「大崎事件」第4次再審請求特別抗告審棄却決定に関する会長声明
最高裁判所第三小法廷(石兼公博裁判長)は、2025年(令和7年)2月25日付けで、いわゆる「大崎事件」第4次再審請求事件につき、原口アヤ子氏ら請求人らの再審請求について、再審請求を棄却した鹿児島地方裁判所の原々決定(中田幹人裁判長)、即時抗告を棄却した福岡高等裁判所の原決定(矢数昌雄裁判長)を是認し、特別抗告を棄却する旨決定した(以下「本決定」という。ただし、本決定には、原決定及び原々決定を取り消して再審を開始すべきだという宇賀克也裁判官の反対意見が付されている。以下「宇賀反対意見」という。)。
大崎事件は、1979年(昭和54年)10月12日、鹿児島県大崎町の農道脇に転落し、前後不覚で道路上に横臥していた「被害者(義理の末弟)」が、午後9時頃近隣住民2名によって自宅に運ばれてきたところ、原口アヤ子氏(以下「アヤ子氏」という。)が、アヤ子氏の元夫、義弟を含めた計3名で共謀して同日午後11時頃「被害者」を殺害し、翌午前4時頃、その遺体を義弟の息子も加えた計4名で遺棄したとされる事件である。逮捕時からの一貫したアヤ子氏の無実主張にもかかわらず、被害者の死因を頸部圧迫による窒息死と推定した法医学鑑定書、「共犯者」とされたその余の3名の自白、義弟の妻の供述を主な証拠として、アヤ子氏に懲役10年の有罪判決が下された。
アヤ子氏は満期服役後、鹿児島地方裁判所に対して、3度にわたり再審請求を申し立ててきた。第1次再審請求では、2002年(平成14年)3月26日に再審開始決定が下されたが、検察官抗告により同決定は取り消された。第3次再審請求では、再審請求審、即時抗告審において、いずれも再審開始決定が下されており、即時抗告審決定は、「被害者」が帰宅した時点で死亡又は瀕死の可能性があり、帰宅時の「被害者」の様子に関する近隣住民2名の供述が信用できない、それゆえ、「共犯者」3名の各供述の信用性に重大な疑義が生じるとした。ところが、2019年(令和元年)6月25日、最高裁判所第一小法廷(小池裕裁判長)は、新証拠である吉田謙一教授の法医学鑑定(以下「吉田鑑定」という。)は「死因が出血性ショックであった可能性等を示すものではあるが」「死亡時期を示すものではなく」、即時抗告審の決定によると、遺体を遺棄した者は、最後に「被害者」と接触した近隣住民以外に想定し難いことになるが、そのような事態は想定し難く、犯人はアヤ子氏ら以外には想定し難いとして、地方裁判所、高等裁判所のした再審開始決定を取り消し、再審請求を棄却するという前代未聞の決定をした(以下「第3次特別抗告審取消・棄却決定」という。)。
弁護団は、2020年(令和2年)3月30日、「死亡時期」について救命救急医である澤野誠教授の鑑定書(以下「澤野鑑定」という。)、近隣住民2名の供述について異なる専門的方法により分析した2種類の供述鑑定書(稲葉光行教授のテキストマイニングによる供述特徴分析鑑定、大橋靖史教授・高木光太郎教授の供述心理学鑑定書)を新証拠として、第4次再審請求を申し立てた。本請求審の新証拠は、それぞれが車の両輪となって、「被害者」が帰宅前に死亡しており、そもそもアヤ子氏らが「被害者」を殺害することはあり得ない、つまり殺人事件は存在しないことを明らかにするものであった。
ところが、原決定及び原々決定は、澤野鑑定によって第3次特別抗告棄却決定による判断の前提が崩れたにもかかわらず、第3次特別抗告審取消・棄却決定に追随して、再審開始を認めなかった。本決定の多数意見も、澤野鑑定が「死亡時期」についての鑑定であるのに、吉田鑑定と同じように「死因」に関するものとして判断しており、澤野鑑定の核心に目を背けて、第3次特別抗告審取消・棄却決定に追随して、特別抗告を棄却した。
しかし、宇賀反対意見が述べるように、澤野鑑定は臨床医、救急医療医の立場から「死亡時期」に焦点を当てた新たな知見の鑑定であり、頸部保護を懈怠した救護活動により呼吸停止をしたとする鑑定内容には高い信用性が認められ、これと第3次再審請求までに提出されていた医学鑑定により、本件が殺人事件であることの直接証拠は皆無となった。また、従前本件再審開始決定をしなかった裁判所の判断に大きく影響してきたであろう共犯者自白についても、彼らが知的障害を有し、暗示又は誘導されやすかったことを踏まえて特に慎重に信用性判断を行う必要があり、供述の信用性を正しく判断すれば確定判決の有罪認定には合理的な疑いが生じる。したがって、原決定及び原々決定を取り消され、再審開始決定がなされるべきであった。本決定(多数意見)は、新証拠の澤野鑑定の位置付けを誤り、科学的・専門的知見に基づいた判断を行っておらず、「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に反しており、到底容認できない。
アヤ子氏は現在97歳の高齢である。一刻も早く再審開始決定がなされ、再審公判が開かれなければならない。
当連合会は、アヤ子氏らが無罪となるための支援を続けるとともに、再審における証拠開示の制度化や、再審開始決定に対する検察官の不服申立禁止を始めとする再審法改正を含め、えん罪を防止・救済するための制度改革の実現を目指して全力を尽くす決意である。
2025年(令和7年)3月5日
日本弁護士連合会
会長 渕上 玲子


