在日米軍への検疫法の適用等の日米地位協定への明記及び在日米軍基地からの新型コロナウイルス感染症の拡大防止のための緊急措置を求める会長声明


2019年末に発生し、2020年から世界規模で爆発的に感染が拡大した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、在日米軍基地内でも感染が拡大し、基地周辺に居住する住民に大きな不安を与えた上、米軍基地を抱える地方公共団体の行政にも支障が生じた。


2022年に入り、従来株に代わって感染力の強いオミクロン株の感染が拡大し始めると、沖縄県のキャンプ・ハンセンや山口県の米海兵隊岩国航空基地で米軍人等の感染者の大規模なクラスターが発生した。そして、これと連動するようにして、沖縄県や山口県、さらには隣接する広島県に居住する一般住民にも感染が拡大した(いわゆる「染み出し感染」)。沖縄県は、国立感染症研究所が行ったゲノム解析の結果を踏まえ、沖縄県民の感染拡大は米軍基地由来のものと結論付けている。日本政府は当初、国内の感染拡大が米軍基地に由来するとの判断を示していなかったが、その後米軍基地由来の可能性を認めるに至っている。


また、米軍基地内でオミクロン株の感染者のクラスターが発生したことを受けて、外務省が米側に対して米軍人等に対する検査の実施状況を照会したところ、米軍は、米国出国時の新型コロナウイルス感染の検査を、日本側に知らせないまま一方的に中止していたことが明らかになっている。


日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(以下「日米地位協定」という。)9条は、出入国管理に関する日本の法令が米軍人等には適用されない旨を定めているが、検疫についての明文の規定は日米地位協定には置かれていない。出入国管理と検疫とは、そもそも趣旨目的を異にする別個の法制度である。すなわち検疫は、国民の健康と安全を守るためのきわめて重要な国家作用であるところ、その検疫についての明文の規定が設けられていないのであるから、日米地位協定上、米軍人等が日本側の検疫手続を免除される根拠はないと解される。


ところが、検疫については数次にわたって日米合同委員会合意で取決めがなされ、当該合意により、米軍人等の検疫は原則として米国側の手に委ねられている。加えて、国内法令である「外国軍用艦船等に関する検疫法特例」が検疫法の多くの規定を適用除外としていることから、日本側はほとんど米軍人等の検疫に関与できない。新型コロナウイルス感染症もまた、他の感染症と同様に、米軍は日本側の検疫を事実上免れることができてしまうのが現状である。


さらに、米軍人等の感染情報については、日米合同委員会合意によって日米間の情報共有が合意されているものの、関係地方公共団体や当該地域の住民には感染情報に接する手段が確保されていない。


これに対して、他国の例を見ると、ドイツでは、NATO軍地位協定のボン補足協定54条1項により、駐留軍もドイツ国内法による感染症防止のための手続に服する旨の明文規定が置かれている。オーストラリアでも、オーストラリアの検疫法が適用されることが明記されている(米豪地位協定13条)。


ところが、日米地位協定の下では、前記のとおり、米軍人等の検疫については原則として米軍の自主検疫に委ねられている結果、新型コロナウイルス感染症の米軍基地外に及ぶ急激な拡大を招く等の看過できない事態が生じている。検疫が極めて重要な国家作用であることに鑑みれば、ドイツの補足協定や米豪地位協定のように、米軍人等の検疫を国内法上の規制に全面的に服せしめる旨の明文規定を日米地位協定の中に置くべきである。同時に、米軍航空機・米軍艦船について検疫法の適用を除外する効果をもたらす法令(外国軍用艦船等に関する検疫法特例)は廃止すべきである。また、米軍基地内で指定感染症が発生したときは、その情報を迅速に公開するとともに、日本政府及び関係地方公共団体が情報開示請求権及び立入調査権を有することを日米地位協定に明記すべきである。


あわせて、現在直面している米軍基地由来と見られる新型コロナウイルス感染症の更なる拡大を防止するための緊急の措置として、日本政府と米軍は、相互の連携を密にして、在日米軍基地に滞在又は出入りする米軍人等について、検疫及び検査の厳重な実施体制を構築するとともに、感染し又は感染のおそれのある米軍人等の管理を徹底すべきである。



 2022年(令和4年)2月4日

日本弁護士連合会
会長 荒   中