新型コロナウイルス感染症にかかる介護報酬の特例措置における利用者負担の撤回と公費による財政的支援の拡充を求める会長声明


国は、新型コロナウイルスの感染防止に取り組む介護事業所の財政支援として、実際のサービス提供時間よりも長時間のサービスを提供したものとみなし、介護報酬を支給する特例措置を設けたが、この特例措置の適用に当たっては、利用者にも負担を求めるとしている。なお、この特例措置は、新型コロナウイルスの収束が実現しない状況の下、現在も継続されている。


新型コロナウイルスの感染拡大により、介護事業所は新たに感染防止策を講じることを余儀なくされており、その負担軽減のための財政的支援は必要である。しかしながら、特例措置の適用条件として、利用者に負担を求めることは不適切である。


利用者の立場からすると、受けていないサービスについて自己負担を求められることになり、介護保険の基本理念である「利用者本位」「利用者による選択(自己決定)」の趣旨にも反し不合理である。この点、制度としては、特例措置に同意をするか否かは利用者の任意であり、同意しなければ利用者は追加的な負担なく、それまでと同様のサービスの提供を受けられるとされている。しかし、現に利用し、今後の利用も予定している介護事業所から同意を求められた場合に、同意を拒否することが事実上難しいことは、容易に想定される。介護事業所と利用者の対等の関係が保障されているとは言い難い現状において、利用者に安易に同意を求めることは結果的に同意を強いることにつながりかねず、高齢者の権利擁護にもとると言わざるを得ない(1999年(平成11年)7月23日付け「介護保険実施に向けての緊急提言の実現に関する申入れ」)。


さらに、介護事業所の立場からも、提供していないサービスについて利用者に負担を求めることを躊躇することは十分に考えられ、現にそのような例は少なくないと報道されている。また、特例措置への同意は利用者の任意であるとしても、結果として利用者間の公平に反することになることから、介護事業所がそのような状況になることを避けるため、特例措置の適用を断念せざるを得なくなる。介護事業所が特例措置の適用を躊躇ないし断念することになれば、新型コロナウイルスの感染防止に取り組む当該事業所に対する財政的支援という特例措置の目的を達することはできない。このように、提供されるサービスとは直接関係のない特別の負担について、利用者の同意を求めることは、「措置から契約」に移行した福祉サービス提供に関する公的責任の更なる後退につながりかねない(2001年(平成13年)11月9日付け「高齢者・障害者の権利の確立とその保障を求める決議」)。


そもそも新型コロナウイルスの感染防止は当該介護事業所やその利用者だけの問題ではなく、国民全体に関わる国の公衆衛生の問題であって、一部の当事者に負担を求めて対応すべき問題ではない。


当連合会は、高齢者の権利擁護のために速やかに前記特例措置の適用条件として利用者の負担を求めることを改め、介護事業所に対して公費により新型コロナウイルス感染症対策に必要な財政的支援を拡充することを強く求めるものである。



 2020年(令和2年)10月30日

日本弁護士連合会
会長 荒   中