集団的自衛権の行使容認に反対する決議

武力紛争が依然として絶え間ない国際社会において、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して国際的な平和を創造することを呼びかけた憲法前文、そして戦争を放棄し戦力を保持しないとする憲法第9条の先駆的意義は、ますますその存在意義を増している。



当連合会は、2005年11月11日の第48回人権擁護大会における「立憲主義の堅持と日本国憲法の基本原理の尊重を求める宣言」、そして2008年10月3日の第51回人権擁護大会における「平和的生存権および日本国憲法9条の今日的意義を確認する宣言」において、集団的自衛権の行使は憲法に違反するものであり、憲法の基本原理である恒久平和主義を後退させ、全ての基本的人権保障の基盤となる平和的生存権を損なうおそれがあることを表明した。



集団的自衛権とは、政府解釈によると「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利」である。これまで政府は、憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されないとしてきた。



ところが、現在、政府は、この政府解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認しようとする方針を打ち出している。また、議員立法によって国家安全保障基本法を制定しようとする動きもある。



しかしながら、自国が直接攻撃されていない場合には集団的自衛権の行使は許されないとする確立した政府解釈は、憲法尊重擁護義務(憲法第99条)を課されている国務大臣や国会議員によってみだりに変更されるべきではない。また、下位にある法律によって憲法の解釈を変更することは、憲法に違反する法律や政府の行為を無効とし(憲法第98条)、政府や国会が憲法に制約されるという立憲主義に反するものであって、到底許されない。



戦争と武力紛争、そして暴力の応酬が絶えることのない今日の国際社会において、日本国民が全世界の国民とともに、恒久平和主義の憲法原理に立脚し、平和に生きる権利(平和的生存権)の実現を目指す意義は依然として極めて大きく、重要である。



よって、当連合会は、憲法の定める恒久平和主義・平和的生存権の今日的意義を確認するとともに、集団的自衛権の行使に関する確立した解釈の変更、あるいは集団的自衛権の行使を容認しようとする国家安全保障基本法案の立法に、強く反対する。



以上のとおり決議する。

2013年(平成25年)5月31日

日本弁護士連合会


 

(提案理由)

第1 集団的自衛権行使を容認する最近の動き

2012年12月の第46回衆議院議員総選挙(以下「衆院選」という。)で自由民主党(以下「自民党」という。)が大勝し、政権与党となったことを契機に、集団的自衛権の行使を容認する動きが急速に進んでいる。


2012年10月31日、当時自民党総裁であった安倍晋三氏は、臨時国会衆議院本会議の代表質問で、「集団的自衛権の行使を可能とすることによって、日米同盟は、より対等となり、強化され」ると、憲法解釈の見直しを求めた。その後、衆院選で大勝し、内閣総理大臣に就任した安倍氏は、2013年1月13日に放送されたNHKのテレビ番組で、「集団的自衛権行使の(憲法解釈)見直しは安倍政権の大きな方針の一つ」と述べた。日米両政府は、有事の際の自衛隊と米軍の協力の在り方を定めた「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)を見直す作業に着手し、我が国の集団的自衛権に関する議論も反映しながら進めていく方針とされる。



そして2013年2月8日、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(以下「安保法制懇」という。)が約5年ぶりに再開された。安保法制懇は、2008年に政府の憲法解釈を変更し集団的自衛権の行使を認めるよう求める報告書を政府に提出したが、今回は安倍首相が前回の検討事項に加え、自民党が衆院選の公約に掲げた国家安全保障基本法(2012年7月6日に自民党総務会でその概要が決定。)の制定など、新たな課題についても検討するよう諮問した。年内に首相への報告書をまとめる方針とされている。



これらを踏まえ、安倍首相は、2013年2月に行われたオバマアメリカ合衆国大統領との首脳会談では、歴代首相として初めて、集団的自衛権の行使容認に取り組む考えを明らかにした。

 

第2 集団的自衛権に関する政府の見解

政府は従来から、憲法第9条が戦争放棄(第1項)、戦力の不保持と交戦権の否認(第2項)を規定していることを前提として、憲法第9条の下で許容される自衛権の発動については、次の3要件に該当する場合に限定している(1969年3月10日参議院予算委員会・高辻正己内閣法制局長官答弁、1972年10月14日参議院決算委員会提出資料、1985年9月27日政府答弁書)。すなわち、①我が国に対する急迫不正の侵害(武力攻撃)が存在すること、②この攻撃を排除するため、他の適当な手段がないこと、③自衛権行使の方法が、必要最小限度の実力行使にとどまること、である。



そして、上記を前提に、政府は、1981年5月29日の政府答弁書において、集団的自衛権について「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもつて阻止する権利」と定義した上で、「我が国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然であるが、憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであつて、憲法上許されない」旨の見解を表明した。この政府見解と憲法解釈は、その後30年以上にわたって一貫して維持されている。



したがって、たとえ日本と密接な関係にあるといえども、外国が他国から武力攻撃を受けた場合に、自衛隊が集団的自衛権を行使してその武力攻撃を阻止することは、上記①の要件を欠き、自衛権行使の必要最小限度の範囲を超え、憲法に違反して許されない。これが政府の一貫した見解である。



加えて政府は、憲法解釈の変更により集団的自衛権の行使を認められるかについては、解釈に議論がある点の立法的な解決方法として、「集団的自衛権の行使を憲法上認めたいという考え方があり、それを明確にしたいということであれば、憲法改正という手段を当然とらざるを得ない」と答弁し(1983年2月22日衆議院予算委員会・角田禮次郎内閣法制局長官答弁)、また集団的自衛権に関する憲法解釈の変更があり得るのかについて、「(政府の憲法解釈は)それぞれ論理的な追求の結果として示されてきたもの」であり、その上で「政府がその政策のために従来の憲法解釈を基本的に変更するということは、政府の憲法解釈の権威を著しく失墜させますし、ひいては内閣自体に対する国民の信頼を著しく損なうおそれもある、憲法を頂点とする法秩序の維持という観点から見ましても問題がある」と答弁し(1996年2月27日衆議院予算委員会・大森政輔内閣法制局長官答弁)、さらには「憲法は我が国の法秩序の根幹であり、特に憲法第9条については過去50年余にわたる国会での議論の積み重ねがあるので、その解釈の変更については十分に慎重でなければならない」(2001年5月8日政府答弁書)として、憲法解釈の見直しに慎重かつ否定的な姿勢を貫いてきている。


第3 集団的自衛権に関する当連合会の意見

第48回人権擁護大会において、当連合会は、立憲主義、国民主権、基本的人権尊重、恒久平和主義を憲法の理念及び基本原理として確認し、集団的自衛権の行使を認めた上でその範囲を拡大しようとする改憲論議に対し、日本国憲法の理念や基本原理を後退させることにつながりかねないとの危惧を表明する宣言を採択した(「立憲主義の堅持と日本国憲法の基本原理の尊重を求める宣言」)。同宣言ではまた、「日本に対する侵略を行っていない他国の領土へ武力を行使することは、これに起因して他国から日本に対する武力行使を招来する危険性もあり、恒久平和主義の原理を後退させることにつながると危惧」している。



また、第51回人権擁護大会における「平和的生存権および日本国憲法9条の今日的意義を確認する宣言」は、「憲法9条は、現実政治との間で深刻な緊張関係を強いられながらも、自衛隊の組織・装備・活動等に対し大きな制約を及ぼし、海外における武力行使および集団的自衛権行使を禁止するなど、憲法規範として有効に機能している」と、憲法第9条の今日的意義を高く評価し、その上で、平和的生存権と憲法第9条が、以下の4点において今日極めて重要な意義を有していることを確認している。


(1) 戦争・武力紛争や暴力の応酬が絶えることのない今日の国際社会において、全世界の国民の平和に生きる権利を実現するための具体的規範とされるべき重要性を有する。



(2) 戦争は最大の人権侵害・環境破壊であり、大量破壊兵器や無差別殺傷兵器の発達により、勝者も敗者もない残酷な殲滅戦争として続く可能性が大きいことから、軍隊・武力による平和の実現は不可能ないし困難であることが意識されつつあり、平和的生存権及び憲法第9条はそのような意識を強く後押しするものであり、平和なくして人権保障はあり得ないことから、平和的生存権と憲法第9条が極めて重要である。



(3) 憲法第9条が憲法規範として有効に機能し、自衛隊の組織、装備、活動等に対し大きな制約を及ぼし、海外における武力行使や集団的自衛権の行使を禁止する根拠となっている。



(4) 憲法第9条は、軍備や軍事に充てられている資源を人々の生存権保障や温暖化などの世界的な危機にある今日の地球環境の保全・回復に向けることを可能とする。



この宣言が述べるとおり、今日的意義のある平和的生存権と憲法第9条は、非軍事の徹底した恒久平和主義として、21世紀の世界平和を創り出す指針として世界の市民から注目を集め、高く評価されている。1999年のハーグ平和アピール世界市民会議で採択された「公正な世界秩序のための基本10原則」の第1には、日本国憲法第9条が掲げられた。「武力紛争予防のためのグローバルパートナーシップ」の活動、「世界平和フォーラム」宣言、9条世界会議での「戦争を廃絶するための9条世界宣言」などが、いずれも憲法第9条の理念や価値を、21世紀において世界平和を実現するための指針として世界各国に広められるべきことを確認したことは、誇るべきことである。



当連合会は、2012年5月3日の憲法記念日に当たり、「東日本大震災からの復興の中で迎えた憲法記念日に当たっての会長談話」を発表し、この中で、憲法第9条改正の動きに対し、「さらに、大きな問題は、無限定の自衛権行使や自衛軍の保持を明示したり、交戦権否認条項を削除するなど、憲法第二章の『戦争の放棄』を骨抜きにする動きである。これでは、戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認という恒久平和主義の3つの柱は全て取り去られてしまい、戦争への歯止めはもちろん、国際社会で積極的に軍縮・軍備撤廃を推進すべき我が国の責務を放棄するに等しい」と厳しく批判した。



さらに、当連合会は2012年7月27日、「集団的自衛権の行使を容認する動きに反対する会長声明」を発表し、集団的自衛権行使を容認する国家戦略会議フロンティア分科会「平和のフロンティア部会報告書」や国家安全保障基本法案(概要)に対して、憲法第9条の恒久平和主義のような基本原理を、政府の解釈や法律によって変更することは立憲主義に反して許されないことを指摘し、憲法前文や第9条により禁じられている集団的自衛権の行使を、政府がその解釈を変更することによって容認することに反対し、集団的自衛権の行使を認めるような憲法違反の法案が国会に提出されることのないよう、強く求めた。



その上で当連合会は、2013年3月14日、「集団的自衛権行使の容認及び国家安全保障基本法案の国会提出に反対する意見書」を発表した。


第4 国家安全保障基本法案の問題点

2012年7月に、自民党総務会が決定した国家安全保障基本法案(概要)は、政府が憲法上許されないとしている集団的自衛権の行使を、厳格な憲法改正の手続を経ることなく、法律により、しかも内閣法制局の審査を受けない議員立法という手法で容認しようとするものである。



(1) 憲法違反の集団的自衛権行使を法律で容認
国家安全保障基本法案第10条は、「国際連合憲章に定められた自衛権の行使」というタイトルの下に、「我が国、あるいは我が国と密接な関係にある他国に対する、外部からの武力攻撃が発生した事態であること」(第1項第1号)を、我が国が自衛権を行使する場合の遵守事項と定めている。つまり、我が国は当然に、国際連合憲章が定める集団的自衛権を、憲法第9条の制約なしに行使できることを前提としているのである。その上で、国際連合安全保障理事会への報告(同項第2号)や「終了の時期」(同項第3号)、「我が国と密接な関係にある他国」と判断できるための関係性(同項第4号)、被害国からの支援要請の存在(同項第5号)などの遵守事項を定めている。



このような憲法違反の集団的自衛権を認める法律は、憲法第9条及び第98条第1項に反して、その効力を認められない。



(2) 議員立法による憲法適合性審査の潜脱
我が国においては、憲法裁判所を設けていないことから、内閣が提出する法案については、その憲法適合性の審査を内閣法制局が日常的に行うことによって憲法の最高法規性(憲法第98条第1項)を担保している。しかし、議員立法については、内閣法制局は関与せず、衆参それぞれの法制局が憲法適合性について意見を述べ、国会議員が法案を提出するか否かを決定することが可能である。



第2に記載したとおり、これまでの政府答弁においては、集団的自衛権の政府解釈の変更に否定的な姿勢を貫いてきたものであって、政府・自民党は、集団的自衛権の行使を容認するこの法案が、内閣法制局の法案審査を受ければ国会提出が不可能であることを見越し、これを回避するために議員立法として国家安全保障基本法案を国会へ提出しようとしている。



このような方法で憲法適合性の審査を潜脱することは、憲法の最高法規性をないがしろにするものであって、到底容認することはできない。



(3) 後に続く憲法違反の下位法
国家安全保障基本法案第5条は、「政府は、本法に定める施策を総合的に実施するために必要な法制上及び財政上の措置を講じなければならない」と規定し、さらに第6条は、「国の安全保障に関する基本的な計画を定めなければならない」旨を定めて、憲法違反の集団的自衛権行使を具現化させる下位法や、自衛隊法の改正を提案している。



例えば、自衛隊法改正について、我が国に対する武力攻撃事態に際して防衛出動を規定する自衛隊法第76条に関連して集団的自衛権行使の場合の「集団自衛出動」(仮称)を規定し、その具体化として「集団自衛事態法」(仮称)を更に制定しようとしている。



さらに、国家安全保障基本法案第3条第3項は、「国は、我が国の平和と安全を確保する上で必要な秘密が適切に保護されるよう、法律上・制度上必要な措置を講ずる」として、秘密保全法の制定を求めているが、当連合会は、秘密保全法制が国民の知る権利を奪い、国民主権をないがしろにする等、憲法の基本原理と根本的に矛盾することから、その国会上程が許されるべきではないことを数次にわたって明らかにしてきた(2012年5月25日定期総会決議「秘密保全法制に反対する決議」、同年12月20日「秘密保全法案の作成の中止を求める意見書」等)。




第5 集団的自衛権行使の容認に反対する

我が国の安全保障防衛政策は、立憲主義を尊重し、憲法前文と第9条に基づいて策定されなければならないものである。憲法前文と第9条が規定している恒久平和主義、平和的生存権の保障は、憲法の基本原理であり、時々の政府や国会の判断で解釈を変更することはもとより、法律を制定する方法でこれを変更することは、憲法を最高法規と定め(第10章)、憲法に違反する法律や政府の行為を無効とし(第98条)、国務大臣や国会議員に憲法尊重擁護義務を課することで(第99条)政府や立法府を憲法による制約の下に置こうとした立憲主義に違反し、到底許されるものではない。



よって、当連合会は、憲法の諸原理を尊重する立場から、憲法第9条によって禁じられている集団的自衛権の行使を、政府が従来の解釈・見解の変更によって容認することや、集団的自衛権の行使を容認する憲法違反の法案の立法に強く反対し、本決議案を提案するものである。