相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チームの中間とりまとめに関する会長声明
本年7月26日に神奈川県相模原市で発生した障害者支援施設における殺傷事件(以下「本件事件」という。)に関し、政府が設置した「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」(以下「検討チーム」という。)は、9月14日、本件事件における措置入院先の病院の判断・対応、措置解除に関わる市の対応及び施設における防犯対策等を検討した中間とりまとめを発表した。
中間とりまとめでは、検討チームに課せられた使命として、差別や偏見のない、あらゆる人が共生できる包摂的な社会を作ることが重要であり、いかなる社会を新たに実現していくことが必要なのかを提案することであると述べている点は、評価できる。
しかし、検討チームは、そのような使命があるにもかかわらず、あらゆる人が共生できる包摂的な社会がどうあるべきかという側面からの検討を十分に行っているとは言えない。検討チームが把握した事実関係によると、被疑者は、「障害の重い人は死んだ方がよい」、「みんなも本当はそう思ってる」などと話しており、被疑者には障がいのある人に対する強い差別意識があったことが窺われる。中間とりまとめも指摘するように、一般的に大麻の吸引のみで本件のような言動をもたらす可能性が低いということを前提とすれば、被疑者の差別意識も今回の事件の一つの要因であった可能性を否定できない。したがって、再発防止のためには、被疑者の差別意識がどのように形成されたのか、とりわけ、差別意識形成の過程で、私たちの社会に根強く存在すると言われる社会的な差別意識や偏見が影響を与えていないのか、そして障害者支援施設に勤務しながら、なぜ、差別意識を持ち続けたのか、職場ではどのような対応がなされていたのかという点についても、検証することが必要であり、それらの検証なくして実効的な再発防止策を検討することは困難である。
そして、上記の視点から検証をするためには、障がいのある人の当事者団体や社会学の研究者、人権問題に取り組む専門家から、障がいのある人に対する社会的な差別意識や偏見の実情についてのヒアリングを行うとともに、被疑者の周囲にいた人から生活環境や就労状況、被疑者の就職後の言動やそれに対する周囲の対応や労働環境についても聴き取りを行うことが必要である。
ところが、検討チームは、そのような検証を行うことなく、緊急措置入院までの対応から措置解除後の対応までの本件事件における措置対応の在り方や施設の防犯対策を検討課題とし、そこから「現行制度の運用面の見直しのみならず、制度的対応が必要不可欠である」と述べており、現行の措置入院制度の課題のみを再発防止策と結びつけている。このことは、精神障がいのみを本件事件の原因とする印象を与え、精神障がいのある人に対する差別や社会的偏見を助長しかねないだけでなく、医療や福祉に犯罪の予防という保安的側面を背負わせ、障がいのある人に対する監視を強めることになりかねない。
2014年1月20日に日本が批准した障害者権利条約(以下「権利条約」という。)は、「あらゆる人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有」を目指すものであり、当連合会も国に対し、障がいのある人への差別をなくし、障がいのある人の権利が保障される社会の構築に向けて、権利条約の完全実施に向けての取組を強化することを求めてきた。検討チームにおいては、中間とりまとめで挙げられた課題の具体化にとどまらず、社会的な背景としての差別意識の存否やその影響についても検証した上で、検討チームの使命に即した再発防止策を検討されるよう要望するものである。
2016年(平成28年)11月14日
日本弁護士連合会
会長 中本 和洋