国籍法第3条第3項の新設に当たり、子の人権に最大限配慮した運用及び国籍制度全体の見直しを求める会長声明


今国会において、「民法等の一部を改正する法律」(令和4年法律第102号、以下「本法律」という。)が成立した。本法律は、「子の権利利益を保護する観点」を提案理由として掲げ、その一環として、認知の効力を争う期間や手続等を限定することとしている。これにより、認知を受けた子どもの身分関係の早期安定を図ることができるという観点では、望ましい改正である。


ところが、本法律には、「子の権利利益」の保護とは正反対の方向の改正も含まれている。それは、国籍法第3条(認知による日本国籍取得の制度を定める。)に第3項を新設し、認知の反対事実が判明した場合には無期限に国籍取得を否定する、とする改正である。


これは、事実に反する認知による国籍取得を認めないとする従前からの行政実務の取扱いを明文化するものである。しかしながら、この改正によって、当連合会が、2021年(令和3年)3月18日付け「arrow_blue_1.gif民法(親子法制)等の改正に関する中間試案に対する意見書」において指摘したような、「子の権利利益」を害する深刻な問題が固定化されるおそれがある。


すなわち、国籍法第3条により日本国籍を取得した子は、成人後を含め年齢を問わず、一度得たはずの日本国籍を一方的にかついつまでも剥奪される可能性がある状態に晒されることとなり、その地位を著しく不安定化させられる。しかも、その子は遡及的に日本国籍を失うばかりか、子が他の国籍を有しない場合は無国籍者となり、無国籍の防止という国籍法の理念及び国際人権法上の要請に反する事態を生じさせる。そして、現在の入管実務では、原則として非正規滞在者と扱われ退去強制手続に付されることになり、子は日本に在留する基礎すら同時に失うリスクに晒される。


加えて、既に成人して選挙権・被選挙権の行使を始めとした様々な社会活動を蓄積している日本国籍者が、あるとき突然その日本国籍を遡及的に「剥奪」される可能性があるということは、社会的に見ても大きな不安定要素となってしまう。


以上のような問題は、今国会においても衆参両院の法務委員会において繰り返し指摘され、その結果、両院において、子の法的地位を速やかに安定させるよう、帰化又は在留資格の付与に係る手続において柔軟かつ人道的な対応を行うこと、参議院においては更に、国籍取得が当初から無効となる子の件数等を把握し、その課題等の有無を検討すること等を内容とする各附帯決議が、それぞれなされた。しかし、在留特別許可、帰化のいずれについても、法務大臣の極めて広範な裁量下にあるという現在の政府の立場が維持される限り、上記の附帯決議のとおりに実施される保障はない。また、仮に帰化によって日本国籍が取得されるとしても、それはあくまでも帰化許可時から将来に向けての取得にとどまるから、第3条第3項に基づいて遡及的に否定された期間の日本国籍が回復されることはないのである。


このように、国籍法第3条第3項は、「子の権利利益」と社会制度の安定性を顧みることなく、従前からの行政実務の固定化を図るものであり、大きな問題を抱えている。


したがって、当連合会は、国籍法第3条第3項によって日本国籍を否定された子については、国会の附帯決議を踏まえつつ、非正規滞在状態の発生を回避するために在留資格取得許可申請(出入国管理及び難民認定法第22条の2)の弾力的運用を行うことや、もしやむを得ず非正規滞在となったとしても、在留特別許可及び帰化の手続を可能な限り短期間で処理すること等、子の人権に最大限配慮した運用を求めるとともに、この機会に国際化の進展も踏まえつつ、国籍の得喪に係る国籍制度全体の見直しを行うことを求めるものである。



2022年(令和4年)12月26日

日本弁護士連合会
会長 小林 元治