コロナ危機に際し、「全世代型社会保障改革の方針」の抜本的見直し等を求める会長声明


政府は、2020年12月15日、全世代型社会保障検討会議の最終報告である「全世代型社会保障改革の方針」(以下「方針」という。)を閣議決定した。


「方針」は、「全世代型社会保障改革の基本的考え方」として、「目指す社会像は、『自助・共助・公助』そして『絆』である」と宣言し、それに基づいた社会保障制度の見直しを通じて全ての世代が安心できる社会保障制度を構築するとしている。その上で、①少子化対策と②現役世代の負担上昇を抑えるための高齢者医療の見直しという2つの「改革」に取り組むことにより、全ての世代が公平に支え合う「『全世代型社会保障』への改革」を前進させるとする。そして、今国会において、「方針」を踏まえ、全世代対応型の社会保障制度を構築するための健康保険法等の一部を改正する法律案といった関連法案及び予算案の審議が進められつつある。


しかしながら、日本では、新型コロナウイルス感染症の問題が生じる前ですら、非正規労働者が全労働者の4割近くを占め、年収200万円未満で働く労働者も2019年の時点で1800万人を超え、全労働者の33%にあたるという状況にあった。


そのような中、コロナ禍という大きな危機に直面して、就業者数及び雇用者数は前年同月に比べて10か月連続で減少、完全失業者数は前年同月に比べて12か月連続で増加し(2021年3月2日付け総務省統計局「労働力調査」)、非正規雇用労働者、中でも女性が深刻な打撃を受け、新型コロナウイルス関連倒産が1000件を超える(2021年3月11日、帝国データバンク)など、労働者・事業者の生活が危機に瀕し、2020年には11年ぶりに自殺者が増加する状況となっている。しかも、株価はバブル期以来の30年ぶりの高値を記録するなどし、貧富の格差の拡大が加速している。


このような社会情勢の中では、年金、医療、生活保護だけでなく、雇用、子育て、教育、住宅なども含めた労働法制、社会保障制度の充実が必要なはずである。


一方、「方針」が目指すような公助より先に自助・共助が求められる社会像は、国の責任を、「家族や地域で互いに支え合う」ことを通じた個人の自立の支援に矮小化するものであり、国による生存権保障及び社会保障制度の理念そのものを否定するに等しく、日本国憲法25条1項及び2項に抵触するおそれがある。また、自助ないし自己責任の強調は、貧困と格差が拡大する現状とその社会構造的要因を看過するものであって、貧困と格差の一層の拡大をもたらすものである。


当連合会は、派遣切りが頻発し、リーマン・ショック下で生活困窮者が続出した2008年、貧困拡大の主たる要因は、構造改革政策の下で労働法制と社会保障制度が後退したことにある旨を指摘し、その後も、「自助」「共助」が強調されて社会保障費が削減され、労働分野の規制緩和が進み自由競争が強まっている社会においては、自助ないし自己責任では尊厳ある生存の維持が困難となっていることを繰り返し指摘してきた。


「方針」に示された改革には、「自助」「共助」を強調する一方で、非正規雇用への置換えが進んだこと等により不安定就労と低賃金労働の拡大をもたらした労働法制の劣化、自己負担増と給付削減による社会保障制度の劣化という構造的要因による貧困を改善する方向性は見られず、低所得層と富裕層・大企業の間で拡大する格差を是正して「負担の公平」を図るための方策や、税と社会保障による所得再分配強化の全体像、実現行程などが示されていない。このままでは、全ての世代が安心できる社会保障制度を構築するどころか、社会は破綻へと向かいかねない。


コロナ禍により労働法制や社会保障制度の劣化による弊害が顕在化し、貧困と格差が拡大している今こそ、憲法25条の理念に立ち返り、労働法制、社会保障制度、税制の全体を見直すべき時である。そこで、当連合会は、国に対し、時機を逸することなく、「方針」を抜本的に見直し、出産・育児休業、家族給付などの給付の拡充、公営住宅の増設と家賃補助制度の新設、窓口負担のない税方式による医療・介護・障害福祉サービス、最低賃金の大幅引上げと全国一律化、同一価値労働同一賃金の実現、失業時の所得保障及び職業訓練制度の抜本的充実、高等教育までの全ての教育の無償化、大企業及び投資家などに適用される種々の優遇税制の見直し、実効的なタックス・ヘイブン対策など、普遍主義の社会保障・人間らしい労働と税の公正な分配等の理念を明示した、真に全世代が支え合えるグランドデザイン(全体構想)を策定し、誰もが個人として尊重され、人間らしく働き生活できる、危機に強い社会の構築へと舵を切ることを求める。




 2021年(令和3年)3月17日

日本弁護士連合会
会長 荒   中