技能実習制度及び特定技能制度の在り方並びに新たな永住資格取消し制度の導入に関する政府方針に対する会長声明


政府の外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議は、2024年2月9日、「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議最終報告書を踏まえた政府の対応について」(以下「本方針」という。)を閣議決定した。本方針は、2023年11月30日に政府に提出された技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議(以下「有識者会議」という。)の最終報告書を踏まえつつ、技能実習制度及び特定技能制度の在り方並びに「永住許可制度の適正化」についての政府の対応方針を定めたものであり、これを受けて、関連法案が政府内で検討されている。


1 育成就労制度の創設に関する問題点
本方針は、技能実習制度を「実態に即して発展的に解消し」、新たに育成就労制度を創設するとした。本方針が、人材育成を通じた国際貢献という、実態と乖離した目的を掲げていた技能実習制度を廃止し、日本国内における人材確保をも目的とする新たな制度を創設することとした点は、かねて当連合会が主張してきた点にも沿うものである。

しかし、本方針には、以下の点に問題がある。

第一に、育成就労制度における、本人の意向による転籍の在り方の問題である。

本方針は、就労開始から一定の期間経過後には転籍を許容するとしながらも、その「一定の期間」について、1年とすることを目指しつつ、当分の間、受入れ対象分野ごとに1年から2年までの範囲内で設定することができるとした。しかし、このような運用を期限を明示せずに「当分の間」認めることは、1年間を超える転籍制限が長期にわたり容認され、あたかも原則となるかのような運用を許容するおそれがあり、反対である。

次に、育成就労制度では入国時ないし入国後一定期間に日本語能力A1相当(日本語能力試験N5に相当)の能力を身に付けるべきこととされているところ、本方針では、転籍を許容する条件として、更に高い日本語能力A2(日本語能力試験N4に相当)などの能力を条件とすることが容認されている。しかし、育成就労の在留資格内において転籍するに当たり、就労において必要とされる日本語能力A1相当を超える能力を条件とする理由は何ら存在しない。労働者の職場移転の自由は、憲法上の権利であって、特別な能力を身に付けた者に与えられる恩恵ではない。この点はいたずらに転籍を困難にする条件を課するものであって、反対である。

さらに、本方針は、転籍支援について、まずは監理支援機関(技能実習制度における監理団体に相当するもの)が中心となって行いつつ、ハローワークも行うこととし、他方で、当分の間、民間職業紹介事業者の関与は認めないこととした。しかし、技能実習制度における監理団体は、技能実習生の受入れ機関が組合員となっている事業協同組合が多く、事業協同組合の理事の少なくとも3分の2は組合員又は組合員たる法人の役員であることが条件とされるから、監理支援機関が、組合員である受入れ機関から転籍したいという労働者の要望に真摯に対応して転籍先を斡旋することは構造的に考えがたい。とすれば、ハローワークに、転籍先の情報を豊富に提供し、多言語で転籍の相談に応じられる十分な体制を備えさせるべきであり、そのような体制のない現状のままでは、転籍は事実上困難となる。

技能実習制度が原則として3年間転籍を制限していたことが、技能実習生に問題ある職場環境を忍従せざるを得なくなる構造的問題を生じていたことに鑑みれば、本人の意向による転籍を認めるとしつつ、転籍可能な期間を制限し、また実質的に転籍を困難とするような制度設計は、改めるべきである。

第二に、監理支援機関による監理・監督を実効的なものとするための、同機関の独立性・中立性の担保の在り方の問題がある。

本方針は、受入れ機関と密接な関係を有する役職員の監理への関与の制限、外部監査人の設置の義務化等により監理支援機関の独立性・中立性を担保するとしているが、前記のような事業協同組合の構造からすれば、単に受入れ機関と密接な関係を有する役職員による監理への関与を制限するだけではなく、事業協同組合組合員である受入れ機関への監督を行うことはできないこととするなどの抜本的な改革がなされなければ、監理支援機関による受入れ機関の監理・監督は実効的なものとならない。


2 新たな永住資格取消し制度の導入に関する問題点
本方針は、「育成就労制度を通じて、永住に繋がる特定技能制度による外国人の受入れ数が増加することが予想されることから、永住許可制度の適正化を行う」としている。報道によれば、この「永住許可制度の適正化」とは、税金や社会保険料を支払わなくなった場合や1年以下の懲役等(改正刑法施行後は拘禁刑)に係る刑罰法令違反を行った場合などに永住資格を取り消す規定を設けることを指すとされている。

しかし、日本の永住許可制度の運用は厳しく、原則10年以上の在留、安定した収入があること、税金や社会保険料の滞納のないことなどが厳格に審査されている。このような厳しい審査を経て永住許可を受けた者について、失業などにより税金や社会保険料が支払えない、あるいは退去強制事由に該当しない程度の刑罰法令違反を行ったなどの事由が生じた場合には、差押えや刑罰等の制裁などの不利益を課すことが既に可能である。これに加えて、本人や家族の安定した在留基盤を奪う可能性のある規定は設けるべきではない。かかる規定は、日本での長期の就労を念頭に入国を検討する者を躊躇させるものであって、本方針が掲げる「人権侵害等の防止・是正等を図り、日本が魅力ある働き先として選ばれる国になる」という基本的な方向性にも矛盾する。さらにいえば、「永住許可制度の適正化」は、特定技能の在留資格から永住者となる者に限らず、日本を終の棲家とし、あるいはしようとする外国籍者に甚大な影響を与えるものであって、その立法事実の有無等が慎重に検討されるべきものである。にもかかわらず、有識者会議でも全く検討されないままにこの点が本方針で唐突に提案されており、拙速に具体化すべきものではない。


当連合会は、「永住許可制度の適正化」に関する部分は今回の制度改革から切り離して撤回した上で、前記1で述べた点、当連合会がこれまで指摘してきた、家族の帯同を認めること、送出国における多額の手数料の支払を防止するために国などの公的機関が送出しを担うことなどの意見を踏まえて制度改革を具体化することを求めるものである。



2024年(令和6年)3月7日

日本弁護士連合会
会長 小林 元治