新たな生活保護基準の検証手法の開発等と特異な物価上昇率を考慮した生活保護基準の改定を求める会長声明
5年に一度の生活保護基準の見直しに向けて議論を行っていた厚生労働省の社会保障審議会生活保護基準部会(以下「部会」という。)において、検証手法として、生活扶助基準と第1・十分位層(所得階層を10等分したうちの下位10%の階層)の消費水準とを比較する方法が用いられた。2022年12月6日に開催された第51回部会の参考資料2「世帯類型別の低所得世帯の消費水準」によれば、上記の手法による検証の結果、都市部に当たる1級地-1に住む高齢単身世帯(75歳以上)の第1・十分位層の消費水準は6万6000円であり、これは現行の生活扶助基準(7万1900円)より約8.2%低く、また、1級地-1に住む高齢夫婦世帯(75歳以上)でも第1・十分位層の消費水準は10万4800円とされているが、これも現行の生活扶助基準(11万2380円)より約6.8%低く、他の級地の高齢夫婦世帯でも同様に現行基準を下回っている。
上記の結果を生活保護基準の検証に反映させた場合には、75歳以上の高齢世帯において生活保護費が大幅に減額されるおそれがあったところ、2022年12月23日に閣議決定された予算政府案では、現下の物価高を考慮し、2023年度及び2024年度の臨時・特例措置として、2023年10月から、①世帯人員一人当たり月額1000円を加算するとともに、②加算を行ってもなお現行の基準額から減額となる世帯については、現行の基準額を据え置く措置を講じることとされた。また、厚生労働省は、生活保護の支給額に地域差を設ける「級地」を再編し、現行の6区分を3区分に統合する案を検討してきたところ、多くの世帯で支給額が下がる可能性があったことから、これも現下の物価高を考慮し、現行の6区分を維持することとしたと報じられている。これらによって、2023年度の生活保護費減額は見送られることとなったが、依然として以下の問題は残されている。
まず、第1・十分位層の消費水準との比較という検証手法自体に大きな問題がある。我が国における生活保護の捕捉率(生活保護基準未満の世帯のうち実際に生活保護を利用している世帯が占める割合)は2割ないし3割程度と推測されており、第1・十分位層には生活保護基準以下の生活を余儀なくされている世帯が多数含まれている。このような状況で第1・十分位層の消費水準との比較による検証を行えば、生活保護基準の引下げが続くことになりかねない。2022年12月9日付け部会報告書においても「一般低所得世帯との均衡のみで生活保護基準の水準を捉えていると、比較する消費水準が低下すると絶対的な水準を割ってしまう懸念があることから、消費実態との比較によらない手法によって、その下支えとなる水準を明らかにする取組は重要である。」と述べられているが、第1・十分位層との比較による検証自体を取りやめ、例えば部会でも検討されてきたMIS手法(属性が近い一般市民が、最低生活に必要な品目を複数回議論して選定し、それを積み上げて最低生活費を算出する方法)等の新たな検証手法の開発に取り組む必要がある。
また、級地区分の再編については、部会において、積極的に3区分とすべきであるとの結論は得られていない。仮に級地の統合を行うのであれば、それに基づいて設定される生活保護基準が「健康で文化的な最低限度の生活」を下回るものではあってはならないのであり、どのように級地を統合し、どのように基準額を設定するかについて部会における専門的な検証を経ることが必要不可欠である。
さらに、2023年1月23日に閣議決定された令和5年度政府経済見通しによれば、消費者物価(総合)上昇率の見込みは、2022年度は3.0%、2023年度は1.7%と計4.7%にも及ぶことからすれば、2023年10月から1人当たり月1000円の加算(加算を行っても減額となる世帯の据置き)だけでは不十分であると言わざるを得ない。
そこで、当連合会は、国に対し、部会において低所得者の消費水準との比較によらない新たな検証手法を早急に開発し得る体制を構築すること、級地の統合の具体的方法や統合後の基準額設定についても部会における専門的な検証を経ることとともに、現在の特異な物価上昇率を十分考慮して生活保護基準を改定することを求めるものである。
2023年(令和5年)2月9日
日本弁護士連合会
会長 小林 元治