化に即応するための支援を継続していくことが重要です。


おわりに

以上、様々な分野について日弁連の課題とその対応方針について述べてまいりました。


とはいえ、私たちの対応すべき課題は、これだけにとどまるものではありません。


日弁連は、社会事象の変化により新たに生じ、あるいは顕在化してくる様々な課題に対応して、時機を失することなく、日本最大の人権擁護団体、法律家団体として適確な意見を述べるとともに、その課題解決のために積極的・能動的に関わっていく必要があります。


国民一人一人の個性と生き方が尊重され、その多様性を互いに認め合える社会の中で、市民や社会が直面する様々な課題や困難に対し、日弁連の全ての会員が関心をもって解決に取り組めるようにすることこそ、司法の、そして日本の明るい未来につながるものと考えます。


私たちは、今年度、このような未来を目指し精一杯努力してまいりますので、皆様の御理解とお力添えをいただきますよう、どうぞよろしくお願い申し上げます。