列車内の「防犯カメラ」設置を義務化することに反対する会長声明


国土交通省は、2021年12月、京王線車内で同年10月に起こった刺傷放火事件の再発防止策として、鉄道会社が新たに導入する車両に「防犯カメラ」を設置するよう義務付けることを前提として、設置すべき「防犯カメラ」の技術基準などを話し合う有識者会議を開催した。


同事件では、「防犯カメラ」が車内に設置されていなかったため、鉄道会社は状況把握に時間がかかったとされている。国土交通省は、被害を最小限に抑えるためには、車内の状況を迅速に把握する必要があると判断し、来年度にも国土交通省令を改正し、「防犯カメラ」の設置場所などの基準を盛り込みたいという。


しかしながら、罪のない不特定多数の市民に対する肖像権侵害が避けられないことから、「防犯カメラ」の設置については、少なくとも、その場所における犯罪等の発生の相当程度の蓋然性のほか、設置により予防効果が具体的に期待できること(防犯の有効性)が必要である。しかるに、危険物の持ち込みを防ぐ効果は、飛行機への搭乗時と同様の手荷物検査といった手段でなければ期待できない。また、京王線刺傷放火事件など、自暴自棄となって周囲を巻き添えにする自殺目的である場合や、逮捕されたり処罰されたりすることを恐れない者に対しては、「防犯カメラ」の設置で犯罪を予防することはできない。国土交通省自身も防犯効果には言及しておらず、困難と理解しているのかもしれないが、そうであるとすれば、設置の必要性には乏しい。仮に車内犯罪発生時における被害拡大防止を目的とするのであれば、警備員の配備その他の手段の方が人権侵害の程度が低い上に有効性が期待できるのであり、やはり「防犯カメラ」の必要性は乏しい。


そもそも、犯罪防止には、格差社会の是正や、孤立対策などが求められるのであり、単に監視社会のインフラが拡大するだけとなりかねない「防犯カメラ」の義務化には問題がある。


加えて、長時間停車する予定がなく密室状態が継続する新幹線等の鉄道と、例えば、1両編成で乗客も少なく、過去に車両内で傷害や殺人等の事件が起こったことのないローカル鉄道とを区別することなく、一律に「防犯カメラ」の設置を義務付けるような不合理な政策がとられれば、地域の公共交通機関に過剰な負担を課すことにもなる。


また、当連合会が2012年1月19日付け「監視カメラに対する法的規制に関する意見書」以降繰り返し意見を述べてきたとおり、「防犯カメラ」の設置・運用に対しては、市民のプライバシー権を守るために、適切な法律を制定してそのルールに従うという体制を一刻も早く整えるべきである。


よって、当連合会は、目的と手段とを慎重に検討することなく、また、設置運用に関する法的ルールもないまま、鉄道車両内への「防犯カメラ」の設置を義務付けることには、強く反対する。



 2022年(令和4年)3月22日

日本弁護士連合会
会長 荒   中