「松橋事件」即時抗告審決定に関する会長声明

本日、福岡高等裁判所第1刑事部(山口雅髙裁判長)は、いわゆる「松橋(まつばせ)事件」に関する再審請求事件につき、2016年(平成28年)6月30日に熊本地方裁判所において出された再審開始決定(以下「原決定」という。)を維持し、検察官の即時抗告を棄却する決定をした(以下「本決定」という。)。当連合会は、原決定を維持し、再審開始を認めた本決定を、高く評価するものである。

本件は、1985年(昭和60年)1月6日、申立人が、熊本県下益城郡松橋町(現在の熊本県宇城市)所在の被害者宅において、切出小刀で被害者を殺害したとされた事件である。

申立人は、長時間にわたる任意取調べの末、否認から自白に転じて逮捕、起訴されたものの、一審の途中で明確に否認に転じ、その後は一貫して無罪を主張してきた。

しかし、熊本地方裁判所は、申立人の捜査段階における自白の任意性・信用性を認め、懲役13年の有罪判決を言い渡し、その後、控訴、上告はなされたが、一審の有罪判決が確定した。

申立人は、有罪判決確定後も一貫して無実を訴えてきた。当連合会は、2011年(平成23年)8月18日、再審請求の支援決定を行い、申立人は、服役後の2012年(平成24年)3月12日、熊本地方裁判所に再審請求を行った。

これに対して原決定は、申立人と犯行を直接結び付ける証拠は、捜査段階における自白以外に存在しないと認めた上で、弁護人らが提出した多くの新証拠に新規性を認めた。そして、明白性の判断において、①申立人が凶器の小刀に血液が付着しないように巻き付け、事件後燃やしたと供述していた布片が存在し、同布片の全てを合わせるとほぼ完全な形で1枚のシャツが復元されること、同布片には血液の付着もなかったことから、自白は体験に基づく供述ではないとの合理的疑いが生じること、②凶器とされた小刀では被害者の創傷は成傷し得ない合理的な疑いがあることなどから、申立人の自白の核心となる部分が動揺し、確定判決の事実認定には合理的疑いが生じているとして、再審開始を決定した。

この原決定に対して、検察官は即時抗告を申し立てたが、本決定は、申立人の犯人性を示す証拠は自白以外にはないとした上で、①申立人は、自白において、小刀を巻き付けたとされる布片を明確に特定して、これを他の布片と取り違えて供述したとは考え難いこと、②凶器とされた小刀と被害者の創傷が矛盾していることなどから、新旧証拠の総合評価により、自白全体の信用性を否定して、再審開始決定を維持したものである。

申立人は、今年84歳の高齢である。申立人が生存しているうちに、本件がえん罪であることを明らかにして、救済をなすことが急務である。

当連合会は、検察官に対し、特別抗告を行うことなく、本件を速やかに再審公判に移行させるよう強く求める。

また、当連合会は、これからも、申立人が無罪となるための支援を続けるとともに、取調べ全過程の可視化、再審請求事件における全面的証拠開示をはじめとした、えん罪を防止するための制度改革の実現を目指して、全力を尽くす決意である。


 

  2017年(平成29年)11月29日

日本弁護士連合会      

 会長 中本 和洋