いわゆる「参院選大規模買収事件」についての最高検察庁監察指導部による監察調査の結果に関する会長声明
2019年に実施された参議院議員選挙に関する公職選挙法違反事件において、検察官らが、不起訴や強制捜査を示唆することにより、検察の描いた事件の構図に沿って、記憶と異なる供述をさせるような取調べ及び「証人テスト」を行っていた事実が発覚した件について、最高検察庁監察指導部は、2023年(令和5年)12月25日付けで「監察調査の結果について」と題する文書(以下「監察調査の結果」という。)を報道機関に公表した。しかし、この「監察調査の結果」は、一連の不正を著しく矮小化するものであり、全く有効な再発防止策を示していない。
すなわち、「監察調査の結果」は、①検察官の取調べにおける発言を「不適正」としつつ、「不起訴処分を約束するものとはいえない」「供述調書の内容は真実に合致するものと評価でき、…虚偽供述をさせたものではない」などと評価し、②検察官が、直前に否認供述をしたことを糊塗して、記憶のとおり供述して供述調書を作成したと認めさせ、その場面のみを「一部録音録画」したことについて、「不適正」と評価し、③12回にわたり繰り返した「証人テスト」において、検察官が証言内容を細かく指導し、「裁判になった時、カンペ、こういうものを作ったことはおおっぴらにしないように」「「検事から脅されたわけじゃない」ということは言っていただきたい」などと発言したことについて、不適正とは言えないと評価し、さらに、④「不適正な取調べ」について、「組織的指示はなかった」と表明している。
しかし、①について、公訴提起や令状請求の権限を有する検察官が、「できたら議員を続けていただきたいと思っているわけで、そのレールに乗ってもらいたい」「強制とかになりだすとね、今と比べものにならない、要するに、朝、家にパッと来て、令状持って入ってくるわけですから、家中、ひっくり返されてっていう話」などと発言し、不起訴や強制捜査を示唆して供述の変更を要求することは、供述の強要であり、虚偽の証拠の作出にほかならない。このような取調べは、不起訴処分の「約束」が不確かなものであれば、許容されるというものではない。また、そのようにして記憶と異なる供述をさせたことは、「虚偽供述をさせた」ことにほかならず、その内容が検察の心証に沿うものであることをもって「真実に合致する」などと評価するのは、著しく不当である。
②の「一部録音録画」についても、検察官の行為は、供述調書の記載と異なる否認供述をしている事実を故意に隠蔽し、あたかも供述調書の記載どおりの供述をしていたかのような虚偽の証拠を作出するものなのであるから、「不適正」であるにとどまらず、重大な違法性のあるものと評価されなければならない。
③についても、このような検察官の「証人テスト」は、検察官の心証に沿うように証人の記憶を歪め、検察官の心証に沿わない証言が法廷に顕出されることを妨げるものであるから、重大な違法性のあるものと評価されなければならない。
そして、④についても、後に検察審査会において起訴相当又は不起訴不当の議決がなされた81名を含む99名について一斉に不起訴処分がなされていることや、その後公判請求がなされた12名のうち少なくとも6名が違法な司法取引等があったと公判で主張していることに照らすと、組織的な指示もなくこのような取調べが行われたということは考え難い。
「監察調査の結果」は、検察がその心証に合致する証拠を作出することが、刑事裁判の公正を著しく損ね、事案の真相を歪めていることを直視せず、あたかも真実を発見することを目的としていたかのように評価しており、ここに本質的な問題がある。検察の描いた事件の構図に沿って有罪判決を獲得するために、権限を濫用して虚偽の証拠を作出することは、郵便不正・厚生労働省元局長事件(村木事件)やプレサンス事件で発覚したものと同様の不正の繰り返しであり、本件に限らず行われているおそれが大きく、「検察改革」は失敗に終わったと評価せざるを得ない。不正な検察権の行使を防止するために、「一部録音録画」のような検察官の裁量的な行為や内部的な監察指導では不十分であることは、もはや明らかである。
現在、法務省の「改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会」において、取調べの録音録画制度の見直しの議論が行われているが、速やかに、在宅被疑者の取調べを含む全ての取調べについて、全過程の録音録画を義務付けるべきである。
そして、不正な検察権の行使を抑止するためには、反対当事者である弁護人と、憲法で独立性が保障された裁判所が、それぞれ本来の役割を果たさなければならない。供述証拠の作出を防止するためには、裁判所において、供述証拠の危険性を踏まえ、十分な裏付け証拠があるかどうかが吟味され、慎重な信用性判断がなされることが不可欠であるし、違法な捜査を防止するためにも、違法収集証拠が排除され、違法捜査に基づく訴追が無効とされることが必要である。強制捜査権限の濫用を防止するためにも、その必要性や相当性が厳しくチェックされなければならない。検察の描いた構図に沿った供述をしない被疑者・被告人を長期間拘禁する勾留・保釈の運用は、虚偽の供述の作出を助長していることが自覚されるべきである。
当連合会は、全ての事件について取調べの録音録画を義務付けるなどの刑事司法制度の改革を進めるとともに、検察官、弁護人及び裁判所が、公正な刑事裁判を実現するために、それぞれ本来の役割を果たすことを改めて求めるものである。
2024年(令和6年)1月19日
日本弁護士連合会
会長 小林 元治