「名張毒ぶどう酒事件」第10次再審請求異議申立棄却決定に対する会長声明


本日、名古屋高等裁判所刑事第2部(鹿野伸二裁判長)は、いわゆる名張毒ぶどう酒事件の第10次再審請求の異議審につき、再審請求を棄却した同裁判所刑事第1部の原決定(山口裕之裁判長)を是認し、故奥西勝氏の妹岡美代子氏の異議申立てを棄却する旨決定した(以下「本決定」という。)。


本件は、1961年(昭和36年)3月、三重県名張市で、宴会時に毒物の混入したぶどう酒(以下「本件ぶどう酒」という。)を飲んだ女性5名が死亡し、12名が傷害を負った事件である。奥西氏は、第一審で無罪となったが、控訴審で逆転死刑判決を受け、上告棄却により死刑判決が確定した。当連合会は、1977年(昭和52年)、再審支援を決定し、以来、奥西氏を救済するべく、奥西氏及び弁護団に対し最大限の支援を行ってきた。2005年(平成17年)4月には再審開始が決定されたものの、その後不当にも取り消された。奥西氏は取消決定から間もなく病に倒れ、2015年(平成27年)10月4日、獄中で帰らぬ人となった(享年89歳)。


そして、奥西氏の遺志を引き継いだ岡氏が新たな請求人として、2015年(平成27年)11月6日、第10次再審請求の申立てを行った。弁護団は、本件で使用された毒物は、奥西氏が所持していたニッカリンTではないとする鑑定、本件ぶどう酒の封緘紙の裏面には、製造時に塗布された糊(CMC糊)の上に別の糊(PVA糊)が塗られていることを明らかにする鑑定等、多数の新証拠を提出した。しかし、請求審(名古屋高等裁判所刑事第1部)は、弁護団が求めていた三者協議を全く行わず、事実取調べも実施することなく、新証拠を否定し、再審請求を棄却した。


異議審(同裁判所刑事第2部)では、封緘紙の裏面について更に鑑定が行われ、製造時に塗布された糊の上に別の糊が塗られていることがより一層明らかとなり、犯行の場所と機会に関する情況証拠についての従前の判断は再考を余儀なくされた。また、本異議審の段階で、ようやく宴会参加者の事件直後の供述調書が開示され、宴会準備の際に、本件ぶどう酒に封緘紙が装着されていたことも明らかとなり自白調書の信用性に重大な疑問が提起された。これらの供述調書は、第7次再審請求審段階から弁護団が開示を求めてきたものであるが、検察官が「存在しない」と事実と異なる回答をしてきたものであった。


それにもかかわらず、本決定は、原決定を無批判に追認し、異議申立てを棄却したのである。本決定は、弁護団が提出した鑑定について、証人尋問等の事実取調べも尽くさず、科学的知見に基づいた判断も行わず、これを排斥した。検察官がようやく開示した供述調書等についても、十分な根拠なくその信用性を否定している。そもそも本決定は、請求人・弁護人に対して、完全に無実であることの立証責任を課すものであり、白鳥・財田川決定が示した「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に反しており、到底容認できない。


奥西氏の遺志を引き継いだ岡氏も現在92歳という高齢であり、速やかに再審が開始され、雪冤を果たすことなく他界した奥西氏の名誉回復がなされなければならない。


弁護団は、直ちに最高裁判所に対して特別抗告を申し立てる予定である。当連合会は、引き続き名張毒ぶどう酒事件の再審に係る各種活動を支援し、再審開始、無罪判決の獲得に向けて、あらゆる努力を惜しまないことをここに表明する。



 2022年(令和4年)3月3日

日本弁護士連合会
会長 荒   中