生活保護費をプリペイドカードで支給するモデル事業の中止を求める会長声明
大阪市は、本年4月1日から、生活保護費の一部をプリペイドカードで支給するモデル事業(以下「本モデル事業」という。)を始めると発表した。本モデル事業では、生活保護利用者(希望者)にクレジットカード会社が発行するプリペイドカードを配布することとされている。
しかし、生活保護法31条1項本文は「生活扶助は、金銭給付によって行うものとする。」と規定して、金銭給付を原則としているところ、プリペイドカードは特定の加盟店で使用されるカードであって金銭ではないから、生活保護費をプリペイドカードで支給することは、生活保護法31条1項に反し、違法である。
すなわち、生活保護法31条1項本文が金銭給付を原則とした趣旨は、生活保護費の使途は自由であることを確認した福岡高等裁判所平成10年10月19日判決(最高裁第三小法廷平成16年3月16日判決により確定)が判示したとおり、 生活保護制度の目的が、憲法25条の生存権保障を具体化し、人間の尊厳にふさわしい生活を保障することにあり、人間の尊厳にふさわしい生活の根本は、人が自らの生き方ないし生活を自ら決するところにあるからである。このような生活保護法31条1項本文の趣旨に照らせば、例外として現物給付によって行うことができる旨定める同条項ただし書きは厳格に解釈されるべきである。そうすると、プリペイドカードはサービスや財そのものでもないから、現物給付にも当たらないし、同条項ただし書がいう「これによることができないとき」、「これによることが適当でないとき」及び「その他保護の目的を達するために必要があるとき」のいずれにも当たらないから、本モデル事業が生活保護法31条1項ただし書によって許容されるものでないことも明らかである。
この点、本モデル事業は生活保護利用者の同意に基づくものとされているが、上述のとおり、プリペイドカードによる生活保護費の支給は生活保護法31条1項が規定する金銭給付及び現物給付のいずれにも該当しない以上、同意があることによって同条項違反の問題が解消されるという文理解釈はあり得ない。また、ケースワーカーと生活保護利用者の現実の力関係の中で、事実上同意が強制されるおそれが高いことからすると、同意があれば金銭給付の例外が認められるという解釈は、同条項の趣旨に反することが明らかである。
また、上記事業については、カードを配布された生活保護利用者が同カードの加盟店あるいはインターネット上で物品やサービスを購入すると、利用状況やチャージ残高を電子メールやインターネットで確認することが可能になり、生活保護の実施機関は、必要に応じて利用状況を照会し、そのデータを生活保護利用者に対する家計支援に活用するとの説明がなされている。
しかし、これでは、いつ、どこで、何を購入したのか、食生活から趣味嗜好に至る個人情報が生活保護の実施機関に把握されることになり、生活保護利用者のプライバシー権・自己決定権(憲法13条)に対する著しい侵害となる。また、プリペイドカードは加盟店でしか利用できない点などにおいて著しく不便なだけでなく、アレルギーやその他の疾病のため特定の店舗等でしか生活必需品を入手できない生活保護利用者にとっては生命や健康の危険が生じかねない。加えて、本モデル事業特有のプリペイドカードが交付されることとなれば、利用のたびに生活保護利用者であると分かり、生活保護に対するスティグマ(世間から押しつけられた恥や負い目の烙印)を助長するおそれがある。
本モデル事業を大阪市と協定して実施するカード会社は、「今回のモデル事業を通じ、大阪市同様に全国の自治体への展開を進め」ることを宣言しており、上述のとおり違法な本モデル事業が全国の自治体へ波及するおそれがあることからすれば、これを単なる一自治体の問題として軽視することはできない。
よって、当連合会は、本モデル事業の実施を中止し、速やかに撤回することを強く求める。
2015年(平成27年)2月27日
日本弁護士連合会
会長 村 越 進