低賃金労働者の生活を支え、コロナ禍の地域経済を活性化させるために最低賃金額の引上げと全国一律最低賃金制度の実施を求める会長声明


新型コロナウイルスの感染拡大により、経営基盤が脆弱な多くの中小企業が倒産、廃業に追い込まれる懸念が広がる中、最低賃金の引上げが企業経営に与える影響を重視して引上げを抑制すべきという議論が多数を占め、中央最低賃金審議会は、2020年度の地域別最低賃金額の引上げ額について目安額の提示を見送った。これを受けて、各地の審議会も引上げ額を抑制し、東京都、大阪府、京都府、静岡県、広島県、北海道、山口県が引上げなしとなり、他の地域も1円ないし3円の引上げにとどまった。


しかし、労働者の生活を守り、新型コロナウイルス感染症に向き合いながら経済を活性化させるためにも、最低賃金額の引上げを後退させてはならない。フランスでは、2021年1月に10.15ユーロ(約1320円)から10.25ユーロ(約1333円)に引き上げられた。ドイツでは、2021年1月に9.50ユーロ(約1235円)へ引き上げられ、さらに同年7月から9.60ユーロ(約1248円)へ、2022年1月に9.82ユーロ(約1277円)へ、同年7月に10.45ユーロ(約1359円)へ引上げとなることが決定された。イギリスでも、2021年4月から成人(25歳以上)の最低賃金が8.72ポンド(約1325円)から8.91ポンド(約1354円)に引き上げられた。このように多くの国で、コロナ禍で経済が停滞する状況下においても最低賃金の引上げが実現しており、我が国でも2021年度の大幅引上げが必要である。


最低賃金の地域間格差が依然として大きく、しかも拡大していることは重大な問題である。2020年の最低賃金は、最も高い東京都で時給1013円であるのに対し、最も低い7県は時給792円であり、221円の開きがある。最低賃金の高低と人口の転入出には強い相関関係があり、最低賃金の低い地方の経済が停滞し、地域間の格差が縮まるどころか、むしろ拡大している。都市部への労働力の集中を緩和し、地域に労働力を確保することは、地域経済の活性化のみならず、都市部での一極集中から来る様々なリスクを分散する上でも極めて効果がある。


地域別最低賃金を決定する際の考慮要素とされる労働者の生計費は、最近の調査によれば、都市部と地方の間で、ほとんど差がないことが明らかになっている。これは、地方では、都市部に比べて住居費が低廉であるものの、公共交通機関の利用が制限されるため、通勤その他の社会生活を営むために自動車の保有を余儀なくされることが背景にある。そもそも、最低賃金は、「健康で文化的な最低限度の生活」を営むために必要な最低生計費を下回ることは許されない。労働者の最低生計費に地域間格差がほとんど存在しない以上、全国一律最低賃金制度を実現すべきである。


最低賃金引上げに伴う中小企業への支援策について、現在、国は「業務改善助成金」制度により、影響を受ける中小企業に対する支援を実施している。しかし、中小企業にとって必ずしも使い勝手の良いものとはなっておらず、利用件数はごく少数である。我が国の経済を支えている中小企業が、最低賃金を引き上げても円滑に企業運営を行えるように充分な支援策を講じることが必要である。具体的には、諸外国で採用されている社会保険料の事業主負担部分を免除・軽減することによる支援策が有効であると考えられる。


コロナ禍で地域経済が停滞している状況ではあるが、最低賃金の引上げには地域経済を活性化させる効果もある。当連合会は、国に対し中小企業への充分な支援策を求めるとともに、各地の地方最低賃金審議会において最低賃金額の引上げを図り、労働者の健康で文化的な生活を確保し、地域経済の健全な発展を促すためにも、中央最低賃金審議会が、本年度、地域間格差を縮小しながら全国全ての地域において最低賃金の引上げを答申すべきことを求めるものである。



 2021年(令和3年)5月14日

日本弁護士連合会
会長 荒   中