鉄道事業者における顔認証システムの利用中止を求める会長声明


報道(本年9月21日付け読売新聞)によると、JR東日本(東日本旅客鉄道株式会社)は、本年7月から、顔認証システムを利用して、①過去にJR東日本の駅構内などで重大犯罪を犯し、服役した後の出所者や仮出所者、②指名手配中の被疑者、③うろつくなどの不審な行動をとった人の顔情報をデータベースに登録し、このデータベースと、主要110駅や変電所などに設置されネットワーク化された8350台のカメラの少なくとも一部に写った不特定多数の人の顔情報を自動照合し、対象者を検知した際は、警備員が目視で顔を確認した上で、必要に応じて警察に通報したり、手荷物を検査したりするとのことである。


翌9月22日の各社の続報によれば、上記の報道があった後、JR東日本は①の検知を中止し、②及び③の検知については継続しているとのことである。


しかしながら、当連合会の本年9月16日付け「行政及び民間等で利用される顔認証システムに対する法的規制に関する意見書」で述べたとおり、不特定多数者に対する顔認証システムの利用は、市民のプライバシー権侵害の程度が大きいため、民間事業者が利用する場合においても、対象者の明示の同意を定めるなどし、かつ主権者の代表で構成される国会で必要性及び相当性などについて慎重に検討した法的ルールがないままなされるべきではない。


しかも、駅構内は鉄道事業者が管理する空間とはいえ、不特定多数者が日常的に利用し、誰の生活にも不可欠と言ってもよいほどに公共性が極めて高い空間である。これが店舗の場合、顔認証システムを導入していない他の店舗を選択することも可能であるが、公共交通機関の場合、他の選択は必ずしも容易ではなく、利用者にとって事実上の強制となるおそれがあり、そのプライバシー権を著しく損なう。


また、②は、民間による捜査協力という意味を持つものであるとしても、駅員がたまたま指名手配犯を発見するのとは違って、多くの駅構内にいる全ての人を監視対象とする、いわば指名手配犯発見装置を鉄道事業者が24時間、組織的・継続的に稼働させているようなものであり、警察の犯罪捜査体制に日常的に組み込まれているとも言うべき関係になっている。これは実質的に警察が顔認証システムを設置し法令上の根拠も裁判所の令状もなく利用しているに等しく、強制処分法定主義(刑事訴訟法第197条第1項ただし書)を潜脱するものである。


さらに、③は、「不審な行動をとった人」の概念が曖昧であり、民間事業者の主観的な判断基準によって恣意的な運用が行われるおそれがある。これにより、人々が知らないうちに不審人物とみなされ、手荷物を検査されたり、警察に通報されたりするようになれば、自由な市民社会が脅かされる。


顔画像データについてリアルタイムで検索・照合・活用ができるようになっている今日、それがひとたびデータベースに登録されると、その者の行動は過去のデータに遡って正確に追跡でき、その後は継続的に監視することが可能となることともあいまって、個人の精神的自由、行動の自由に対する重大な脅威となる。EUで公共の場所における不特定多数の者を対象とする顔認証システムの利用が原則禁止され、またアメリカ合衆国で州法等による法規制が進んでいるのは、同様の問題意識からである。


我が国においても、民間事業者の場合も含め、顔認証システムの利用は、必要性及び相当性を慎重に検討した厳格な法律の定めに基づき行われるべきである。また、他の方法を選ぶことが困難である公共性の高い空間における顔認証システムの利用は、利用者が同意しない場合、立法によっても容易に正当化されがたいことも考え合わせると、鉄道事業者による顔認証システムの利用は直ちに中止されるべきである。



 2021年(令和3年)11月25日

日本弁護士連合会
会長 荒   中