憲法の恒久平和主義を堅持し、立憲主義・民主主義を回復するための宣言
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今、この国の在り方すなわち憲法体制が、大きく変えられようとしている。
憲法9条に違反する平和安全法制整備法及び国際平和支援法(以下「安保法制」という。)が2015年9月19日に国会で採決され、2016年3月29日に施行された。これによって日本は、集団的自衛権を行使して他国の戦争に参加し、あるいは海外での他国の武力の行使と一体化する危険を免れないこととなった。
1945年、日本は、アジア・太平洋戦争の惨禍に対する痛切な反省に立ち、その惨禍をもたらした国家主義と軍国主義を排し、個人の尊厳に立脚して、主権が存する国民による全く新たな憲法体制を構築することとなった。そして制定された日本国憲法は、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」、世界に先駆ける徹底した恒久平和主義を高らかに謳った。
戦後70年の日本の歴史において、憲法9条は、現実政治との間で深刻な緊張関係を強いられながらも、集団的自衛権の行使の禁止、海外における武力行使の禁止などの基本的な原則を内容とする法規範として、平和主義の基本原理を確保するための現実的な機能を果たしてきた。これによって日本は、国際社会の中で、平和国家としての一定の評価を得てきた。
ところが、この間、日本を取り巻く安全保障の環境が一層厳しさを増していることを理由に、特定秘密保護法の制定、国家安全保障戦略の策定、武器輸出禁止原則の転換などが進められた上、解釈で憲法を改変し安保法制を整備するための閣議決定がなされ、これを受けて憲法に違反する安保法制が制定されるに至った。ここに、内閣及び国会によって立憲主義が踏みにじられ、同時に、憲法9条の上記法規範としての機能も損なわれることとなった。
しかも政府は、安保法制法案を国会に提出するよりも前に内容を先取りする新たな日米防衛協力のための指針を合意し、法案の国会審議においても、多くの専門家の違憲性の指摘や法案成立反対の多数世論にもかかわらず、また集団的自衛権の行使等を必要とする立法事実すらあいまいなまま、審議を十分に尽くすことなく、採決を強行した。その過程は、言論の府としての国会による代表民主制の機能を阻害するものであった。
そして安保法制が施行された今、この国は、政府の判断と行為によって、集団的自衛権が行使されることなどが、現実の問題として危惧される状況にある。しかも特定秘密保護法の下では、市民は、政府の判断の是非を検討するため必要な情報を十分に知らされず、事後的な検証すら保障されない。政府に対する監視にとって表現の自由の保障が不可欠であるが、政府・与党関係者がメディアの政治的公平性を問題視し、放送局の電波停止にまで言及する等、表現の自由への介入の動きも際立ってきている。
このような状況は、日本が戦後70年間にわたって憲法9条の下で培ってきたかけがえのない平和国家としての理念と実績を損ない、海外においても武力の行使ができる国となり、個人の尊厳と人権の尊重を基本とする憲法の価値体系が影響を受けて、国の基本的な在り方が変容させられてしまいかねないものである。
今ほど、立憲主義、民主主義、恒久平和主義という憲法的価値の真価が問われているときはない。そして、この憲法的価値の回復と実現は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士からなる当連合会としての責務である。また、安保法制が制定・施行された現在、立憲主義の理念に基づいて権力の恣意的行使を制限し、法の支配を確保すべき司法の役割は大きく、その一翼を担う当連合会の果たすべき役割もまた重大である。
安保法制の立法化の過程においては、これに反対する広汎な世論が形成され、若者、母親、学者・文化人その他の各界各層が、自発的かつ主体的に言論、集会等の行動を通じて政治過程に参加する民主主義の大きな発露があった。このような新たな政治参加の動きは、安保法制が成立した後も途絶えることなく継続している。
今、この国の歴史の大きな岐路に立って、当連合会は、民主主義を担う市民とともに、立憲主義国家が破壊され、この国が再び戦争の破局へと向かうことの決してないよう、憲法の恒久平和主義を堅持し、損なわれた立憲主義と民主主義を回復するために、全力を挙げることをここに表明するものである。
以上のとおり宣言する。
2016年(平成28年)10月7日
日本弁護士連合会
提案理由
第1 恒久平和主義の危機
1 安保法制の内容と危険性
(1) 平和国家としての日本の国の在り方を大きく変えてしまう安保法制が、2015年9月19日、参議院本会議の採決により可決され、2016年3月29日、施行された。
安保法制は、自衛隊法、武力攻撃事態対処法、周辺事態法、国連平和維持活動協力法など10本の法律を改正する平和安全法制整備法と、新規立法である国際平和支援法からなるが、その中心的な問題は、次の点にある(当連合会2015年6月18日付け「安全保障法制改定法案に対する意見書」。なお、本宣言及び提案理由における法律の題名の略称は、末尾記載のとおり。)。
①「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」(存立危機事態)において、自衛隊法76条の防衛出動として武力の行使ができるものとした。これは、これまで政府も一貫して憲法9条の下では許されないとしてきた集団的自衛権の行使を認めるものであり、日本が他国間の戦争に参加する道を開くものである。
②周辺事態法を改正した重要影響事態法及び新たに制定した国際平和支援法において、我が国の平和と安全に重要な影響を与える等の「重要影響事態」及び国際社会の平和と安全を脅かす等の「国際平和共同対処事態」において、武力を行使する他国の軍隊等に対し、地理的限定なく、随時、後方支援活動ないし協力支援活動として自衛隊による物品及び役務の提供等をできるものとしたが、これらは他国軍隊に対する兵站活動を広く認めるものである。しかも、いわゆる「非戦闘地域」にとどまらず「現に戦闘行為が行われている現場」以外の場所であれば、弾薬の提供等までも含めて行えることとするもので、この結果、他国軍隊の武力の行使との一体化の危険は免れず、自衛隊も相手国からの攻撃の対象となって、戦闘行為に発展する危険性の極めて高いものである。
③これまでの国連が統括する平和維持活動(国連PKO)のほかに、国連が統括しない有志連合等による「国際連携平和安全活動」にも参加できるようにした上、従来その危険性ゆえに禁止されてきた「駆け付け警護」と「安全確保活動」を新たな任務として認め、それらに伴う任務遂行のための武器使用を可能とした。また、自衛隊法において在外邦人の救出等の規定を新設し、ここでも任務遂行のための武器使用を認めた。これらは、任務目的を達成するために、敵対する武装勢力等を排除するに足る強力な武器使用を認めるものであり、これによって自衛隊員が殺傷の現場に直面し、戦闘行為に発展する危険性が高いものである。
④武力攻撃に至らない侵害への対処として、自衛隊法95条の2を新設し、「自衛隊と連携して我が国の防衛に資する活動に現に従事している」米軍等他国軍隊の「武器等」(人及び武器・弾薬その他船舶・航空機まで含まれる。)を防護するための武器使用を、自衛官の権限として認めた。これは、現場の自衛官の判断により、他国軍隊の敵対国に対して自衛隊の武器を使用することを認めるものであり、実質的な集団的自衛権の行使と変わらない事態すら危惧されるものである。
このように、安保法制は、集団的自衛権に基づいて自衛隊が参戦する場合はもちろん、後方支援活動、協力支援活動、国際連合平和維持活動、国際連携平和安全活動、他国軍隊の武器等防護などにおいて、武力の行使に発展する可能性の高い自衛隊の活動を広く認めることにより、自衛隊が戦闘行為に直面し、日本が戦争当事者となっていく機会と危険性を大きく広げた。
(2) これらの安保法制の内容は、2015年4月27日、安保法制法案の国会提出に先立って合意された新たな日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)によって、米国との間でも確認され、その実施を方向付けられた。
新ガイドラインは、「平時から緊急事態までのいかなる状況においても日本の平和及び安全を確保するため、また、アジア太平洋地域及びこれを越えた地域が安定し、平和で繁栄したものとなるよう」、日米両国間の安全保障及び防衛協力の在り方を定めることを目的とし、グローバルな性質を有するとされる日米同盟を強化し、「切れ目のない、力強い、柔軟かつ実効的な日米共同の対応」等を定める。そこでは例えば、平時からの同盟調整メカニズムの設置・運用体制をとるとともに、「米国又は第三国に対する武力攻撃に対処するため」日米両国は適切に協力し、自衛隊は武力の行使を伴う適切な作戦を実施する等とされ(集団的自衛権の行使)、その他、後方支援活動での相互協力、平和維持活動での緊密な協力、自衛隊と米軍の訓練・演習中や弾道ミサイル防衛作戦等を含めたアセット(装備品すなわち上記自衛隊法95条の2の「武器等」)防護についての協力等が定められている。
したがって、日本は米国との関係で、国際的な武力紛争にも関わって、集団的自衛権の行使、後方支援、平和維持活動、武器等防護等、武力の行使又はそれに至る危険性の高い自衛隊の活動を行うことを合意しているのであり、米国からの要請があった場合に、日本政府はこれら自衛隊の出動ないし派遣への対応を迫られることになる。
2 特定秘密保護法の内容と危険性
(1) 安保法制の制定に先立って、2013年12月6日、特定秘密保護法が多くの市民の反対を押し切って可決され、2014年12月10日から施行されている。
同法は、防衛、外交、特定有害活動(スパイ等)の防止及びテロリズムの防止に係る事項に関する情報のうち、「その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるため、特に秘匿する必要があるもの」を、「行政機関の長」が特定秘密として指定し、特定秘密の取扱業務に従事する者がこれを漏らしたとき、及び欺罔・脅迫等特定秘密の管理を害する行為によって特定秘密を取得した者について、10年以下の懲役に処し、また、その共謀・教唆・煽動も独立罪として処罰する等の刑罰を定めている。その秘密指定は、5年を超えない有効期間を定めるものとされるが、その有効期間はさらに30年まで、特定の情報については60年まで延長することが可能である。また、その特定秘密の開示の可否は、国会の調査・審議や刑事司法手続において必要とされた場合においても、最終的には「我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがある」と政府が判断すれば、提供しないこととされている(同法10条1項1号、国会法102条の15・4項)。
しかも、秘密指定の有効期間を30年以下にすれば、公文書管理法が定める国立公文書館等(同法2条3項)に特定秘密を移管する必要がないため、当該特定秘密が歴史公文書等(同条6項)に該当しないとされれば、行政機関の長が内閣総理大臣の同意を得た上で廃棄することが可能である(同法8条2項)。その場合、市民は、国会・メディア・研究者を含め、何が特定秘密に指定されたのか、その時の政策判断が正しかったのかどうかを、事後的に検証することもできないことになる。
(2) 安保法制において、例えば、「存立危機事態」に該当し、集団的自衛権発動の要件を満たすかどうかの判断は、国会審議における政府の答弁によっても、結局は「政府が総合的に判断する」というものである。重要影響事態や国際平和共同対処事態に当てはまるかどうか等も同様である。そしてその政府の判断は、日本が武力を行使して戦争に参加するかどうかなど、国の命運を左右する重大なことがらであるが、その判断の是非の検証に最も必要なのは、客観的かつ正確な情報である。
ところが特定秘密保護法は、広汎な安全保障に関する情報を政府が秘匿できるとするものであり、市民は、政府に都合の悪い情報を秘匿されれば、政府の「総合的判断」の是非を的確に検討することができなくなってしまう。それは戦争の防止、開始、続行等、安保法制の適用に関する全ての局面に及ぶ。
特に国会は、集団的自衛権の行使を含めて自衛隊の防衛出動や武力の行使等に関する対処基本方針の承認、後方支援活動や協力支援活動の実施の承認、国際平和協力業務のうちの安全確保業務等の実施の承認など、政府の決定の可否を判断する権限を付与されているのであるが、その判断の前提となる情報が開示されなければ、その権限と機能を果たすことは不可能である。
しかも、前記のように特定秘密に関する文書自体が廃棄されてしまえば、これら集団的自衛権の行使等に関する政府の判断・決定の基になった情報は永久にその存在を確認する術が失われ、その是非を事後的に検証することさえもできなくなってしまうのである。
こうして市民は、国会やメディアを含めて、政府の情報統制の下で、正確な情報の把握とそれに基づく批判と監視ができないまま、日本の国と市民の命運を、その時の政府の判断に委ねることになりかねない。
3 安保法制の適用と恒久平和主義の危機
安保法制は3月29日に施行されたが、すでに日米新ガイドラインに基づく同盟調整メカニズム(ACM)や共同計画策定メカニズム(BPM)が設置されて活動が始められており、また、自衛隊の部隊行動基準(武器使用基準等を定めた内部文書)の検討作業等が行われている。
そして、新たな安保法制の適用に関する一例として、南スーダンのPKOにおいて、駆け付け警護等、自衛隊の部隊への新たな任務と権限の付与が挙げられている。PKOは、国連の統括の下にあっても、冷戦崩壊後質的に変化し、部族対立等が激化した場合に、住民保護や治安維持のため武装勢力に対する武力の行使も認められるようになり、停戦合意の確保や中立性の維持が困難な状況も増大している。そのような状況の下で、自衛隊に駆け付け警護や安全確保活動の新たな任務が与えられ、武装勢力を撃退して任務の目的を達するために強力な武器を使用することとなった場合、自衛隊員が敵対勢力との間で、自ら殺傷し、殺傷される危険に直面し、戦闘行為に発展することが、現実の問題として危惧される。それは、戦後70年間、武力紛争によって1人も殺傷し、殺傷されることのなかった、憲法9条の下での平和国家日本が、大きく変容することを意味する。
また、安保法制の国会審議において、米軍等によるIS(イスラム国)に対する空爆を日本が後方支援することについては、法理論としては可能であるが政策判断として行うつもりはない、との政府答弁がなされている(2015年5月28日及び6月1日衆議院我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会。以下、衆議院及び参議院にそれぞれ設けられたこの委員会を「特別委員会」という。)。すなわち、政府の「政策判断」が変われば、米軍等のIS攻撃に対する国際平和支援法等による自衛隊の物品及び役務の提供がなされ得る。
これらは、当面予測され得る事態であるが、安保法制と特定秘密保護法、そして新ガイドラインによる日米合意の下で、今後の国際情勢の変化に応じて、日本が国際的な武力紛争に関与し、戦争当事国となり、さらに日本の国土も敵対国・敵対勢力から武力攻撃やテロ攻撃を受ける危険は、格段に高まった。
第2 戦争の惨禍と日本国憲法の平和主義・立憲主義
1 アジア・太平洋戦争の被害と加害
(1) 85年前、日本は、中国全土から東南アジアまで「東亜新秩序」「大東亜共栄圏」を確立するとして侵略した末、米国との間の太平洋戦争へと突入していった。この戦争とこれに先行する植民地支配により、アジア・太平洋地域をはじめ内外において、一般住民など非戦闘員に対する虐殺や、中国や朝鮮の人々を強制的に日本に連行して厳しい労働に従事させる等国際人道法等に違反する重大な人権侵害行為を含む、多大な惨禍と犠牲を与えた。
(2) アジア・太平洋戦争は、同時に、日本の国民・住民に測り知れない被害をもたらした。
日本は、連合国との戦闘の過程で大量の戦病死者や餓死者を出しながら、国内にはその戦況を正しく伝えないまま、戦争を遂行していった。沖縄戦においては、1945年3月以降住民を巻き込んだ激しい戦闘が繰り広げられ、民間人約10万人を含む約20万人の日本人が死亡した。
同年には米軍機による本土空襲も激化し、3月10日未明の東京大空襲による死者は推定10万人以上に及び、被災者は100万人に及んだ。空襲は、その後も大都市から地方都市にも拡がり、死者は約60万人といわれる。
そして米国は、8月6日広島に、9日には長崎に原子爆弾を投下し、一瞬のうちに市街地を壊滅させ、それにより、1950年までに広島で20万人以上、長崎で10万人以上の死者を出したといわれる。
このような悲惨な戦争の末、日本は、1945年8月14日にポツダム宣言を受諾し、敗戦を迎えた。
2 日本国憲法の恒久平和主義と立憲主義
日本国憲法は、人類がかつて経験したことのないこのような戦争の惨禍への歴史的な反省として、徹底した恒久平和主義をとった。すなわち、憲法前文は、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」とし、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と定めて、地球上の人々全ての平和的生存権を、平和への国際的取組の中で実現するという理念を高々と掲げた。
そして、この理念を実現するために、憲法9条は、一切の戦争と武力の行使を放棄した上、戦力の不保持と交戦権の否認を明記した。すなわち、戦争の違法化については、第一次世界大戦を経て1928年のパリ不戦条約が侵略戦争を違法とし、第二次世界大戦を経て国際連合憲章がこれを武力不行使原則へと徹底したが、憲法9条は、侵略戦争にとどまらずあらゆる戦争と武力の行使を否定する、世界の憲法史上において画期的な意義を有するものとなったのである。
しかもこの憲法は、「政府の行為によって」再び戦争が起こることがないよう、主権の存する国民が政府の行為を制約して平和を確保し、そのことを通じて国民の権利と自由を保障するという平和主義に基づく立憲主義を宣明したのである。
日本国憲法は、このようなものとして、1946年11月3日公布され、1947年5月3日施行された。
3 日本の防衛力の強化と政府の憲法解釈
(1) 日本国憲法の上記のような決意と理念にもかかわらず、戦後まもなく顕在化した米ソの対立を軸とする国際情勢の下で、1950年7月に警察予備隊が創設され、対日講和条約及び日米安保条約発効直後の1952年8月に警察予備隊は保安隊となり、さらに1954年7月日本の防衛を直接の目的とする実力組織としての自衛隊が発足するに至った。そして1960年には日米安保条約が改定され、日本の自衛力の維持発展を明文化するとともに、日本の米軍への基地提供だけでなく、米軍による日本の共同防衛義務を定めた。
こうして日本は、憲法9条の下でも、世界有数の実力組織としての自衛隊を保有し、自らの防衛力を強化するとともに、米国の極東戦略、さらには世界戦略の中で重要な位置を占める米軍基地を提供し、相互の同盟関係を強化する道を歩んできた。
(2) このような現実の憲法状況の下で、日本政府は、基本的に、次のような憲法9条の解釈を示してきた。
すなわち、憲法も独立国が当然に保有する自衛権を否定するものではなく、自衛のための必要最小限度の実力組織である自衛隊は憲法9条2項の「戦力」には当たらないとする一方で、その自衛権の発動は、①我が国に対する急迫不正の侵害があること、すなわち武力攻撃が発生したこと、②これを排除するために他の適当な手段がないこと、③必要最小限度の実力行使にとどまるべきことの3つの要件(自衛権発動の3要件)を満たすことが必要であるとの解釈を定着させてきた。そして、自国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利としての集団的自衛権の行使は、この自衛権発動の3要件、特に①の要件に反し、憲法上許されない、と解してきた。
また、武力行使の目的をもって自衛隊を他国の領土・領海・領空に派遣するいわゆる海外派兵は、一般に自衛のための必要最小限度を超えるものであって、憲法上許されないとしてきた。そしてその一環として、外国軍隊への自衛隊の支援活動(物品・役務の提供)における武力行使との一体化禁止の原則がとられ、周辺事態法やテロ特措法等においては、その担保のために、自衛隊の活動地域をいわゆる「非戦闘地域」ないし「後方地域」(現に戦闘行為が行われておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる地域)に限定し、また、物品・役務の提供から武器・弾薬の提供等を除外するなどの措置がとられてきた。さらに、PKOでも、戦闘行為に発展する危険性のある駆け付け警護や治安維持活動及びその任務遂行のための武器使用を対象外としてきた。
この集団的自衛権行使の禁止、海外派兵の禁止という解釈は、1954年の自衛隊創設以来積み上げられて、政府の憲法9条解釈の根幹をなしてきた。それは、憲法9条の内容として基本的な原則となり、確立された政府の解釈として規範性を有するものとなって、憲法の基本原理としての平和主義の現実的枠組みが形成され、「平和国家日本」の在り方が形造られてきたものと言える。
こうして、憲法9条は、少なくともこのように政府を拘束してきたものとして、「現実政治との深刻な緊張関係を強いられながらも、自衛隊の組織・装備・活動等に対し大きな制約を及ぼし、海外における武力行使及び集団的自衛権行使を禁止するなど、憲法規範として有効に機能」してきたと評価することができる(当連合会2008年10月3日第51回人権擁護大会「平和的生存権および日本国憲法9条の今日的意義を確認する宣言」)。
第3 安保法制の制定経過と立憲主義・民主主義の否定
1 閣議決定に至る政府の安全保障政策
以上のような憲法9条の規範としての内容とこれを裏付ける従来の政府の確立した憲法解釈を覆し、安保法制の基本的部分を定めたのが、2014年7月1日の閣議決定であったが、これに関連する主な出来事として、次のようなものがある。
すなわち、2006年12月に教育基本法が改正されて伝統と文化の尊重や愛国心を養うこと等が教育の目標として規定されるなどし、同時期に防衛庁が防衛省に格上げされ、2007年5月には日本国憲法の改正手続に関する法律が制定された。
また、2012年4月、自由民主党は「日本国憲法改正草案」を発表し、その中で憲法9条2項を削除して「国防軍」を創設するなど、日本国憲法の全面的な改正案を提起した。また、同年7月、「国家安全保障基本法案(概要)」を発表し、その中で秘密保全法制の制定、国際平和協力活動や国連安全保障措置への参加の拡大、武器輸出三原則の見直し等とともに、集団的自衛権の行使を挙げた。
その上で、2013年1月、安倍首相は憲法96条の憲法改正要件の緩和と集団的自衛権行使の見直しを提起した。96条の改正については世論の強い反対を受けて断念されたが、集団的自衛権の行使等に関しては、同年2月、総理大臣の私的諮問機関として、第2次の「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(以下「安保法制懇」という。)が立ち上げられ、同年8月には外部から集団的自衛権の容認論者を内閣法制局長官に登用するという異例の人事が行われた。
また、同年11月に安全保障会議設置法の改正により国家安全保障会議(日本版NSC)が設置され、同年12月には「国家安全保障戦略」の閣議決定により、「国際協調主義に基づく積極的平和主義」を標榜し、力強い外交、あらゆる事態にシームレスに対応する防衛体制の構築、離島等領域保全の強化、武器輸出三原則の見直し、国際平和への積極的寄与等の方針が示された。そのうち武器輸出三原則の見直しは、2014年4月「防衛装備移転三原則」の閣議決定によって実行された。
さらに、これらと並行して安倍内閣は、2013年12月6日、世論の強い反対を押し切り、特定秘密保護法を可決成立させた。
2 閣議決定による実質的な憲法の改変
安倍首相は、2014年2月、集団的自衛権の行使容認を閣議決定で行うとの方針を打ち出し、同年5月15日安保法制懇が第2次報告書を提出したのを受けて、同日政府の「基本的方向性」を発表し、他国に対する武力攻撃が我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性がある場合等の「必要な自衛の措置」として、集団的自衛権の行使を認めるとの考え方を打ち出した。
そして7月1日、「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」と題する閣議決定がなされた。これは、安保法制の前記(第1の1(1))内容の基本的部分を示したもので、「自衛の措置」としての集団的自衛権の行使の容認、後方支援の非戦闘地域以外への拡大、PKO等における武器使用の拡大、米軍の武器等防護等の法整備等を打ち出したものである。それは、日本を取り巻く安全保障環境が根本的に変容するとともに、更に変化し続け、日本が複雑かつ重大な国家安全保障上の課題に直面する中で、もはや、どの国も一国のみで平和を守ることはできず、国際社会もまた、日本がその国力にふさわしい形で一層積極的な役割を果たすことが期待されているとの認識に基づくものである。
しかし、日本を取り巻く安全保障環境の厳しさが増し、アジアにおいて様々な緊張関係が存在しているとしても、これらの紛争・対立は軍事力によって解決すべきものではなく、あくまでも平和的方法による協調的・地域的安全保障の形成による解決こそが強く求められている(当連合会2013年10月4日第56回人権擁護大会「恒久平和主義、基本的人権の意義を確認し、『国防軍』の創設に反対する決議」)。
また、これらの内容は、これまで政府自身が憲法9条の下で許されないとしてきたものを、政府による解釈で改変してしまおうとするものであり、憲法9条に違反するとともに、立憲主義の基本理念に違反し、国民主権の原則をも侵害するものである(当連合会2014年9月18日付け「集団的自衛権の行使容認等に係る閣議決定に対する意見書」)。
3 安保法制国会審議に先立つ新ガイドラインの米国との合意
政府は、2015年4月27日、日米安全保障協議委員会において新たな日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)に合意した。その内容は前記第1の1(2)のとおりであるが、これは、安保法制法案がまだ国会に提出されてもおらず、国会の審議が何もなされていないうちに、米国に対してその実施を先行して約束したことになる。しかも安倍首相は、同月29日、米議会上下両院合同会議での演説の中で、安保法制法案を夏までに成立させる旨を表明した。これらの過程は、国民を代表する国会という国権の最高機関を蔑ろにし、代表制民主主義を損なうものである。
4 国会審議が尽くされないままの採決強行と民主主義の否定
安保法制法案は同年5月14日閣議決定され、翌15日衆議院に提出された。
この法案に対し、多くの憲法学者、歴代の内閣法制局長官、さらには元最高裁長官を含む最高裁判事経験者ら、そして多くの市民がその違憲性を指摘した。これに対し、政府は、集団的自衛権の行使容認について、過去の政府見解との関係を安全保障環境の変化によって説明しようとし、また砂川事件最高裁大法廷判決(昭和34年12月16日)まで持ち出して合憲性を説明しようとしたが、その説明は不合理で説得力を欠き、多くの市民・専門家らの理解を得られるものではなかった。また、安保法制を必要とする立法事実についても、ホルムズ海峡の機雷掃海の必要性をはじめとして、審議が進むほど疑問が深まっていった(これら国会審議の問題点について、当連合会2016年5月27日定期総会「安保法制に反対し、立憲主義・民主主義を回復するための宣言」提案理由参照)。
このような国会審議の推移の中で、メディアによる各種世論調査では、法案に反対が賛成を上回り、また同国会での成立に反対する意見は6割を超えるようになっていった。しかし政府・与党は、安倍首相自身も国民の理解が十分得られていないことを自認しながら、まず、2015年7月16日衆議院本会議において、野党欠席のまま、安保法制法案の採決を強行した。
さらに、参議院においては、安保法制法案の立法事実の存在すら疑問が深まる中で、9月17日参議院特別委員会は、総括質問も行わずに突然審議を打ち切り、採決を強行した。前日に行われた横浜での地方公聴会の委員会への報告すらなされず、審議打ち切りと同時に委員長席の周囲を議員が取り囲み、速記には「議場騒然、聴取不能」と記録される異常な混乱の下で、採決がなされたとされた。なお、特別委員会の会議録には、委員長の職権で、速記の再開、法案の可決、附帯決議等の議事経過が記載され、また「参照」として横浜地方公聴会の速記録が添付された。そして、この特別委員会採決を受けて、同月19日未明、参議院本会議で安保法制法案が採決された。
同日発せられた当連合会の「安全保障法制改定法案の採決に抗議する会長声明」は、この採決について、「立憲民主主義国家としての我が国の歴史に大きな汚点を残したもの」と指摘し、「当連合会は、今後も国民・市民とともに、戦後70年間継続した我が国の平和国家としての有り様を堅持すべく、改正された各法律及び国際平和支援法の適用・運用に反対し、さらにはその廃止・改正に向けた取組を行う決意である」と表明した。
5 市民の広汎な反対とその運動
安保法制法案に反対する市民の運動は、違憲の立法による戦争反対の運動として、また審議不十分のまま採決を強行する国会審議への抗議として、集会、デモ、国会要請、署名その他等様々な形で展開され、各界各層に広がり、大きなうねりとなっていった。これらの運動は、大学生・高校生などの若者、子や孫を持つ母親やお年寄り、学者・文化人など幅広い層にまで広がり、これまでの市民団体・労働組合、地域を基盤にした憲法9条を守ろうとするグループ等の運動と一緒になって、自覚的、主体的な政治参加として、全国各地に広がった。特に、若者を中心とするグループは、新風を吹き込んで、運動の活性化に大きな役割を果たした。
当連合会は、集団的自衛権行使の容認について、かねてからその問題点を指摘して反対の立場を明らかにしてきたところであるが、2014年までには全国52の弁護士会及び8の弁護士会連合会全部が閣議決定・安保法制に反対する会長声明や決議を発表した。また、当連合会は、同年末から2015年前半にかけて「全国キャラバン」運動として全国各地の弁護士会と連携した運動を展開し、その前後に屋外集会やパレードに取り組んだり、オール学者・オール法曹による共同記者会見を行うなど、かつてない多面的な活動を展開した。これら各弁護士会、弁護士会連合会、そして当連合会の運動はかつてない広がりを示し、連携する市民の運動が一つに結集して発展する契機にもなった。
こうして、市民の運動においても、例えば2015年8月30日には、国会議事堂周辺に12万人を超える市民が参集する一大集会が開催され、参議院での強行採決が危ぶまれる9月14日には4万5000人が国会議事堂を包囲するなど、同月19日の採決に至るまで、連日数万の安保法制反対集会が続けられた。反対運動は、国会周辺に止まらず、全国各地にも大きく広がった。
国会の採決強行は、このような民意に背を向け、言論の府における説得と理解という民主主義の原則を損なうものである。
第4 国の在り方が変容し、憲法的価値が侵される危険
1 安保法制の実施がもたらす事態と国民・市民の権利制限
(1) 安保法制は、憲法9条に違反して日本が他国の戦争に参加・加担し、又は他国の戦争に巻き込まれて、戦争当事国となる機会と危険を大きく拡大した。それは、とりもなおさず、自衛隊が海外で戦闘行為を行うこと、自衛隊員が殺傷の現場に直面することであり、これから自衛隊は、その局面に備えた部隊行動基準に則った武器使用を伴う訓練を行い、さらには実戦に臨むことになる。
第1の3で述べたように、安保法制の適用はすでに始まっており、これに基づく一例として、南スーダンPKOにおいて駆け付け警護等の新たな任務と武器使用権限の付与が挙げられている。また今後、ISに対する空爆の後方支援その他の安保法制の適用の可能性も否定できない。
そして、日本が戦争当事国になれば、日本の国土も日本人も、当然に敵対国や敵対勢力からの武力攻撃やテロ攻撃の対象になることになる。
なお、「存立危機事態」であるとして集団的自衛権を行使して日本が他国間の戦争に参加した場合、多くは「武力攻撃予測事態」すなわち「我が国に対する武力攻撃には至っていないが、事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態」に該当する状況になると考えられる。そして、事態対処法では、「武力攻撃予測事態」と「武力攻撃事態」とを併せて「武力攻撃事態等」と称され、いわゆる有事法制が適用されることとなる。
(2) このような事態になった場合、国民・市民は、身の危険にさらされるのはもちろんであるが、日常生活においても大きな制限を受け、また義務を強制される(自衛隊法103条等)。国家公務員や地方公務員は、その職務として、戦争の遂行やその準備のための業務への従事を命じられることになるし、民間企業やその労働者も協力を求められる(事態対処法8条、国民保護法4条1項等)。とくに、指定公共機関及び地方指定公共機関として指定されている法人は、その責務として、自衛隊の活動や国民保護措置への協力を求められ、そこに働く労働者も、危険な業務を含めて従事・遂行を求められることになる(事態対処法4条~6条、国民保護法3条3項等)。
なお、指定公共機関には、各種独立行政法人、日本銀行、日本赤十字社、日本放送協会、日本郵便、全国的ないし広域的な放送事業者、電気・ガス事業者、航空運送事業者、鉄道事業者、電気通信事業者、旅客・貨物運送事業者、海運事業者等が、法人名で個別に指定されている(事態対処法施行令3条、平成16年9月17日内閣総理大臣公示)。地方指定公共機関は、知事がその地域で同種の公共的事業を営む者から指定している(国民保護法2条2項)。
2 国家や軍事が優先される国の在り方の危険性
(1) 安保法制は、日本国憲法の下で戦争を放棄した恒久平和主義に基づく国の在り方から、自衛隊を実際に武力を行使する軍隊へと転換するものであり、国の在り方を根本的に変えてしまうものである。
その結果、財政、教育、福祉その他国の政策全体の中で、軍事が優先されていきかねず、また、国家・公共のために個人の権利が制約を受け、日常の社会生活や文化にもそのような考え方が影響を及ぼすことにもなりかねない。
(2) 現在、言論・表現の自由、知る権利が脅かされている状況がある。安保法制の適用・実施による危険に対し、政府の判断や行為を監視するためにも、表現の自由の保障は不可欠である。
先述のように、すでに2013年12月の特定秘密保護法の制定で、知る権利と取材・報道の自由が大きく制限されるに至っている。
また近時、政府ないし自由民主党のメディアに対する介入が際立ってきている。2014年12月の衆議院選挙前には、安倍首相がテレビ番組の選挙報道にクレームをつけたのを始め、自由民主党が報道機関各社に対して選挙報道の公平性を求める文書を送付する等した。2015年4月には自由民主党内のメディアに関する部会が特定のテレビ番組について当該放送局の幹部を呼び出して事情聴取を行い、さらに同年6月には自由民主党議員の会合において安保法制批判等の報道姿勢を問題にして、マスコミを懲らしめるために広告料収入をなくすことなどを議論している。
そして2016年2月には、総務大臣が、放送法4条1項2号の「政治的公平性」の規定を根拠に、一つの番組のみであっても政府が政治的公平性を判断し、放送事業者に対する電波停止措置に及ぶ可能性を指摘し、政府も総務大臣の発言を追認した。これに対して当連合会は、4月14日、「放送法の『政治的公平性』に関する政府見解の撤回と報道の自由の保障を求める意見書」を発表している。
(3) この表現の自由を含めて、自由民主党の前記憲法改正草案は、安保法制施行後の日本の国の在り方として、どのようなものが目指されているかを考える上で、検討を要する(以下につき、当連合会2014年2月20日付け「日本国憲法の基本的人権の尊重の基本原理を否定し、『公益及び公の秩序』条項により基本的人権を制約することに反対する意見書」参照)。
ここでは、「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」とされ(同案12条)、表現の自由についてもあえて「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動」を行うことを禁じている(同案21条2項)。また、憲法13条の「個人として尊重される」はわざわざ「人として尊重される」と書き換えられている。
ここでは、立憲主義の根本思想である天賦人権説が否定されるとともに国家社会形成の主体としての「個人」を尊重するという理念も実質的に否定され、総じて、国民が権力を縛る憲法ではなく、逆に国家が国民を統制するための憲法としての性格を強くもつものである。
3 明文改憲への動き
(1) 安倍内閣は、繰り返し憲法改正に対する意欲を表明してきた。また、2007年に憲法改正手続法が制定され、衆参両院に憲法審査会が設置されて、その後憲法改正の論点についての審議が行われてきている。
そして2013年以降安倍内閣は、前記のように憲法96条の改正論を打ち出し、また、憲法9条を解釈と法律の制定で実質的に変えてしまう安保法制の制定を強行した。そして政府・自由民主党関係者からは、近時、緊急事態条項を憲法に設ける必要性が強調されている。また、安倍首相は、自分の総理大臣の任期中に憲法改正を成し遂げたいとの意欲を表明している。
(2) 憲法改正の論点としては、9条の明文改憲(国防軍の創設等)が意図されているほか、環境権やプライバシー権の規定の新設、緊急事態条項の創設、憲法改正手続の緩和等が提起されてきている。
そのうち緊急事態条項の創設については、災害時等への対応として衆議院の解散時に必要な立法ができない等としてその必要性が強調されている。ちなみに、自由民主党憲法改正草案(98条・99条)においては、我が国に対する武力攻撃、内乱、大規模自然災害等の場合、総理大臣が事前又は事後に国会の承認を得て緊急事態宣言を発し、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定できる、何人も国民保護のために発せられる措置のための国等の指示に従わなければならない、緊急事態宣言の有効期間中衆議院は解散されず、議員の任期・選挙の特例を設けることができる等とされている。
緊急事態条項を含む明文改憲の動きについては、国民の基本的人権保障の基本原理との関係、そして日本の国の在り方との関係でも、慎重な議論が尽くされなければならない。
第5 安保法制の廃止及び平和主義の堅持と立憲主義・民主主義の回復に向けて
1 民主主義の再生への胎動
第3の5で述べたように、安保法制を政府・与党が強引に成立させようとする過程で、これに反対する市民の新たな運動が生まれた。これらの反対運動は、安保法制が国会を通過した後も、連携組織を作るなどしながら、運動を継続、発展させてきている。例えば参議院の国会採決があった応当日の毎月19日に市民集会を継続してきているし、安保法制が施行された3月29日には国会議事堂周辺に3万7000人の人たちが結集した。全国各地での集会や学習会の動きも活発に継続されている。
そしてこれらの運動の基本的目標は、安保法制の廃止であり、戦争に反対し、安保法制制定過程で損なわれた立憲主義と民主主義の回復を共通の課題としているということができる。また、これらの運動による政治参加は、国会による代表制民主主義を前提とし、これに働きかけようとするものであると同時に、集会・デモ・アピール・署名その他の方法を通じて、直接的に自らの声や意見を政治に反映させようとするものとして、直接民主主義的性格を有するものということができる。ここに、安保法制の制定過程で損なわれた民主主義の再生に向けた、政治的な合意形成のための新たな民主主義の胎動があると思われる。
2 司法及び弁護士会等の役割と責務
近代立憲主義憲法は、個人の権利・自由を確保するために国家権力を制限することを目的とするが、この立憲主義思想は法の支配の原理と密接に関連する。
法の支配の原理は、専断的な国家権力の支配(人の支配)を排斥し、権力を法で拘束することによって、国民の権利・自由を擁護することを目的とする原理であるが、そこでは憲法の最高法規性の観念、権力によって侵されない個人の人権、法の内容・手続の公正を要求する適正手続に加えて、権力の恣意的行使をコントロールする司法の役割が重要である。
憲法に違反する安保法制が施行されるに至ったことから、今後、安保法制の適用・運用の結果、個人の基本的人権が侵害されるような場合、司法が積極的役割を果たすことが期待される。立憲主義という国家としての法秩序の基本が破壊されようとしているとき、司法には、法の支配の担い手として、裁判手続を通じて、立法府と行政府の誤りを正し、立憲主義と憲法秩序を回復する役割が期待されるし、それが三権のうちの一つを構成する司法の責務というべきである。
そして、その司法の一翼を担う弁護士及び弁護士会の責務も重大である。
弁護士会は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士から構成される団体であり、憲法に違反し、立憲主義と民主主義を踏みにじって基本的人権と社会正義を侵害する安保法制が施行されている状態を、見過ごすことはできない。戦前弁護士会は、言論・表現の自由が失われていく中、戦争の開始と拡大に対して反対を徹底して貫くことができなかった。今、弁護士及び弁護士会が、基本的人権の擁護と社会正義の実現という立場から発言をし行動しなければ、弁護士及び弁護士会は、先の大戦への真摯な反省と、そこから得た痛切な教訓を生かせないことになる(当連合会2015年5月29日定期総会「安全保障法制等の法案に反対し、平和と人権及び立憲主義を守るための宣言」参照)。
日本国憲法は、その徹底した平和主義を通じて、権力に対して国民・市民の自由と権利を確保する立憲主義に立脚する。その平和主義が安保法制によって侵害され、その制定過程で立憲主義と民主主義が踏みにじられて、今、国民・市民の自由と権利が侵されようとしている。ここにおいて、憲法の平和主義を堅持し続け、損なわれた立憲主義と民主主義を回復することを通じて、国民・市民の自由と権利を擁護すべき司法関係者の責務は、限りなく大きい。
第6 本宣言の意義
平和国家の在り方について、今、日本は大きな岐路に立っている。
アジア・太平洋戦争の惨禍に対する痛切な反省に立ち、立憲主義・民主主義に基づいて平和国家を建設しようとした憲法体制が、根本から覆されようとしている。今ほど、立憲主義、民主主義、平和主義の憲法的価値の真価が問われているときはない。
この憲法体制の危機に当たって、当連合会は、憲法の恒久平和主義を堅持し、損なわれた立憲主義と民主主義を回復することを通じて、国民・市民の自由と人権を守るべき重大な責務を有する。当連合会は、新たな国民・市民の民主主義再生への動きと連携しつつ、また、憲法秩序と法の支配を確保すべき司法の役割を追求しつつ、その責務を全うするために全力を挙げることを、ここに宣言するものである。
以上
【法律等の題名の略称】
(第189回国会で題名が改正されたものは,特記以外は改正後の題名である。)
- 平和安全法制整備法(案)=我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律(案)
- 国際平和支援法(案)=国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律(案)
- 武力攻撃事態対処法(改正前)=武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律
- 事態対処法=武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律
- 国民保護法=武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律
- 周辺事態法(改正前)=周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律
- 重要影響事態法=重要影響事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律
- 国連平和維持活動協力法=国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律
- 特定秘密保護法=特定秘密の保護に関する法律
- テロ特措法=平成十三年九月十一日のアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して国際連合憲章の目的達成のための諸外国の活動に対して我が国が実施する措置及び関連する国際連合決議に基づく人道的措置に関する特別措置法
- 日米安保条約=日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約
お詫びと訂正
本年10月7日、福井市で開催しました第59回人権擁護大会において採択した「憲法の恒久平和主義を堅持し、立憲主義・民主主義を回復するための宣言」に、誤記がございましたので、以下のとおり、お詫びして訂正させていただきます。
宣言5ページ 下から13行目
誤 「秘密指定の有効期間を30年未満にすれば、」
正 「秘密指定の有効期間を30年以下にすれば、」