民事法律扶助における利用者負担の見直し、民事法律扶助の対象事件の拡大及び持続可能な制度のためにその担い手たる弁護士の報酬の適正化を求める決議

 

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民事法律扶助は、資力に乏しい者に対し、憲法第32条に定める「裁判を受ける権利」を実質的に保障し、法の支配をあまねく行き渡らせようとする制度である。すなわち、権利関係が複雑化している現代社会において裁判で権利を実現するためには、法律専門家である弁護士等の支援が不可欠であり、資力に乏しく弁護士等に依頼することが困難な者に対し、その費用を援助することによって自己の正当な権利の実現等を図ることができるようにすることで、「裁判を受ける権利」を実質的に保障する制度である。
 

我が国の民事法律扶助制度は、当初、1952年に設立された財団法人法律扶助協会(以下「扶助協会」という。)によって、1957年まで弁護士費用を給付し、勝訴し相手方から金員を取り立てられたときには一部負担を求める制度として実施された。しかし、扶助協会は財政的な困難に直面し、1958年から国庫補助金を受けるようになったが、その際、被援助者が財産的利益を得たか否かに関係なく、援助を受けた費用の全額を償還するいわゆる立替・償還制が導入された。2000年には民事法律扶助法(平成12年法律第55号)が制定され、同法は、民事法律扶助事業の統一的な運営体制の整備及び全国的に均質な遂行のために必要な措置を講ずることを国の責務とし、扶助協会が指定法人として民事法律扶助の運営主体となった。そして、2004年に総合法律支援法(平成16年法律第74号)が制定され、同法は、民事法律扶助事業の実施それ自体を国の責務とするに至った。
 

2006年10月に、日本司法支援センター(以下「法テラス」という。)が業務を開始して以降、法テラスが扶助協会から民事法律扶助事業を引き継いで実施している。


総合法律支援法制定後は、運営費交付金の増額や、生活保護受給者・準生活保護要件該当者への償還猶予・免除の開始、特定援助対象者法律援助及びDV等被害者法律相談援助の開始等の運用改善・制度改革が行われてきたが、前述のとおり扶助協会が財政的な困難に直面し国庫補助金を受けるようになった際に導入された立替・償還制が今日に至るまで維持されている。


この立替・償還制は、利用者に償還債務を負担させる制度であるから、いかに民事法律扶助の必要性が高くても、法律上行為能力が制限される未成年者や事理弁識能力を欠く常況にある高齢者・障がい者(後見相当の者)は、債務を負担する契約の締結を単独で行うことができない。また、複合的な問題を抱えた多重債務者が自己破産申立てをするに当たって、他の事件について民事法律扶助を利用しようとしても、その立替金が免責債権となり償還がされないとの理由から、他の事件の申込みをしても援助開始決定を受けられないなどの制度的問題も生じている。さらには償還の負担を慮って民事法律扶助の利用を差し控えたり、諦めたりして、問題を解決できない者もいる。例えば、婚姻費用や養育費等の扶養料からも報酬・償還を求めるため、月々の支払が生活を圧迫することから、民事法律扶助の利用を控えるひとり親家庭などである。このように立替・償還制は、民事法律扶助利用の大きな障壁となっている。


2001年の司法制度改革審議会意見書が指摘したとおり、今日の社会は規制緩和が推進され、事後監視・救済型社会への転換が進んでいる。このような社会において、民事法律扶助は、経済的理由で司法にアクセスできない者のセーフティネットとしての機能を果たしており、民事法律扶助利用の障害を取り除いてより利用しやすいものにしなければならない。


現在、経済的格差が拡大し、また、長引くコロナ禍の影響で、職を失ってしまった者やひとり親家庭等のいわゆる社会的弱者がますます困難な状況に追いやられ、法的支援の必要性が更に高まっている。民事法律扶助の利用者負担の在り方を見直し、立替・償還制ではなく原則給付制とし、資力が一定程度を超えている利用者のみ負担能力に応じて負担する(応能負担)など、利用者負担の軽減を図ることは喫緊の課題である。


さらには、社会経済構造の変化の中で、民事紛争案件以外にも法的支援が必要な事案が増大しており、国民等の正当な権利擁護の観点、弁護士等の早期支援により複合的多重的な困難へ進行することを防止する観点からは、特に高齢者・障がい者、子ども、在留資格を有しない外国人等、社会的弱者といわれる者への法的支援は重要である。これらの法的支援は現在、当連合会が費用を負担して法律援助事業として行っているが、その費用負担は本来、国費・公費で賄われるべきであり、これらを含め、法的支援が必要な事案に対して民事法律扶助の範囲の拡大が強く求められるところである。


国民等が容易に自らの権利・利益を確保、実現できるよう、そして、事前規制の廃止・緩和等に伴って、弱い立場の者が不当な不利益を受けることのないよう、弁護士は司法制度改革審議会意見書が指摘した「国民の社会生活上の医師」の役割を果たし、民事法律扶助においても積極的にこれを支えることが求められている。


にもかかわらず、民事法律扶助制度で現在「立替基準」として定められている弁護士の報酬基準は、民事法律扶助法が制定された2000年以降、消費税の導入や税率の変更によるもの以外に改定はなく、本体額は20年以上も前のままである。そのため、民事法律扶助のニーズが高い離婚や養育費など子の監護を巡る事件等の家事事件や自己破産申立事件など、民事法律扶助を利用しない場合の弁護士報酬の一般的な額より相当程度低廉なものとなっている上、扶養料の場合は2年にわたって受任弁護士が直接報酬を回収することを求められるなど、業務量や労力に見合わないものとなっている。民事法律扶助制度は、これまで弁護士等の献身的な活動によって支えられてきているものの、このままでは、弁護士が民事法律扶助の担い手としての活動を続けることが困難となりかねず、ひいては、国民の裁判を受ける権利の保障や法の支配、人権擁護が十分に実現されなくなるおそれがある。民事法律扶助の担い手を確保し、この制度の運用を持続的に維持・発展させるためには、弁護士報酬を適正なものに見直す必要がある。


2015年に国連サミットで採択された持続可能な開発目標(SDGs)では、ゴール16として「全ての人々に対する司法へのアクセスの提供」が掲げられている。この理念は、「あまねく全国において、法による紛争の解決に必要な情報やサービスの提供が受けられる社会を実現することを目指」すとする総合法律支援法の基本理念(同法第2条)及び民事法律扶助事業の公共性の高さに鑑み、その適切な整備及び発展が図られなければならないとされていること(同法第4条)に一致するものである。諸外国では、法律扶助の予算規模が我が国よりはるかに大きく、かつ、原則として公的資金の「給付」となっている。我が国において、民事法律扶助制度を更に利用しやすく、また、持続・発展させていくために、国は、総合法律支援法の定める基本理念にのっとり、総合法律支援の実施及び体制の整備に関する施策を実施する責務(同法第8条)を果たすべきである。


そこで、当連合会は、民事法律扶助制度を法的セーフティネットとして十分に機能させるため、国に対し、以下のとおり求める。


1 弁護士等の調停・裁判等の際の費用(代理援助費用)について、立替・償還制を改めて原則給付制を採用し、資力が一定程度を超えている利用者のみ負担能力に応じて負担する(応能負担)など、利用者負担の軽減を図ること。


2 現在当連合会が行っている法律援助事業を国費・公費化することを始めとして、法的支援が必要な事案に対して民事法律扶助制度の範囲を拡大すること。


3 財政基盤の脆弱さから弁護士報酬が低廉に抑えられてきた扶助協会における扶助制度を継承した現在の状況を改め、民事法律扶助制度が権利実現のための持続可能な制度となるよう代理援助における弁護士報酬の適正化を図ること。


当連合会は、人権の国内的保障システムである司法へのアクセスを確保するため、引き続き民事法律扶助の担い手の養成に努めるとともに、上記の点を含む民事法律扶助制度の抜本的改革に向けて全力を尽くす決意である。


以上のとおり決議する。


                  2023年(令和5年)3月3日
                   日本弁護士連合会

提案理由

第1 民事法律扶助制度の意義

憲法第32条は「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」として、法的紛争の解決に当たり、何人にも平等に、裁判を受ける権利を保障している。しかし、裁判を受けるためにはその費用を負担しなければならず、権利関係が複雑化した現代社会においてその権利の実現のためには、高度な法律知識や訴訟技術を必要とする場合が多く、法律専門家である弁護士等の助力が重要である。


民事法律扶助制度は、訴訟費用や弁護士費用等を援助することによって、裁判を受ける権利を保障し、自己の正当な権利の実現等を図ることを実質的に保障する制度である。この制度の整備と拡充は、憲法第25条(生存権)、第13条(個人の尊重、幸福追求権)、第14条(法の下の平等)の趣旨にも適合するものである(後述の法律扶助制度研究会報告書より。)。


民事法律扶助制度には、自力救済を禁じ、紛争を法的に解決するという法治国家の理念に基づく側面があるが、資力に乏しい者に対しても等しく裁判を受ける権利を実質的に保障するという点では、福祉国家としての理念に基づくものでもあり、福祉的側面もある。特に、規制緩和等によって競争原理が強化され、経済的格差の拡大が急速に進んでいる現代社会においては、このような福祉的側面の重要性が増している。


また、社会経済構造の変化の中で、民事紛争案件以外にも、権利擁護等のために法的支援が必要な事案が増大しており、特に高齢者・障がい者、子ども、在留資格を有しない外国人等、社会的弱者と言われる者への法的支援については国が実施する必要性が高く、民事法律扶助の対象事件の拡大も視野に入れるべき時代となっている。


さらに、現在の民事法律扶助における弁護士の報酬基準(立替基準)が業務量や労力に見合わないとの問題が従前から指摘されているところ、民事法律扶助の担い手を確保し、この制度の運用を持続的に維持・発展させるには、弁護士報酬を適正なものに見直す必要がある。


2015年に国連サミットで採択された持続可能な開発目標(SDGs)では、ゴール16として「全ての人々に対する司法へのアクセスの提供」が掲げられている。この理念は、「あまねく全国において、法による紛争の解決に必要な情報やサービスの提供が受けられる社会を実現することを目指」すとする総合法律支援法(平成16年法律第74号)の基本理念(同法第2条)及び民事法律扶助事業の公共性の高さに鑑み、その適切な整備及び発展が図られなければならないとされていること(同法第4条)に一致するものである。我が国において、民事法律扶助制度を更に利用しやすく、また、持続・発展させていくために、国は、総合法律支援法の定める基本理念にのっとり、総合法律支援の実施及び体制の整備に関する施策を実施する責務(同法第8条)を果たすべきである。


第2 我が国における民事法律扶助制度の変遷

1 民事法律扶助法制定前


1952年、当連合会は、「法律上の扶助を要する者の権利を擁護し、もってその正義を確保することを目的」として、財団法人法律扶助協会(以下「扶助協会」という。)を発足させた。その財源は、主に弁護士会の拠出と民間からの寄付であった。安定的な財源の確保のため、1958年から、直接の援助費用に充てられる事業費について国庫補助が開始されたが、その額は不十分なものにとどまり、扶助協会の運営・管理の資金や事務は弁護士会が負担していた。また、国庫補助の開始に合わせて、原則全額償還制が導入された。


2 民事法律扶助法の制定


1994年11月、我が国の司法制度に適合した望ましい法律扶助の在り方を調査研究する「法律扶助制度研究会」が法務省に設置され、1998年3月、「法律扶助制度研究会報告書」(以下「研究会報告」という。)が取りまとめられた。


同研究会では、利用者が最終的に費用負担をする立替・償還制を維持するという見解と、給付制にすべきとする見解の両論が出されたが、「生活保護受給者に一律に費用負担を求めること、特に原則として進行中償還を求める運用が行われている現状には、生活保護制度の趣旨に照らして問題があり、原則としては費用負担を求めない方策を検討すること、もっとも、生活保護受給者であっても事件によって財産的利益を得た場合や、事件進行中又は猶予期間中に資力が回復した場合は費用負担を求めることに合理性があることについては意見が一致した」と報告されている。


なお、研究会報告に関し、当連合会は、1999年に「arrow司法改革実現に向けての基本的提言」を公表し、「国庫補助金を大幅に増額し、中間所得層までを対象に含め、原則「給付制」を採用」すべき旨の意見を表明した。


研究会報告を受け、2000年4月、民事法律扶助法(平成12年法律第55号)が制定され、扶助協会は民事法律扶助を行う指定法人とされた。


同法では、国の責務として、民事法律扶助事業の適正な運営を確保し、その健全な発展を図るため、民事法律扶助事業の統一的な運営体制の整備及び全国的に均質な遂行のために必要な措置を講ずるよう努めることが定められ、民事法律扶助に係る予算はこれまでの予算補助から法的根拠を持つ法律補助となり、管理運営費も予算化され、予算は、民事法律扶助法施行前(1999年度)の約9億円から2000年度には約21億円へと拡大した。


一方、当連合会及び弁護士会は、民事法律扶助事業の実施に関し、民事法律扶助事業の適正な運営の確保及び健全な発展のために必要な支援を、弁護士は民事法律扶助事業の実施のために必要な協力をするよう努めるものとされ、扶助協会の運営に当たっては、資金、設備、労務提供の各面は弁護士会が担うことが継続した。このため、具体的な民事法律扶助の内容を検討する場面では、弁護士会の財政状況等を勘案する必要が常に生じ、利用者負担の在り方等の民事法律扶助制度の見直しを検討するには至らなかった。


3 総合法律支援法の制定


2001年6月、司法制度改革審議会は、同審議会意見書において21世紀の我が国において司法に期待される役割について、「21世紀の我が国社会にあっては、司法の役割の重要性が飛躍的に増大する。国民が、容易に自らの権利・利益を確保、実現できるよう、そして、事前規制の廃止・緩和等に伴って、弱い立場の人が不当な不利益を受けることのないよう、国民の間で起きる様々な紛争が公正かつ透明な法的ルールの下で適正かつ迅速に解決される仕組みが整備されなければならない」とした。また、民事法律扶助制度について「欧米諸国と比べれば、民事法律扶助事業の対象事件の範囲、対象者の範囲等は限定的であり、予算規模も小さく、憲法第32条の「裁判を受ける権利」の実質的保障という観点からは、なお不十分」であると指摘をし、民事法律扶助制度の体制の整備を国の責務と明確に位置付け、国費を活用して民事法律扶助制度を大幅に拡充することが必要であるとした。


この指摘を受け、政府は、2002年3月、司法制度改革推進計画を閣議決定し、民事法律扶助につき、「対象事件・対象者の範囲、利用者負担の在り方、運営主体の在り方等につき更に総合的・体系的な検討を加えた上で、一層充実すること」を明記し、確認した。


さらに、2003年、政府は、市民の司法アクセスを確保するため全国に拠点を整備した独立行政法人を設置し、①司法アクセス窓口業務、②弁護士過疎地域におけるリーガルサービスの提供、③公的弁護に関する一連の業務、④民事法律扶助に関連する業務、⑤従来の民事法律扶助でカバーできなかった各種の法律援助業務を行うというリーガルサービスセンター、いわゆる「司法ネット」を構想するに至った。


当連合会は、上記の政府の構想について、当連合会が取り組んできた民事法律扶助の拡充等に対して国の責務として応えようとするものであると評価し、その構想を大筋で支持する一方、更に国民の民事法律扶助に係る需要の変化に応じた新しい事業に対応可能な組織とすること、組織としての自主性・中立性を確保すること、個々の弁護活動の自主性・独立性の確保のため、弁護活動の独立性を保障する趣旨の規定を設けること等を提言した。


その後、上記の政府の構想は、総合法律支援法として国会に提出され、2004年5月に可決・成立した。


4 日本司法支援センターの設立


総合法律支援法の成立を受け、2006年4月、日本司法支援センター(以下「法テラス」という。)が設立され(同年10月から事業開始)、扶助協会は2007年3月をもって解散した。


5 法テラス設立後の当連合会の取組


当連合会は、2009年5月29日開催の定期総会における決議「arrow司法改革宣言-日弁連創立60周年を迎えて-」において、「容易に司法にアクセスできず、司法救済が受けられない弱い立場の市民が多数取り残される「司法格差」の解消のためには、司法過疎・偏在の解消や民事扶助制度の抜本的改革(中略)が必要」とし、同定期総会における「arrow_blue_1.gif人間らしい労働と生活を保障するセーフティネットの構築を目指す宣言」では、「生活に困窮した人々があまねく法的支援を受けることができるようにするため、民事法律扶助制度の抜本的改革を進め、対象者・対象事件の範囲と現行の利用者負担のあり方を見直し、同制度の一層の充実発展を目指すこと」を確認した。


また、2011年5月27日開催の定期総会における「arrow民事司法改革と司法基盤整備の推進に関する決議」においても、民事法律扶助制度の拡充を求め、「法の支配を社会の隅々まで行き渡らせ、民事法律扶助制度を法的セーフティネットとして十分に機能させるためには、以下のことが必要である」とし、立替・償還制を改め原則給付制とするなど、利用者負担の軽減を図ること等を提言した。


当連合会は、民事法律扶助の担い手の立場から、民事法律扶助の運用に関しても積極的に意見を述べ、法テラスと継続的な協議を実施し、審査基準や運用の改善に努めてきた。


6 法テラス設立後の状況


上記のように、当連合会は、民事法律扶助の利用の拡大、利用者の利便性の確保のため、不断の取組を続けてきたが、その成果もあり、法テラス設立後も民事法律扶助は一層発展している。


2010年1月から、生活保護受給者について、原則として法テラスへの償還が猶予され、事件終了後の償還についても免除される運用となり、同年4月からは、生活保護受給者の自己破産事件に係る官報公告費及び管財事件の予納金の立替えがなされる扱いとなった。2011年4月からは、準生活保護要件該当者に対する償還猶予・免除が開始された。また、同年3月11日に発生した東日本大震災に関しては、民事法律扶助の巡回・出張法律相談制度を活用して避難所等で多数回の法律相談会が行われ、当連合会や弁護士会が相談活動を担った。2012年4月に、東日本大震災の被災者に対する援助のための日本司法支援センターの業務の特例に関する法律(平成24年法律第6号)が施行され、被災者であれば資力を問わずに援助対象となり、原発ADR等が代理援助・書類作成援助の対象となるなど、被災者支援の拡充が図られた(同法については、2015年及び2018年に3年間伸長する改正案が成立した。)。2016年には、総合法律支援法が改正され、大規模災害被災者に対する法律相談援助が制度化された。2018年1月には、認知機能が十分ではない者(特定援助対象者)に対する法律相談や一定の行政不服審査手続に関する代理援助、DV・ストーカー・児童虐待の被害者に対する法律相談が開始され、いずれも課題は残るものの民事法律扶助の拡充が実現された。


7 国庫負担金額の推移


上記の民事法律扶助の拡大・充実は、国庫の負担金額の推移にも表れている。すなわち、国庫補助金交付が開始された1958年度の交付金額は、1,000万円であったが、その後、民事法律扶助利用の拡大や、当連合会を始め関係諸機関の連携により予算規模は拡大し、民事法律扶助法が成立した2000年度に約21億円、法テラスが業務を開始した年の翌年の2007年度に約102億円(運営費交付金。国選委託費は含まない。)となり、2022年度は、約156億円となっている。


8 小括


以上のとおり、民事法律扶助は、後述のように利用者負担の在り方という法律扶助制度研究会で検討された課題の抜本的な改善検討には至らない状況が続いているものの、当連合会や関係諸機関による法律扶助拡大への地道な努力が結実し、着実に予算規模を拡大しながら、社会インフラとしての重要な役割を担う手段として確立し、国民に受け入れられ、今日に至っている。


第3 利用者負担の在り方としての立替・償還制度の問題点

1 我が国の民事法律扶助について立替・償還制度に着目した検討


上記第2は、我が国の民事法律扶助の変遷を概観したものであるが、利用者負担の在り方において最も大きな問題となる立替・償還制に着目して検討すると、以下の点を指摘することができる。


(1) 立替・償還制導入の歴史とその後の検討状況

民事法律扶助の利用者負担の在り方、とりわけ立替・償還制については、1958年、扶助協会が財政的な困難に直面し国庫補助金を受けることとなった際に、原則全額償還制が導入されたことに遡る。


第2でも指摘したとおり、この民事法律扶助の利用者負担の在り方については、1994年に設置された法律扶助制度研究会において、原則給付制とし、利用者の資力に応じて一定の負担金を支払うこととする制度とすべきとの意見と、立替・償還制を維持すべきとの意見が述べられ、一致を見なかった。この点、1970年代の代理援助事件の類型は、約7割が交通事故等を中心とする損害賠償請求事件や金銭請求事件であり、純然たる民事訴訟の領域であった。すなわち、ここで想定されていた事件類型では、事件処理により利用者が受領する金銭から経費を償還に充てても利用者には一定のまとまった経済的利益が確保され得るものであり、納税者の公平感という視点からも、立替・償還制を採るべきであるとの主張が支持されやすい状況にあった。


また、研究会報告においても既に家事事件の増加が指摘されていたが、「適正な財産分与や養育費の取決めを行うことは、離婚後の配偶者や子の生活の安定にも寄与」することに注目されており、現在のようなひとり親家庭の貧困についての深刻な状況は前提とされていなかった。


その後、2001年の司法制度改革審議会においても、裁判を受ける権利の実質的保障という観点からなお不十分であるとされ、民事法律扶助事業の一層の充実を求めるとされたが、利用者負担の在り方について検討が進むことはなく、総合法律支援法にも立替・償還制が引き継がれ(同法第30条第1項第2号)、今日に至っている。


(2) 社会福祉政策としての現代法律扶助の必要性

前掲のとおり、2001年の司法制度改革審議会意見書は、その後の社会について、経済構造改革等の諸々の改革の下、司法の役割はますます重要となること、事前規制の廃止・緩和等に伴って、弱い立場の人が不当な不利益を受けることのないよう、様々な紛争が公正かつ透明な法的ルールの下で解決される仕組みの整備が必要であることを指摘した。現実にも、その後の社会経済構造の変化に伴い、民事法律扶助が利用される事件類型は変化し、近時は、離婚やひとり親家庭の養育費等の家事事件や生活困窮等により負うことになった債務の整理が多くを占めるようになり、自己破産、その他多重債務、離婚等、その他家事事件の四つの分野で代理援助決定件数全体の約8割を占めている。また、利用者の約40%が無収入世帯、約15%が月額収入10万円未満の低収入世帯となっている。すなわち、現在の民事法律扶助は、ひとり親家庭等を始めとする生活困窮者が主な利用者となり、利用される事件類型は、離婚・養育費等の家事事件や自己破産・債務整理が多くを占めることとなっており、社会福祉的側面が強いセーフティネットとして機能する制度に変容した。


また、これらの問題は単一に存在しているのではなく、例えば、DV等により離婚をしてひとり親となり、このことが収入の不安定さや貧困をもたらし、賃料滞納や多重債務の原因となり、社会福祉や健康問題に結び付くという複合的問題の中に存在している。このような事象は、欧米諸国においても共通であり、法律扶助大国であるイギリスの政府文書においても、複合的問題(Multiple Problems)や問題のクラスター(Problem Clustering)に対する総合的・包括的支援(Holistic Support)が重視されており、世界的な傾向として指摘することができる。


そうであるにもかかわらず、我が国では民事法律扶助の利用者負担の在り方については議論が進んでいない。社会経済構造の変化や民事法律扶助の対象となる事件類型の変化を受けて、現代の民事法律扶助の在り方や利用者負担の在り方を、社会福祉政策として検討すべき時期になったと言える。また、法律扶助を利用して早期に法律専門家が関与することで福祉コストの減少や納税収入の増加等の効果があるとの海外の分析もあり、個々の問題の解決という点だけではなく、社会全体としてのコストの観点からも優位性があることが指摘されている。


(3) 利用者負担の見直しの必要性

近時の民事法律扶助が利用される事件類型に鑑みると、民事法律扶助制度が立替・償還制を前提とする限り、本来民事法律扶助を必要とする者であっても、法律扶助を十全に利用することができず、立替・償還制は総合法律支援法が理念とする「法による紛争の解決に必要な情報やサービスの提供が受けられる社会」(同法第2条)の実現にとって大きな障害になっている。


立替・償還制は、申込段階、利用開始後の各段階で障害となる。


申込段階において、申込みをしようとする者は、法律扶助は「費用等を立て替える制度」であり、援助決定後には事件進行中から分割で支払をすることになる旨の説明を受けるが、事件解決の見通しがつかない段階からの償還を余儀なくされることは、特に現に厳しい経済状態にある者の法律扶助の利用を躊躇させる結果を招来している。


東京弁護士会民事司法改革実現本部が2014年に東京三弁護士会の会員を対象に行った民事司法実情調査によれば、民事法律扶助について償還制であることが利用の障害となった経験が「よくある」、「たまにある」と答えた会員が23.8%、回答者の約4人に1人となっており、このうち65%が受任に至らなかった経験が「よくある」、「たまにある」と答えている。民事法律扶助の利用を躊躇した結果、自身が抱える問題を解決できず、更に先に述べたような「複合的な問題」に陥ってしまうことも少なくない。


また、立替・償還制は、利用者に償還債務を負担させる制度であるから、法律上行為能力が制限される未成年者や事理弁識能力を欠く常況にある高齢者・障がい者(後見相当の者)は、債務を負担する契約を単独でなし得ないため、民事法律扶助の必要性があっても、本人が有効な申込みをすることができないという問題、さらに、複合的な問題を抱えた多重債務者が自己破産申立てをするに当たって、他の事件について民事法律扶助を利用しようとしても、その立替金が免責債権となり償還がされないとの理由から、申込みをしても援助開始決定を受けられないという問題もある。


次に、立替・償還制は、利用開始後にも障害となる。例えば、民事法律扶助の利用により、養育費等を獲得した場合でも、当該養育費等を原資とする毎月の償還が生じ、養育費の実質的減額による貧困を引き起こしている。一定の要件を充たす場合の償還猶予・免除の制度があるが、その運用は限定的であり、養育費を必要とするひとり親家庭において、過酷な結果をもたらしているとの現場からの指摘が後を絶たない。生活困窮者の自己破産についても、生活の立て直しを図るために破産法上所持が許容される「自由財産」等から償還することになり、その実質的減額を引き起こし、生活再建の障害あるいは生活再建が遅延する結果をもたらしている。


これらは、いずれも民事法律扶助が原則立替・償還制であることに起因する問題である。今日の社会経済構造の変化や法律扶助の利用対象事件の動向、長引くコロナ禍の影響によってひとり親家庭等のいわゆる社会的弱者がますます困難な状況に追いやられ、法的支援の必要性が高まっている状況等に鑑みれば、貧困の固定化を防止し、セーフティネットとして民事法律扶助が一層の機能を果たすようにするため、利用者負担の在り方として立替・償還制を見直すことは急務である。


なお、現状、利用者の世帯収入は、約40%が無収入、約15%が月額10万円未満の低収入世帯となっている一方、月額収入が30万円以上の利用者もおり、利用者の収入には幅があることから、原則給付制としつつ、資力が一定程度を超えている利用者のみ負担能力に応じて負担する(応能負担)など、利用者負担の軽減を図る方法を具体的に検討すべきである。


2 予算規模の拡大と給付制導入の必要性~諸外国の状況等


諸外国における法律扶助の予算規模及び利用者負担の在り方に照らしても、我が国においても国庫支出によって法律扶助の予算を拡大させ、予算の「純増」による給付制を導入することが必要である。


(1) 我が国の現状

我が国の法律扶助支出額は、欧米諸国と比較して、長年にわたって非常に少ない状態が続いてきた歴史があり、上記のとおり、司法制度改革審議会意見書は、その点を指摘した上で、「対象事件・対象者の範囲、利用者負担の在り方、運営主体の在り方等について更に総合的・体系的な検討を加えた上で、一層充実すべきである」と確認した。


しかしながら、総合法律支援法の制定によっても、最終的には、制度を担う運営主体として新たに法テラスの設置が決まっただけであり、それ以外の部分、とりわけ同審議会意見書で指摘されていた「利用者負担の在り方」に関する制度の抜本的見直しはなされず、民事法律扶助法の償還規定がほぼそのまま受け継がれた。その結果、法律扶助支出額が法テラスに環流されて新たな事業資金に投入されていくという資金の循環構造が維持され、今日、償還金は民事法律扶助事業の最大の財源となっている。


(2) 欧州諸国の法律扶助支出額の規模と我が国の状況

そもそも前述のとおり、我が国では法律扶助支出額が欧米諸国と比較して非常に少ない。近年においても、欧州評議会の「司法の効率化のための欧州委員会(CEPEJ)」が公表した2020年評価サイクルにおける欧州各国の人口一人当たりの民事法律扶助支出額と我が国の支出額(いずれも年額)を比較しても、以下のとおり、我が国は非常に少ない金額で抑えられている(なお、人口一人当たりの民事法律扶助支出額は、欧州については欧州評議会の2020年評価サイクル中、民事法律扶助支出額が明記されている国の支出額に従い、我が国については令和2年度版法テラス白書の令和2年度決算の支出額に従い、1ユーロを136円で換算して算出している。)。


現代法律扶助の母国とされるイギリス(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)については、最も高い北アイルランドが約3,500円、最も低いスコットランドが約1,400円、中位のイングランド及びウェールズが約1,800円である。2012年法律扶助法を契機に緊縮財政下にあるイングランド及びウェールズを含めても、なお人口一人当たりの法律扶助支出額は、欧州各国の中で最も大きい(なお、イングランド及びウェールズにおいては、現在、緊縮による様々な弊害が指摘され、修復に向けた検討が行われている点に留意するべきである。)。イギリスのスキームを戦後導入し、イギリスに次ぐ法律扶助大国とされるオランダは約2,000円であり、人口一人当たりの法律扶助支出額の規模は非常に大きい。北欧諸国については、デンマークが約1,400円、ノルウェーが約1,300円、アイスランドが約1,000円である。他方、欧州諸国において国の福祉支出額が相対的に低いと言われている南欧についても、イタリアにおいて約300円が支出されている。


これに対して、我が国においては、回収された償還金を原資としての立替金支出額を含めた(国選弁護人確保業務等委託費を除く。)全ての事業経費及び一般管理費並びに人件費を合算しても(令和2年度支出額計265億2,000万円)、人口一人当たり(我が国の人口を1億2,500万人として算定)の民事法律扶助支出額は約210円にすぎない。このように、欧州諸国と比較すると、我が国の人口一人当たりの民事法律扶助支出額は、上記のとおり我が国の支出額を最大に積み上げたとしても、イギリスの約16分の1から6分の1、北欧諸国の約6分の1から4分の1、南欧のイタリアの約7割程度である。なお、大陸法国家であるドイツ及びフランスにおいても、法律扶助支出額の規模が歴史的に欧州諸国の中上位を占めてきたことを踏まえると、我が国の人口一人当たりの法律扶助支出額を大きく上回っていると考えられる。


(3) 利用者負担の在り方を加味した比較

加えて、我が国においては法律扶助支出額が法テラスに環流されて新たな事業資金に投入されていくという資金の循環構造が維持されており、国庫の負担分だけで見ると一人当たりの支出額は更に小さくなる。これに対して、イギリスの代理援助制度は、福祉受給者及び低所得者については負担金が課されず無償での利用が可能であり、比較的資力のある利用者には負担金が発生する応能負担による給付制度である。オランダにおいても、イギリスと同様に応能負担による給付制度が整備されている。ドイツ及びフランスにおいても、応能負担による給付制度が採用されている。既に見たとおり、これらの国の人口一人当たりの法律扶助支出額は、我が国のそれを大きく上回っているが、それらが基本的に給付、すなわち国庫負担で賄われているのである。


以上のとおり、欧州諸国では、人口一人当たりの法律扶助支出額が大きく、かつ、原則として公的資金の「給付」となっているため、貧困者や低所得者など最も支援を必要とする部分に法律扶助が行き届き、「生活苦」や「家計の苦しさ」が緩和されることにもなるなど、利用者に対して手厚い総合的・包括的支援を実施することが可能となっている。


ちなみに、アメリカの連邦法律扶助資金を使用した代理援助は、貧困者の救済を本旨としており、代理援助の利用者に負担金の支払を求めてはならないという無償性を徹底している点に特徴があり、資金の循環を原則とし、貧困者にも原則償還を求める我が国とは根本的に異なっている。さらに隣国の韓国では、代理援助費用は償還が建前にはなっているものの、複数の省庁や数多くの官民の支援機関からの拠出金の下で、事実上の給付による代理援助が実施されている。


(4) 小括

このような諸外国における法律扶助の予算規模及び利用者負担の在り方に照らしても、我が国の民事法律扶助には、国庫の負担による法律扶助支出額の「純増」による原則給付制の導入が求められている。


第4 民事法律扶助の対象事件の拡大の必要性〜法律援助事業の国費・公費化等

1 民事法律扶助制度は、民事紛争の当事者で資力に乏しい者が、弁護士等による援助を受けて裁判等において自己の正当な権利の実現を図る制度として、狭義の民事訴訟のほか、調停等の裁判所において行われる諸手続、さらに、裁判に至る前の紛争解決に向けた示談交渉においても利用されている。


しかし、裁判を受ける権利の保障の究極の目的は、権利の救済を図る手段を提供することによる、憲法第13条に定める個人の尊重、幸福追求権の実現であり、そのような手段が必要になるのは民事紛争に限らない。


虐待を受けた子ども、自力では生活保護を受けることが難しい高齢者・障がい者・ホームレス等、入院を余儀なくされているが退院や処遇改善を希望している精神障がい者、犯罪に巻き込まれた犯罪被害者等は、その権利の実現のためには弁護士の援助が必要であるにもかかわらず、民事法律扶助が利用できない。


2 上記のように、法的支援が必要でありながら民事法律扶助が利用できない事案のうち、特に支援の必要性が高い類型のものについては以下のとおりであり、現在、当連合会が費用を負担して原則給付制で法的支援を行っているが(法律援助事業)、その費用は本来、国費・公費で賄われるべきである。


(1) 子どもに対する援助

2011年5月、家事事件手続法(平成23年法律第52号)が成立し、子ども自身が、主体的に家事事件手続に参加する権利が一定程度認められ、手続参加権を実質化するために子どもの手続代理人制度が設けられたが、資力がない子どもに、手続代理人を選任する権利を実質的に保障するためには、子どもが代理人の報酬の負担をしないで子どもの手続代理人を選任することができるようにする必要がある。しかるに、現在は、子どもが自ら選任する場合、未成年者であるために民事法律扶助による代理援助は利用できず、裁判所が選任する場合も国費負担はない。


その他、虐待を行う親との関係調整や児童相談所等との交渉など、子どもの権利擁護のために法的支援が必要となる場合があるが、民事法律扶助の対象とはなっていない。


(2) 高齢者・障がい者・ホームレス等に対する援助

生活保護の受給資格がありながら自ら申請ができない、あるいは申請しても適切な対応を受けられず拒絶されるなど、弁護士の援助が必要な高齢者・障がい者・ホームレス等に対する支援の必要性は高いが、生活保護を含む各種社会保障の利用申請や不服申立ては、後述の特定援助対象者に関する一部手続を除き、民事法律扶助の対象とはなっていない。


2018年1月から、改正総合法律支援法に基づき、認知機能が十分でないために自己の権利の実現が妨げられているおそれがある国民等(特定援助対象者)に対する法的支援の一つとして、特定援助対象者が自立した生活を営むために必要とする公的給付に係る行政不服申立手続について、代理援助の対象とされることとなり、特定援助対象者に関しては生活保護法上の審査請求について代理援助を利用できることとなった。しかし、特定援助対象者以外の者は引き続き利用できない状態が続いている。


(3) 精神障がい者に対する援助

入院を余儀なくされた精神障がい者の処遇改善請求や退院請求にも代理人が必要である。我が国の精神科医療制度は、1960年以降世界の潮流に反して病床数を増大させ、総数でも人口比でも世界最大の患者収容数となっている。入院期間は世界平均の7倍に上り、その半数が法的強制の下での入院を強いられ、人としての尊厳を脅かされた生活を強いられている。また、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(平成15年法律第110号)に基づき入院している者への法的支援も必要である。現在、当連合会は、入院中の精神障がい者からの相談を受けるための精神保健当番弁護士制度を全ての弁護士会に設置する取組を進めているが、処遇改善や退院を求める精神医療審査会への申立ては民事法律扶助の対象となっていないため、これらの申立手続に関して、総合法律支援法に基づく民事法律扶助を使うことができない。


(4) 犯罪被害者に対する援助

2008年12月、殺人や傷害など重大な犯罪の被害者や遺族が刑事裁判に直接参加できる「被害者参加制度」が始まり、被害者等が経済的余裕がない場合には国の費用負担による国選被害者参加弁護士の選任を請求できることとなった。しかし、この制度は事件が重大で、かつ、被疑者が起訴されて初めて適用され、代理人として行うことのできる活動も被害者参加人が行うことのできる活動に限られている。犯罪被害者は被害を受けたその時から、加害者の告訴・告発や捜査機関による事情聴取への対応、報道機関からの取材等への対応等の支援が必要であるし、被害者の受けたダメージは、法定刑の軽重によらず千差万別であり、被害者参加制度の対象範囲以外にも弁護士による支援の必要性は高い。


(5) 外国人に対する援助

基本的人権の享受は、日本国民に限らず、全ての人々に平等に認められるべきであるが、在留資格のない外国人はたとえ我が国に居住していても、その権利の実現のために民事法律扶助を利用して弁護士に依頼することはできない。交通事故、労働中の災害、夫婦間の紛争など日本人や在留資格のある者であれば民事法律扶助を利用して資力がなくとも代理人を選任することができるが、在留資格がない者は民事法律扶助を利用することができず、時によっては泣き寝入りを強いられている。


(6) 難民認定等に関する援助

難民認定手続、退去強制手続及び在留資格取消手続については、当該行政手続の帰趨が、その後の当該外国人の安定した在留の確保という、我が国での生活の基盤になる事柄に深刻な影響を及ぼし、当該外国人の人生を左右する極めて重大な結果となる場合が多く、援助の必要性は大きい。しかしながら、行政手続が総合法律支援法に基づく民事法律扶助の対象となっていないため、出入国管理にかかる行政手続の援助も民事法律扶助の対象となっていない。


3 現在、これらの事件への法的援助については、当連合会の法律援助事業として、法テラスが当連合会からの委託を受けて行っている。その費用は全て当連合会が負担しているところ、原資は弁護士自らが納める会費の一部を充てており、その上でわずかな報酬で人権擁護活動を担っている。しかし、総合法律支援法の趣旨からすれば、その費用は国費・公費で賄うべきである。


なお、当連合会の法律援助事業は原則として給付制であるため、法律上行為能力が制限される未成年者や事理弁識能力を欠く常況にある高齢者・障がい者(後見相当の者)についても利用が可能であるが、現在の立替・償還制のまま民事法律扶助の範囲を拡大しても、これらの者は有効な申込みをすることができないことになってしまう。原則給付制に変更された上での範囲の拡大が必要である。


4 加えて、前述の特定援助対象者に対する代理援助につき、その範囲は、生活保護法(昭和25年法律第144号)、介護保険法(平成9年法律第123号)、障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(平成17年法律第123号)、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(昭和25年法律第123号)及び身体障害者福祉法(昭和24年法律283号)に基づく特定の行政処分に対する審査請求等に限られ、国民年金法(昭和34年法律第141号)や厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)に基づく処分に対する審査請求等については対象となっていない。しかし、国民年金制度や厚生年金制度による老齢年金、障害年金、遺族年金等も、国民が自立した生活を営むための公的給付でありその必要性は高く、これを除外する理由はない。国民年金法や厚生年金保険法に基づく処分に対する審査請求についても対象とすべきである。


5 上記に述べた以外にも、法律援助事業ではカバーできず、事実上受任者が無償で援助している分野や、社会情勢の変化に伴い、新たな法的支援が必要な分野も考えられ、引き続き民事法律扶助の範囲の拡大について検討すべきである。


第5 民事法律扶助制度の持続可能性を踏まえた報酬基準適正化の必要性

民事法律扶助制度で現在「立替基準」として定められている弁護士の報酬基準(以下単に「報酬基準」という。)は、扶助協会時代の献身的な弁護士の善意を前提とした基準をほとんどそのまま承継して今日に至り、運用がなされている。


他方で、社会経済構造の変化に伴い、法律扶助の対象事件を含め法的紛争が複雑化・高度化しており、その解決に関わる弁護士の業務量は増加している。


もとより、適切な弁護士報酬は、事案の内容、経済的利益、解決に要する労力等を考慮しなければならず、本来一律に導くことは難しい性質を有するが、同種事案との比較検証により導いたものは、一つの指標となり得る。この点、当連合会では、2009年に会員へのアンケート結果を踏まえた「市民のための弁護士報酬の目安」(以下「報酬の目安」という。)を公表し、事件類型に応じた平均的な弁護士報酬の目安を提供している。これによれば、例えば、離婚調停事件における弁護士報酬の着手金は、20万円前後とするケースが45.1%、30万円前後とするケースが41.5%であるところ、報酬基準では、8万円~12万円となっており、困難案件の場合には18万円まで増額可能とされているが、その運用はほとんどなされていない上、仮に加算されたとしてもなお、その金額は報酬の目安を下回る。また、個人破産についても、報酬の目安によれば、20万円前後とするケースが37.3%、30万円前後とするケースが48.7%であるところ、報酬基準では着手金12万円(債権者が1~10社の場合。別途実費2万3,000円)となっている。


上記で掲げた例は、現在、民事法律扶助の利用件数が多い類型のものであるが、いずれも、民事法律扶助事件として受任した場合の弁護士報酬は、報酬の目安の場合と比較して低額にとどまっていることは明らかである。


民事法律扶助の拡大は、社会に日々生起する問題解決に不可欠な社会的インフラの整備にほかならないが、担い手の立場にも配慮を要する。民事法律扶助によって法律事務を取り扱う弁護士は、「良心に従い、依頼者の権利及び正当な利益を実現するように努める」(法テラスの法律事務取扱規程第4条第2号)ものとされ、実際に多くの弁護士が献身的にそのような活動を行っているが、弁護士報酬の一般的な水準から乖離した報酬基準が維持されることは、弁護士が民事法律扶助の担い手としての活動を続けることを困難にするものであり、ひいては、国民の裁判を受ける権利の保障や法の支配、人権擁護を不十分なものとするおそれがある。弁護士が、司法制度改革審議会意見書が指摘した「国民の社会生活上の医師」の役割を果たし、社会インフラとしての民事法律扶助を持続可能なものとし、司法におけるセーフティネットを構成し続けるようにするためには、担い手の労力や業務量に見合う報酬基準を検討し、適正化を図ることが不可欠である。


第6 結び

以上から、当連合会は、社会経済構造の変化、民事法律扶助が必要とされる事件類型の変化を受け、民事法律扶助が担う社会インフラ、司法におけるセーフティネットとしての重要な役割を十全になし得るようにすべく、利用を必要とする者が躊躇なく利用できるよう、民事法律扶助制度における利用者負担の在り方を見直し、原則立替・償還制を改め原則給付制にすること、現在当連合会が行っている法律援助事業を国費・公費化することを始め民事法律扶助の対象事件の拡大を図ること、及び民事法律扶助制度が権利実現のための持続可能な制度となるよう、担い手の労力や業務量に見合う適正な報酬基準を実現することを求める。