留置施設とりわけ保護室内での死亡事案についての会長声明


本年12月4日、愛知県警岡崎警察署留置施設の保護室において43歳の男性被勾留者が死亡し、また同月17日には、大阪府警浪速警察署の保護室において、40代の男性被勾留者が死亡した旨報じられている。


報道によれば、岡崎警察署に勾留されていた男性は、11月下旬から勾留されていたところ、大声で叫ぶなどしたため保護室に収容された上、両腕をベルト手錠で、両足は捕縄で拘束され、拘束時間は延べ140時間以上にも及んだとされる。この間、男性は保護室内の便器を使用することもできず排せつ物は垂れ流され、後頭部が便器内に入った状態で放置されるなど非人道的取扱いを受け、さらに、同署の幹部職員も含む職員により暴行を受けていた疑いがあり、司法解剖の結果からは死因は腎不全とされるものの、病院への搬送時には脱水状態にあったとのことである。


また、浪速警察署に勾留されていた男性は、12月14日に逮捕された後、15日朝には発熱と息苦しさを訴え医療機関の受診を希望したものの、同署は、体温は平熱で呼吸に乱れもないとの判断から受診させず、その後、16日未明と17日朝の二度にわたって男性をベルト手錠と捕縄で計4時間拘束し、二度目の拘束の解除から9時間後に死亡が確認された旨の報道がなされている。


現時点で詳細な経緯や事実関係は判明していないものの、留置施設の保護室で戒具を使用された被留置者が死亡したことは明らかであり、この2件の事案からは、少なくとも以下の重大な問題点が浮かび上がる。


第一は、保護室収容と身体拘束の問題である。2002年に発覚した名古屋刑務所での受刑者暴行致死・致傷事件の例に示されているとおり、保護室への収容及び拘束具の使用は、それ自体による生命身体への危険発生の可能性を常にはらんでいる。そのため、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(刑事被収容者処遇法)は、保護室に収容した場合には速やかに医師の意見を聴き、収容期間を72時間以内とし、特に継続の必要のある場合にのみ、留置業務管理者が48時間ごとに収容期間を更新できると定め、更新した場合も医師の意見を聴かなければならないとしている。しかし、同法によっても収容や収容期間の更新に当たって医師の診察が求められているわけではない。また、後記のとおり医師が勤務しない留置施設では、被留置者の体調の急変など不測の事態に迅速な対応ができない。同様の事案は以前にも複数発生しており、留置施設における保護室収容及び身体拘束の在り方について、早急な検討が求められる。


第二は、被留置者に対する適切な医療提供に関する問題である。刑事被収容者処遇法は、被留置者に負傷や疾病の「疑いがあるとき」にも必要な医療上の措置を執ることを求めているが、報道によれば岡崎警察署に勾留されていた男性には糖尿病の基礎疾患があり、投薬治療を受けていたことの申告があったにも関わらず、同署は医師による診察を受けさせていなかったとのことである。浪速警察署に勾留されていた男性も、逮捕時に持病があることを申告した翌朝に体調不良を訴えたにも関わらず、同署署員の判断で受診させなかった可能性がある。


そもそも、被疑者の勾留場所は原則として刑事施設でなければならず(刑事訴訟法第64条1項参照)、留置施設への勾留は刑事施設の代替として認められているにすぎない。本来、逮捕から裁判までのごく短い期間の収容しか想定されない留置施設には、医療設備もなければ医師・看護師など医療従事者も勤務していない。当連合会は、捜査機関の管理下での身体拘束を利用した自白強要の危険性に着目し、代用監獄(代替収容)制度の廃止を一貫して求めてきたが、いまだに実現していない。今回の2つの事案は、代用監獄がとりわけ基礎疾患のある人にとって、生命の危険すら及ぼすものであることを示すものと考えられる。この点、国連拷問禁止委員会は、2013年日本の第2回定期報告についての最終所見において、日本政府に対し、捜査と拘禁の機能の分離を実際上も確保するため立法その他の措置を採るべきこと、起訴前拘禁におかれたすべての被疑者に独立した医療的援助を受ける権利等を保障すること等を勧告していた。


さらに、留置施設は、いまだに捜査と留置の機能が完全には分離されておらず、仮に分離がなされたとしても拘禁に伴う暴行など人権侵害の危険性を内在している。国連自由権規約委員会は、本年11月3日付け総括所見において、被拘禁者に対する医療提供の在り方を含む刑事拘禁における処遇についても懸念を表明している。加えて、国連条約機関からも勧告されているように、留置施設は刑事施設と比較して視察委員会の独立性が弱く、また、現行法上、留置施設における死亡事案についてその原因究明等の在り方を規律する規定はない等の問題もある。


当連合会は、上記各課題への取組をはじめ、留置施設制度とその運用について、外部の第三者委員等により、カメラ映像等客観的な資料も踏まえた徹底的な調査が適正に行われ、その結果の公表及びそれに基づく改革を求める次第である。



2022年(令和4年)12月23日

日本弁護士連合会
会長 小林 元治