えん罪被害者を一刻も早く救済するために再審法の速やかな改正を求める決議

えん罪は、国家による最大の人権侵害の一つである。当連合会は、これまで数多くの再審事件支援に取り組んでおり、近年では、足利事件、布川事件、東京電力女性社員殺害事件、東住吉事件、松橋事件で、それぞれ再審無罪判決を勝ち取ってきた。また、湖東事件、日野町事件では、再審開始決定という成果を上げ、湖東事件は再審開始が確定している。
 

このような再審事件の動向が全国的に報道されたこともあり、再審やえん罪被害に対する市民の関心は、これまでになく高まっている。

 

しかし、我が国においては、再審は、「開かずの扉」と言われるほど、そのハードルが高く、えん罪被害者の救済が遅々として進まない状況にある。そして、それは各事件固有の問題ではなく、現在の再審制度が抱える制度的・構造的な問題である。
 

再審とは、誤判により有罪の確定判決を受けたえん罪被害者を救済することを目的とする制度である。個人の尊重を最高の価値として掲げる日本国憲法(憲法13条)の下では、無実の者が処罰されることは絶対に許されず、えん罪被害者は速やかに救済されなければならない。そのためには、再審請求手続においても、再審請求人の主体性を尊重した適正な手続の保障が必要である(憲法31条)。ところが、現行の再審法(刑事訴訟法第4編再審)の規定は、わずか19条しか存在せず、裁判所の裁量に委ねられている点が非常に多いことから、その判断の公正さや適正さが制度的に担保される仕組みとなっていない。
 

したがって、えん罪被害者の速やかな救済のためには、憲法の理念に沿って、再審法の在り方を全面的に見直すことが必要である。とりわけ、再審請求手続における全面的な証拠開示の制度化と、再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止の2点は、早急な法改正を要する喫緊の課題である。

 

再審開始決定を得た事件の多くでは、再審請求手続又はその準備段階において開示された証拠が再審開始の判断に強い影響を及ぼしており、再審請求手続における証拠開示の制度化が重要であることが改めて明らかになった。
 

通常審における証拠開示については、当連合会が提言している全面的証拠開示こそ実現していないものの、2004年(平成16年)の刑事訴訟法改正において証拠開示制度が明文化され、2016年(平成28年)の刑事訴訟法改正においてこれが拡充された。しかし、再審請求手続における証拠開示については、いまだに明文の規定が存在しない。そのため、証拠開示の基準や手続が明確ではなく、全てが裁判所の裁量に委ねられていることから、時に「再審格差」とも呼ばれるように、証拠開示の実現に向けた裁判所の訴訟指揮の在り方にも大きな差が生じている。
 

したがって、再審請求手続においても、再審請求人に対する手続保障を図り、その活動を実効あらしめるために、通常審において必要とされているのと同様、全面的な証拠開示の制度化を早急に実現しなければならない。

 

また、長い年月をかけて再審開始決定を得たとしても、それに対する検察官の不服申立てによって、更に審理が長期化し、時には再審開始決定が取り消され、振り出しに戻るという事態も繰り返されてきた。そのため、えん罪被害者の救済が長期化しており、極めて深刻な状況となっている。例えば、当連合会が支援する事件のうち、名張事件や日野町事件の元被告人は既に亡くなり、大崎事件の元被告人は92歳、袴田事件の元被告人は83歳と、相当に高齢となっている。
 

そもそも、再審は、えん罪被害者を救済するための「最終手段」であり、無実を訴える者の人権保障のためにのみ存在する制度である。
 

したがって、えん罪被害者の速やかな救済のためには、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止する必要がある。

 

当連合会は、これまでも、現行制度の運用改善や再審法改正の必要性を指摘し、1991年(平成3年)3月には「刑事再審に関する刑事訴訟法等改正意見書」を公表している。しかし、現行刑事訴訟法が施行されて70年を経た今もなお、再審法は何ら改正されることなく、現在に至っている。

 

よって、当連合会は、えん罪被害者を一刻も早く救済するため、国に対し、
1 再審請求手続における全面的な証拠開示の制度化
2 再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止
を含む再審法の改正を速やかに行うよう求める。

 

当連合会は、えん罪被害者の声に真摯に耳を傾け、引き続き再審支援活動を行うとともに、在るべき再審法の改正に向けて、全力を挙げて取り組む決意である。

 

以上のとおり決議する。


 

2019年(令和元年)10月4日

日本弁護士連合会

 

提案理由

第1 「国家による最大の人権侵害」であるえん罪被害と再審法の意義

1 えん罪は、犯人とされた者やその家族だけでなく、犯罪の被害者やその関係者の人生をも狂わせる。えん罪は、紛れもなく、国家による最大の人権侵害の一つである。
     

日本国憲法は、一人ひとりの人間をかけがえのない存在として大切にするという「個人の尊重」を究極の価値としている(憲法13条)。このような日本国憲法の下では、無実の者を国家が処罰することが絶対にあってはならないことは当然の帰結である。そのため、日本国憲法は、それ自体の中に多数の刑事手続関連条項を設け(憲法31条から40条まで)、刑事訴訟法等の法律を充実させることによって、えん罪の発生を防止しようとしてきた。
 

2 しかし、それでもえん罪は発生してきた。そのことは、近時、次々と明らかとなった再審無罪の事例にも端的に現れている。我が国でも、10年、20年、時には人生の大半をかけて、自らの無実を主張するえん罪被害者が後を絶たない。
 

3 そして、これまで当連合会が支援してきた、いわゆる「死刑再審4事件」(免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件)や、現在支援中の袴田事件の例をあえて引くまでもなく、時には死の淵に立たされるえん罪被害者を救済する「最終手段」こそ、再審なのである。
     

このように重要な再審制度であるが、現行法上、再審手続について定めた規定は、刑事訴訟法第4編「再審」の、わずか19条の条文のみである(この19条の条文を「再審法」と表記する。)。

 

第2 当連合会が支援する再審事件の前進と市民の関心の高まり

1 再審やえん罪被害に対する市民の関心は、これまで必ずしも高いものとは言えなかった。


それでも、1970年代から1980年代にかけては、「死刑再審4事件」で相次いで再審無罪判決が出たことによって、市民の関心が高まった時期もあった。しかし、その後の検察による激しい抵抗と裁判所の姿勢の後退によって、「再審冬の時代」、「逆流現象」などと言われるように、再審をめぐる状況は非常に厳しくなり、1990年代、当連合会の支援事件で再審が開始されたのは、榎井村事件(1993年(平成5年)11月に再審開始決定、1994年(平成6年)3月に再審無罪判決)のわずか1件にとどまった。そして、それに伴い、再審やえん罪被害に対する市民の関心も、急速に窄まってしまった。
 

2 しかし、2009年(平成21年)、当連合会が支援する足利事件が、DNA型再鑑定によってえん罪であることが客観的に明白となり、17年間服役した元被告人が再審開始決定前に釈放されたことで大々的に報道がなされ、一躍世間の注目を浴びることとなった。
     

さらに、同じく当連合会の支援事件では、2011年(平成23年)に布川事件、2012年(平成24年)に東京電力女性社員殺害事件、2016年(平成28年)に東住吉事件、2019年(平成31年)には松橋事件で、それぞれ再審無罪判決が言い渡された。また、後に検察官の不服申立てによって取り消されたものの、2002年(平成14年)には大崎事件(第1次)、2005年(平成17年)には名張事件、2011年(平成23年)には福井女子中学生殺人事件、2014年(平成26年)には袴田事件、2017年(平成29年)には大崎事件(第3次)でも、それぞれ再審開始決定が出された。
     

そして、その後も、2017年(平成29年)には湖東事件、2018年(平成30年)には日野町事件で、それぞれ再審開始決定が出され、湖東事件は再審開始が確定した。
 

3 このように、近年では、再審開始決定や再審無罪判決が相次いでいる。これは、1990年代における「再審冬の時代」の時期には想像もできなかったことである。
     

そして、このような状況を前に、再審やえん罪被害に関する様々な報道がなされ、中学、高校の社会科の教科書でも再審が取り上げられるなど、市民の再審やえん罪被害に対する問題意識、そして当連合会の再審支援活動に対する関心は、これまでになく高まっている。

 


第3 早急な改正が求められる再審法の問題点

1 しかし、それでは肝心の再審法がえん罪被害者の救済のために必要十分な制度となっているかといえば、そうではない。
     

再審は、人権擁護の理念に基づいて、誤判により有罪の確定判決を受けたえん罪被害者を救済することを目的とする制度である。すなわち、現在の再審法は、憲法39条が「二重の危険」の禁止を基本的人権として保障していることを踏まえ、戦前の旧刑事訴訟法では認められていた不利益再審を廃止し、利益再審のみを認めることとしている。したがって、再審の目的は、もっぱらえん罪被害者を救済することにあり、無実を訴える者の人権保障のために「のみ」存在する制度である。
     

にもかかわらず、我が国においては、「開かずの扉」と言われるほどに、極めて厳しい要件の下にしか再審が認められず、えん罪被害者の救済は遅々として進んでこなかった。
 

2 そして、それは決して各事件固有の問題ではなく、再審法及びその運用に関わる制度上の問題である。
     

すなわち、前記のとおり、現行法上、再審手続について定めた規定は、わずか19条の条文しかない。その理由であるが、第二次世界大戦後、日本国憲法の下で、捜査及び公判手続の規定は大きく改正され、被疑者・被告人に、単なる手続の客体ではなく、当事者としての主体的な地位を認めることで、被疑者・被告人の人権を保障しようとする当事者主義的訴訟構造へと変化した。しかし、上訴以降の規定については改正が及ばず、再審手続に関する規定は、後述する「不利益再審」を廃止したほかは、ドイツ法由来の職権主義的訴訟構造を基調とする戦前の旧刑事訴訟法の条文がほぼそのまま現行法に踏襲された。再審手続に関する規定が極端に少ない背景には、以上のような歴史的経緯がある。
     

このように、再審請求手続は職権主義的構造とされ、手続の主導権は裁判所に委ねられているものの、再審手続に関する詳細な規定が存在しないことから、個々の裁判体の裁量があまりにも大きく、進行協議の実施、証拠調べ(証人尋問、鑑定など)の実施、証拠開示に向けた訴訟指揮の有無など、手続のあらゆる面で統一的な運用がなされていないのが現状である。これでは、再審請求を行う者に適正手続(憲法31条)が保障されているとは言えない。
     

さらに、現在の再審実務では、再審請求手続が肥大化しており、再審開始の判断までに極めて長い年月を要している。このような現状の下では、迅速な裁判(憲法37条1項)という憲法上の要請も実現できているとは言い難い。
     

現行の再審法は、その憲法適合性に重大な疑義が生じているのである。
 

3 ところで、当連合会は、長年にわたり個別の再審事件の支援活動を重要な人権課題ととらえて取り組んできたが、その活動を通じて、えん罪被害の速やかな救済を阻んでいる再審法の問題を認識するに至り、個別の再審事件の支援活動と並行して、再審法の改正に向けた取組も行ってきた。具体的には、以下のとおりである。
     

当連合会は、1962年(昭和37年)5月26日、高松市で開催された第13回定期総会において「再審制度改正に関する決議」を採択して、「冤罪者に対する人権擁護」のため、再審規定の速やかな改正を要請し、同年7月21日には、理事会において「刑事訴訟法第四編(再審)中改正要綱」を採択して、再審法の改正を求めた。また、当連合会は、1963年(昭和38年)11月に鹿児島市で開催された第6回人権擁護大会において「再審制度の正しい運用を要望する件(決意)」を採択して、再審制度の正しい運用とともに再審法の改正を求め、1973年(昭和48年)8月に札幌市で開催された第16回人権擁護大会においても「刑事訴訟法の一部(再審)改正に関する決議」を採択して、再審法の改正を求めた。
     

その後、当連合会は、1976年(昭和51年)10月に仙台市で開催された第19回人権擁護大会において、「再審と人権」というテーマでシンポジウムを開催するとともに、「刑事訴訟法の一部(再審)改正に関する宣言」を採択し、再審法の改正に取り組むことを宣言した。そして、これを受けて、当連合会は、1977年(昭和52年)1月22日、理事会において「刑事再審に関する刑事訴訟法(第四編再審)ならびに刑事訴訟規則中一部改正意見書」(昭和52年改正案)を採択して、改めて再審法の改正を求めた。また、当連合会は、1978年(昭和53年)5月に広島市で開催された第29回定期総会において「刑事再審法の改正に関する決議」を採択して、再審法の早急な改正を求め、1979年(昭和54年)11月に福岡市で開催された第22回人権擁護大会においても「刑事訴訟法の運用の改善と再審法改正等の実現に関する宣言」を採択し、再審に関する法改正の実現に全力を尽くすことを宣言した。
     

さらに、当連合会は、1985年(昭和60年)4月19日、理事会において「刑事再審に関する刑事訴訟法(第四編再審)ならびに刑事訴訟規則中一部改正意見書」(昭和60年改正案)を採択し、1991年(平成3年)3月28日には、理事会において、「刑事再審に関する刑事訴訟法等改正意見書」(平成3年改正案)を採択するなどして、繰り返し再審法の改正を求めた。
 

4 このように、現在の再審法に問題があることは古くから認識されており、当連合会も、長きにわたって再審法の改正に取り組んできたものの、残念ながら、現在に至るまで再審法の改正は実現していない。しかし、えん罪被害者の速やかな救済のために再審法の改正が必要であることは、この間の取組を通じて既に明らかになっており、いま求められているのは、その速やかな実現である。
     

ところで、当連合会による再審法改正案としては、現時点では、平成3年改正案が最終のものであるが、その主要な観点は、再審請求の理由に関する白鳥決定の趣旨の法文化、再審請求人の手続面における権利保障の明確化、再審請求審における検察官の地位の再検討、刑の執行停止に関する規定の整備などであって、その内容は今なお妥当するものも多い。もっとも、平成3年改正案については、これを公表してから既に30年近くが経過しており、この間、再審をめぐる状況も大きく変動し、新たに検討すべき課題も生じていることから、必要な見直しを行う必要がある。その上で、当連合会としては、再審をえん罪被害者を救済する制度として真に機能させるために、憲法の理念に沿って、再審法の在り方を全面的に見直すための法改正に向けて新たな第一歩を踏み出す必要がある。
     

ただ、その中でも、特に重要な課題として指摘すべきは、えん罪被害者を救済する「最終手段」であるはずの再審請求手続において、証拠開示に関する明文の規定が存在しないこと、そして、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが許容されていることにより、審理が極めて長期化していることの2点であって、この2点は早急な法改正を要する喫緊の課題である。


第4 再審請求手続における全面的な証拠開示の制度化

1 通常審における証拠開示については、2004年(平成16年)の刑事訴訟法改正において、公判前整理手続や期日間整理手続における類型証拠開示や主張関連証拠開示が制度化され、さらに2016年(平成28年)の刑事訴訟法改正において、証拠の一覧表の交付制度が新設された。このように、通常審における証拠開示については、当連合会が提言している全面的証拠開示には及ばないものの、一定の制度的前進は見られている。
     

しかし、再審請求手続における証拠開示については、今なお何らの規定も設けられておらず、裁判所の訴訟指揮に基づいて証拠開示が行われているのが現状である。しかし、証拠開示の基準や手続が明確でなく、全てが裁判所の裁量に委ねられていることから、再審請求手続における請求人や弁護人の証拠開示請求に対する裁判所の態度としては、何の判断もしない場合から、証拠リストの開示要請、証拠開示の勧告、そして証拠開示命令に至るまで、個々の裁判体の判断によって様々であった。それゆえ、再審事件を担当する弁護人からは、全ての裁判所において統一的な運用が図られるよう、証拠開示の制度化が強く望まれてきた。
     

特に、近時では、布川事件、東京電力女性社員殺害事件、東住吉事件、松橋事件、日野町事件等で見られるように、再審請求手続又はその準備段階で開示された証拠が再審開始の判断に強い影響を及ぼしており、再審請求手続における証拠開示の制度化が重要であることが改めて明らかになった。
 

2 ところで、再審請求手続における証拠開示については、2016年(平成28年)の刑事訴訟法の改正の時にも問題点が指摘され、法制化には至らなかったものの、附則9条3項において、「政府は、この法律の公布後、必要に応じ、速やかに、再審請求審における証拠の開示……について検討を行うものとする。」と規定され、現在、この規定に基づいて、当連合会を含む関係機関の協議が続けられている。
     

また、当連合会は2014年(平成26年)、人権擁護委員会内に「再審における証拠開示に関する特別部会」を設置し、個々の再審事件における弁護団の精力的な活動によって獲得してきた証拠開示の成果や、逆に法の不備による限界や課題について、調査、分析し、そこから在るべき証拠開示法制に向けた提言を行うべく検討を重ねてきた。その成果を受けて、当連合会は、2019年(令和元年)5月10日、「再審における証拠開示の法制化を求める意見書」を公表した。
     

上記意見書でも述べたとおり、えん罪被害を救済するためには、本来であれば、捜査機関が作成又は入手した全ての証拠について、その一覧表の交付を受けた上で、証拠を閲覧謄写する機会が与えられることが必要である。しかし、通常審については、公判前整理手続又は期日間整理手続による証拠開示制度が法制化されているのに対し、再審請求手続における証拠開示については、そもそも規定すら存在しないことから、様々な弊害が生じており、もはやこのような状態を放置しておくことはできない。そこで、当連合会は、上記意見書において、現行の再審請求手続の在り方を前提としつつ、現在の再審実務の運用も踏まえて、「再審における証拠開示 制度要綱案」という形で証拠開示のルールを明文化することを提案している。
 

3 ちなみに、海外においては、職権主義的訴訟構造、当事者主義的訴訟構造のいずれかを問わず、我が国の再審請求手続に相当する手続で、捜査機関が作成又は入手した証拠を閲覧する手段が保障されている。
     

例えば、職権主義的訴訟構造を採用するドイツにおいては、まず、公訴提起の際に裁判所に送致された一件記録に編綴された全ての記録及び証拠について、原則として弁護人の記録閲覧権を保障している。これは、被疑者・被告人の法的聴聞請求権(日本でいう「裁判を受ける権利」)や公正な手続を受ける権利に由来するとされる。すなわち、被疑者・被告人は、刑事手続においてその主体性が保障されなければならないが、刑事手続において実効的な意見表明を行うためには、その前提として、刑事手続に関する記録を閲覧する機会が保障されなければいけないという考え方に基づくものである。そして、再審請求段階では、通常審においては閲覧対象とされなかった「証跡記録」(当該事件とは関連するけれども、被疑者・被告人とは関連しない記録)についても閲覧することができるとされている。つまり、再審請求手続における記録閲覧の範囲は、通常審のそれより拡大されるべきという考え方が妥当しているのである。
     

また、当事者主義的訴訟構造を採る英米法圏の各国のうち、イギリスでは、司法から独立した刑事事件再審委員会(CCRC)が誤判を調査する責務と権限を有し、公的機関や私的団体から文書を入手する権限を付与されている(ただし、私的団体が文書を所有する場合は強制はできず、任意の提出による。)。アメリカでもCCRCと同様の機能を持つ委員会(ノースカロライナ州の無実調査委員会など)を置く州があり、同委員会には、裁判所や行政機関に法令で認められている情報アクセスのための諸権限が付与されていることから、その権限を用いて未提出証拠の中から新証拠を発見することができるようになっている。特に、確定判決時に存在しなかった証拠開示ルールの遡及適用が認められているため、最新の証拠開示ルールを用いることで、確定判決時の被告人に開示請求権がなかった証拠群へのアクセスも可能となっている。
     

アメリカでは、DNA型鑑定などの科学的証明方法を利用する機会を保障する制度として、有罪判決が確定した後であっても鑑定資料となる証拠物を利用して鑑定を求める権利を認める法律(証拠アクセス法)が全ての州で整備されており、それ以外の証拠についても、再審請求人自らに証拠開示を請求する権利を保障する制度として、有罪確定後救済法を制定している州もある(イリノイ州、ノースカロライナ州、サウスカロライナ州など)。
     

さらに、ドイツ法や日本法の影響を強く受けた台湾でも、有罪判決の確定後、再審請求のために、公判において蓄積された記録のみならず、捜査段階で収集された記録及び証拠も含めた一件記録の閲覧が認められている。そして、近時の判決(最高行政裁判所の判決を含む。)において、その法律上の根拠が行政法規である「档案法」(公文書管理法)等にあることが確認されるとともに、電磁的記録の閲覧も認められた。その後、2016年(平成28年)11月には、有罪判決確定後のDNA型鑑定の請求手続を明文化する法律も制定された。
     

このように、海外では、国によってその形態は様々であるが、捜査機関が作成又は入手した証拠を閲覧する機会を保障する制度が整備されている。
 

4 いずれにせよ、我が国においても、再審請求手続で開示された証拠がその後の開始決定において決定的な役割を有する事件が多数存在し、さらに、現に係属している多くの再審事件において一刻も早い証拠開示が求められている実情に鑑みれば、再審請求手続における全面的な証拠開示の制度化は、早急に実現しなければならない課題である。



第5 再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止

1 2017年(平成29年)から2018年(平成30年)にかけて、当連合会が再審支援を決定している事件のうち、松橋事件、湖東事件、大崎事件、袴田事件、恵庭殺人事件の各事件については特別抗告が行われて、次々と最高裁判所に係属した(このうち、2019年(令和元年)8月現在、湖東事件では再審開始が確定し、松橋事件では再審無罪判決が確定した。その一方で、大崎事件では、最高裁判所において再審開始決定が取り消されて、再審請求が棄却されている。)。
     

これまでも、日弁連支援事件が最高裁判所に複数係属していたことはあるが、このうち、松橋事件、湖東事件、大崎事件、袴田事件の4事件は、いったん下級審において再審開始決定が出されたにもかかわらず-つまり、請求人の主張が認められたにもかかわらず-検察官の不服申立てを経て最高裁判所に係属することになったものである。とりわけ、松橋事件、湖東事件、大崎事件の3事件は、高等裁判所で再審開始方向の決定が出たにもかかわらず、検察官が特別抗告したことで最高裁判所に係属した事件である。
 

2 そもそも、法の定める特別抗告理由は、憲法違反及び判例違反に限定されており(刑事訴訟法427条、433条1項、405条)、かつて検察官は再審開始決定に対して即時抗告することはあっても、特別抗告までして争うケースは稀であった(いわゆる「死刑再審4事件」のうち、検察官が特別抗告したのは、地方裁判所で再審請求棄却、高等裁判所で逆転再審開始となった免田事件のみである。)。
     

ところが、2019年(平成31年)3月28日に再審無罪判決が確定した松橋事件では、検察官は、熊本地方裁判所の再審開始決定に対し、即時抗告のみならず、特別抗告までして争った。しかし、最高裁判所は、「本件抗告の趣意は、判例違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法433条の抗告理由に当たらない。」と述べて、検察官の主張を排斥した。そして、再審公判においては、検察官は有罪立証を行わず、再審無罪判決に対しても上訴権放棄を行って、即日再審無罪が確定した。
     

また、湖東事件では、検察官は、法律審であるはずの特別抗告審においても、医師の検察官面前調書や意見書の証拠調べ請求を行うなど、原決定の事実誤認の主張を繰り返したが、最高裁判所は、松橋事件と同様、検察官の抗告には理由がないとして、検察官の主張を排斥した。
     

このような経過に照らせば、果たして前記各事件において検察官が特別抗告を行ったことに合理的理由があったのか、甚だ疑問である。以上のとおり、再審開始決定がされた事件について、検察官がことごとく即時抗告、さらには特別抗告を繰り返す現状は、これまでにはない、極めて特異な状況にあると言える。
     

さらに、袴田事件では、静岡地方裁判所は、2014年(平成26年)3月27日に再審開始決定をしたものの、検察官の即時抗告を受けた東京高等裁判所は、2018年(平成30年)6月11日、再審開始決定を取り消す決定をした。既に事件発生から50年以上が経過し、元被告人も83歳と相当に高齢となっている。これまでの長きにわたる再審請求手続を経て、ようやく再審開始決定が出されたにもかかわらず、検察側の即時抗告によって、元被告人は、更に時間をかけて特別抗告審を闘わざるを得なくなったのである。
     

しかも、大崎事件では、鹿児島地方裁判所が、第1次再審請求では2012年(平成24年)3月26日に、第3次再審請求では2017年(平成29年)6月28日に、それぞれ再審開始決定を行い、特に後者については、福岡高等裁判所宮崎支部も、2018年(平成30年)3月12日に検察官の即時抗告を棄却して、原審の再審開始決定を維持していた。にもかかわらず、検察官の特別抗告を受けた最高裁判所は、2019年(令和元年)6月25日、再審開始決定を取り消し、再審請求を棄却した。このように、大崎事件では、これまで3回にわたり再審開始方向の決定が出され、繰り返しえん罪の疑いが指摘されているにもかかわらず、検察官の即時抗告・特別抗告によって再審開始決定が取り消され、再審公判において確定判決の有罪認定を再検討する機会すら奪われ続けている。
 

3 前記のとおり、再審の目的は、もっぱらえん罪被害者を救済することにあり、無実を訴える者の人権保障のために「のみ」存在する制度である。
     

しかし、長い年月をかけて再審開始決定を得たとしても、それに対する検察官の不服申立てが許容されれば、再審開始要件の高いハードルを一度越えた請求人に対して、更に重い防御の負担を課し、長い審理時間も要することになってしまう。これでは、えん罪被害者の速やかな救済は期待できず、憲法適合性にも疑義を生じかねない。例えば、現在、当連合会が支援している事件においても、名張事件は46年間、袴田事件は38年間、大崎事件は24年間、日野町事件は18年間にわたって再審請求が続いている。これらの事件は、いずれも一度は再審開始決定が出された事件である。しかも、この間、名張事件や日野町事件の元被告人は既に亡くなり、大崎事件の元被告人は92歳、袴田事件の元被告人も83歳と、いずれも相当な高齢となっており、もはや一刻の猶予も許されない。
     

そもそも、いったん再審開始決定が出されたということは、確定判決の有罪認定に対して合理的な疑いが生じたということであるから、もはや確定判決の正当性は失われており、誤判を是正する必要性に比べて確定判決を維持しておくべき利益は減少していると言える。また、仮に検察官が確定判決の正当性を主張する必要があると考えたとしても、再審公判においてそのような主張を行う機会は保障されている。したがって、再審請求手続の無用な長期化を防ぐためには、再審開始決定に対する検察官による不服申立ては禁止されるべきである。
 

4 ちなみに、海外においては、英米法圏の各国では、通常審においても一般的に検察官による上訴を認めていない。また、フランスでも、審理委員会の付託を経て裁判構成機関が再審・再審査請求に理由があると判断したときは、言い渡された有罪判決を取り消すこととし、この取消決定に対しては不服申立てはできないとされている。
     

他方、ドイツでは、実体的真実主義を採用しており、今なお利益再審のみならず不利益再審も認められているが、それでも1964年(昭和39年)の改正によって、再審開始決定に対する検察官の即時抗告は明文で禁止された(ドイツ刑事訴訟法372条ただし書)。その理由としては、再審開始決定によって確定判決が利益変更される蓋然性が認められた以上、確定判決の存在価値が揺らいでいること、仮に検察官が再審開始決定に対して不服があるとしても、再審公判において有罪の主張立証を行うことが可能であること、有罪・無罪の実体判断は、手続が公開され、直接主義・口頭主義が適用される再審公判でのみ行われるべきであることが挙げられる。
 

5 我が国においては、再審開始決定に対する不服申立てによって、無用に審理が長期化し、時には再審開始決定が取り消され、振出しに戻るという事態も繰り返されてきた。そのため、えん罪被害者の救済が長期化しており、極めて深刻な状況となっている。
     

したがって、えん罪被害者の速やかな救済のためには、再審開始決定に対する検察官による不服申立ては、早急な法改正によって禁止されるべきである。


第6 結語

前記のとおり、当連合会は、これまでも、現行制度の改善や再審法改正の必要性を繰り返し指摘し、1991年(平成3年)3月には「刑事再審に関する刑事訴訟法等改正意見書」を取りまとめているものの、現行刑事訴訟法が施行されて70年を経た今もなお、再審法は何ら改正されることなく、現在に至っている。
   

しかし、近年、相次ぐ再審開始決定や再審無罪判決の影響もあって、再審やえん罪被害に対する市民の関心は高まっている。また、報道機関の論調を見ても、単なる個別事件の報道にとどまらず、コラムや社説で、また単発の記事ではなく特集や連載で、えん罪被害者がなかなか救済されない現状や、その背景にある再審法の問題にまで切り込む報道が増えてきた。このように、再審法改正を求める世論の声は大きな高まりを見せており、再審法改正の必要性を広く市民に訴え、実現するには、今をおいて他にない。
   

当連合会は、えん罪被害者の声に真摯に耳を傾け、引き続き再審支援活動を行うとともに、在るべき再審法の改正に向けて、全力を挙げて取り組む決意である。