「湖東事件」再審無罪判決に関する会長声明
本日、大津地方裁判所は、いわゆる「湖東事件」について、西山美香氏に対して、再審無罪判決を言い渡した。
本件は、2003年(平成15年)5月22日、滋賀県愛知郡湖東町(当時)所在の病院に看護助手として勤務していた西山氏が、同病院に重篤な症状で入院していた患者に装着された人工呼吸器のチューブを引き抜き、急性低酸素状態により死亡させて殺害したとされた事件である。西山氏は、捜査段階で自白し、公判では否認に転じたものの、一審の大津地方裁判所は懲役12年の有罪判決を言い渡した。その後控訴、上告がなされたが、2007年(平成19年)5月21日に、一審の有罪判決が確定した。
西山氏は、再審請求手続で、患者の死因や自白の信用性を争い、2017年(平成29年)12月20日、大阪高等裁判所は、新旧証拠の総合評価を行い、患者が自然死した合理的疑いが生じたとして、本件の再審開始を決定した。昨年3月18日、最高裁判所第二小法廷も検察官の特別抗告を棄却し、今回の再審公判が開かれた。再審公判手続では、人工呼吸器の管内での痰の詰まりにより患者が心臓停止した可能性もあるとする解剖医の所見が記載された捜査報告書などが新たに開示された。
今回の判決は、患者が人工呼吸器の管の外れに基づく酸素供給欠乏により死亡したと認めるに足りる証拠はなく、かえって、患者が低カリウム血症による致死性不整脈等、上記以外の原因で死亡した具体的な可能性があるとし、事件性を認めるに足りないとした。そして、西山氏の自白についても、信用性に疑いがあるのみならず、防御権の侵害や不当な捜査手続によって誘発された疑いが強く、任意性にも疑いがあるとし、証拠排除した。このように、今回の判決は、確定審における判断の誤りを明確に指摘したものであって、当連合会としてもこれを評価する。
他方、検察官は、再審公判において、当初は西山氏の有罪を主張立証する方針を示し、後に新たな有罪立証を断念したものの、無罪判決を求めるわけでもなく、「取調済みの証拠に基づき、適切な判断を求める」とだけ述べて、従前の主張にいたずらに固執しているようにも見受けられる。このような検察官の態度は、公益の代表者としてふさわしいとは言い難い。
本件は、いわゆる供述弱者に対する取調べの在り方、捜査機関による証拠隠し、科学的知見の軽視や自白の偏重など、我が国の刑事司法制度が抱える構造的な問題点を改めて浮き彫りにした。当連合会は、西山氏のようなえん罪被害を救済し、えん罪を防止するため、取調べ全過程の可視化、取調べの弁護人立会い、全面的証拠開示、再審開始決定に対する検察官の不服申立て禁止をはじめとした制度改革の実現を目指して、全力を尽くす決意である。
2020年(令和2年)3月31日
日本弁護士連合会
会長 菊地 裕太郎