「神宮外苑地区第一種市街地再開発事業」に対する東京都環境影響評価条例の適用に関する会長声明


神宮外苑は、大正時代に国民の献金、献木、勤労奉仕により造られた約100年の歴史を有する都心部の貴重な緑豊かな環境で、全国で初めて風致地区に指定され、都市計画公園にも指定されている。特に「イチョウ並木」の聖徳記念絵画館の風格を際立たせる眺望景観は、神宮外苑銀杏並木周辺景観形成特別地区として特別に保護されてきた。


「神宮外苑地区第一種市街地再開発事業」(以下「本件事業」という。)は、この神宮外苑において、3,000本以上(高さ3メートル未満のものを含む。)もの樹木を伐採・移植し、高層ビルの建設、神宮球場及び秩父宮ラグビー場の建て替え等を行う事業であり、適切な環境影響評価を経なければ、自然環境・歴史的文化的環境が大きく損なわれる可能性がある。


本件事業では、東京都環境影響評価条例(以下「条例」という。)に基づき環境影響評価が行われ、2023年1月20日に「(仮称)神宮外苑地区市街地再開発事業環境影響評価書(以下「本件評価書」という。)」の提出の告示(東京都告示第40号)が行われ、その後、同年1月30日に東京都環境影響評価審議会への受理報告がなされ、既に個人施行認可により一部の工事が着工されている。


さて、当連合会は、これまで、環境影響評価法の制定、改正に関して意見を述べてきた。例えば、環境影響評価の項目や手法、基準等に関しては、事業者が客観的かつ科学的な検討に基づき評価項目及び評価手法を選定し、その理由を明らかにしなければならないこと、評価結果に至った検討の経緯及び根拠等も同様とすることを求めた(2010年5月21日付け「arrow_blue_1.gif環境影響評価法改正法案に対する意見」第3)。


この点、条例第58条第1項柱書は、事業者が作成した環境影響評価書案について、都知事から環境影響評価書案審査意見書が提出された場合には、事業者は、その審査意見書や都民の意見書、関係区市町村長の意見、都民の意見を聴く会の意見に基づき検討を加え、調査の結果(条例第48条第1項第5号)、評価項目ごとに環境に及ぼす影響の内容及び程度(条例第48条第1項第6号)、環境に及ぼす影響の評価(条例第48条第1項第8号)等を記載した環境影響評価書を作成し都知事に提出しなければならないとしている。都知事や都民等からの意見についても、環境影響評価の結論に至る考察の一環として客観的かつ科学的な検討を要することは当然である。


ところが、本件評価書には情報不足・調査手法の誤り及び科学的でない記載がある。例えば、情報不足・調査手法の誤りの例として、ユネスコの諮問機関であり文化財保護に関わる専門家集団により組織される国際的な非政府組織である「国際記念物遺跡会議」(ICOMOS)の国内委員会「一般社団法人日本イコモス国内委員会」(以下「日本イコモス」という。)により、以下の点が指摘されている。


 ① イチョウ並木に衰退が生じているものがあることが確認されていたにもかかわらず、本件評価書ではこの衰退について言及がない。

 ② 環境影響評価書案審査意見書(都知事意見)で、「植物群落調査等の結果を生態系保全の目標設定に反映すること」が求められ、事業者も群落調査をしたが、わずか6地点であり、生態系のつながりを分析する上で必須の隣接地である聖徳記念絵画館前等の群落調査をしなかった。

 ③ 上記②において、適切な調査区(コドラート)を抽出していなかった。

 ④ 現在の神宮外苑の森の相観的・構造的内容を把握することが森を科学的に分析し生態系保全・再生の基盤となることから、その全体を対象とした「現存植生図」が必要なところ、事業者の本件評価書は、事業対象部分のみの「緑地の分布状況」を作成・提出したものの、「現存植生図」は示されなかった。

 ⑤ 本件評価書で、1,381本中伐採数は971本、移植数70本と示されたが、東京都風致地区条例に基づく伐採申請が3,000本を超えることは本件評価書では示されず、事業全体の環境影響評価が示されたとはいえない。


また、2023年1月30日開催の東京都環境影響評価審議会総会においては、同会会長自身が事業者に反証を求めている。その後も会議が開かれたが、日本イコモスが要請した出席が認められず、事業者側のみが呼ばれた。


以上の点に鑑みれば、本件評価書は客観的・科学的であるとは認められないため、条例第58条第1項柱書にいう環境影響評価書に該当するとはいえない。


よって、事業者の対応は条例第58条第1項柱書に適したものであったとはいえず、前記「東京都告示第40号」は、条例第59条が定める適法な公示ではなく、事業者は条例第61条により当該対象事業を実施できないはずである。


本件事業に対しては、日本イコモスのほかにも、2023年6月15日に、環境影響評価分野の基幹学会である国際影響評価学会(IAIA)の日本支部が、都知事に対し、本件事業の環境影響評価是正のため、工事を一時中止し科学的検証を行うよう勧告している。さらに、同年9月7日には、ICOMOSも本件事業を直ちに中止するよう求める警告を発した。加えて、同年12月には、イチョウ並木のイチョウの衰退を示す調査報告が日本イコモスから改めて追加された。その他多数の市民や団体からも反対意見が出されている。


よって、当連合会は、東京都に対し、客観的かつ科学的な検討に基づく本件評価書の再提出を事業者に要求すること、及び東京都環境影響評価審議会において条例第74条の2の趣旨に基づき、森の植生調査について高度な知見実績を有する専門家の出席や資料の提出を要請して調査審議し、事業者の環境影響評価書が客観的かつ科学的であることが明らかになるまで、神宮外苑地区再開発工事の停止を検討することを求める。


また、以上に述べた本件環境影響評価手続の問題点を解消するためにも、当連合会意見書2010年5月21日付け「arrow_blue_1.gif環境影響評価法改正法案に対する意見」に合致する環境影響評価法の改正が速やかになされるべきである 。



2024年(令和6年)3月14日

日本弁護士連合会
会長 小林 元治