精神保健福祉法改正案の見直しを求める会長声明


本年10月26日、障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律等の一部を改正する法律案の一部として、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の改正案(以下「改正案」という。)が第210回国会に提出された。


改正案は、医療保護入院制度の見直し、入院者訪問支援事業の創設、精神科病院における虐待についての通報義務等を定めるものである。


当連合会は、「arrow_blue_1.gif障害者権利条約の完全実施を求める宣言」(2014年10月)において、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下「精神保健福祉法」という。)に基づく強制入院制度の見直しを求め、「arrow_blue_1.gif精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議」(2021年10月)において、精神保健福祉法に基づく精神障害のある人だけを対象とした強制入院制度の廃止及び廃止に向けたロードマップ(基本計画)を作成・実行することを求めてきた。


本年8月には、国連・障害者権利委員会における日本審査が実施され、同9月、総括所見が示された。その中で、同委員会は、心理社会的障害(精神障害)のある人の強制的な扱いを正当化する全ての不当な法的規定を廃止することを勧告し(34項(a))、精神科病院に入院している心理社会的障害(精神障害)のある人の全てのケースを見直し、無期限の入院の廃止、インフォームド・コンセントの確保及び地域社会で必要な支援を受けて地域で自立した生活を促進することを日本政府に要請した(42項(b))。


国は、かかる勧告を踏まえ、医療保護入院(精神保健福祉法第33条)を含む強制入院制度の廃止を視野に入れた改革を実施することを求められている。しかるに、今般の改正案で、医療保護入院について、期間を設定したものの更新を繰り返すことを可能とし無期限の入院を許容していることは、当連合会の前記宣言・決議や国連・障害者権利委員会の前記総括所見の示した強制入院制度の縮小・廃止への抜本的改革に沿うものとは到底言い難い。そもそも家族等による同意を要件として医療保護入院を可能とする現行制度は、家族等の負担過重や権利擁護の観点から廃止されるべきところ、改正案は、家族等の同意要件を残しながら家族等が同意不同意の意思表示を行わない場合にも市町村長同意による医療保護入院を可能とするものであり、医療保護入院の適用範囲を拡大している。これは、前記抜本的改革に逆行するものと言わざるを得ない。


次に、改正案では、喫緊の要請であった障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律(以下「障害者虐待防止法」という。)と同趣旨の虐待の定義及び精神科病院内での虐待事案に関する通報義務が明記されたところである(改正案第40条の3第1項)。しかしながら、虐待対応スキームについては、障害者虐待防止法と異なり、身近な市町村が虐待のおそれの第一次通報先とされず通報先が都道府県に限定されており、通報促進や初期対応の観点から不十分である。


また、通報受理後の対応として、精神科病院への立入検査・当該精神科病院に入院中の者その他の関係者に質問等を行う者を厚生労働省・都道府県の職員又はその指定する指定医とし、さらに指定医に精神科病院に立ち入り、当該精神科病院に入院中の者を診察させることができると定める(改正案第40条の5第1項)。しかしながら、虐待の調査は権利救済の観点から都道府県職員等の責務において実施すべきことであり、虐待の判断・対応において、必要に応じて、指定医から専門的な助言を受ける等補助的な役割にとどめるべきである。従来の精神保健福祉法の運用に照らしても、かかるスキームでは患者の権利救済に適う迅速な虐待対応は期待できない。むしろ各種虐待防止法と同様、弁護士等専門職の適切な関与と助言等により行政による迅速な虐待対応の実効性を確保すべきである。


よって、当連合会は、本改正による医療保護入院の実質的な温存及び医療保護入院の適用の範囲拡大並びに不十分な虐待対応スキームの導入について見直しを求めるものである。合わせて、国連・障害者権利委員会が総括所見で示した強制入院制度の廃止を視野に入れた精神保健福祉制度の抜本的見直しに向け、当事者・当事者団体はもとより、人権擁護の担い手である弁護士会を含めた議論を開始するよう求める。




2022年(令和4年)11月9日

日本弁護士連合会
会長 小林 元治