「時代に即した新たな刑事司法制度の基本構想」に関する会長声明

本日、法制審議会の新時代の刑事司法制度特別部会は、「時代に即した新たな刑事司法制度の基本構想」(以下「基本構想」という。)を公表した。
 

 

基本構想では、被疑者取調べの録音・録画制度の導入について、一定の例外事由を定めつつ原則として全過程について録音・録画を義務付ける制度案と、録音・録画の対象とする範囲を取調官の一定の裁量に委ねる制度案を念頭に置いて、具体的な検討を行うとされている。また、被疑者以外の参考人の取調べについては、被疑者取調べの録音・録画制度についての具体的な検討結果を踏まえつつ、必要に応じてさらに同部会で検討を加えるとされている。

 

違法・不当な取調べを抑止するとともに、事実に反する内容の供述証拠によるえん罪の発生を防止するためには、捜査機関に取調べ全過程の録音・録画を義務付ける制度が必要不可欠である。基本構想が取調べの録音・録画制度の導入を今後の具体的な検討課題として位置付け、念頭に置く制度案として、第一に被疑者取調べの全過程について録音・録画を義務付ける制度案を挙げている点は評価することができる。他方、録音・録画の対象範囲を取調官の裁量に委ねる制度案については、録音・録画の実施を録音・録画されるべき立場にある取調官の裁量に委ねることによって、違法・不当な取調べを抑止することができないことは明白であり、到底これを容認することはできない。そこで、今後、同部会においては、被疑者取調べの全過程の録音・録画を義務付ける制度案を採用することを前提に、対象事件の範囲及び参考人取調べの取扱いについてさらに具体的な検討が進められるべきである。

 

なお、同部会で当初示された基本構想の部会長試案では、取調べ全過程の録音・録画を義務付ける対象事件を裁判員裁判対象事件のうち被疑者が身体を拘束されている事件に限定するかのような制度案が示されていたが、そのように対象事件を狭く限定することを批判する意見が同部会において相次いだため、対象事件の範囲についてはさらに同部会で検討を加えることとされた。違法・不当な取調べを抑止する必要があるのは裁判員裁判対象事件に限られるものではなく、厚生労働省元局長事件やパソコンの遠隔操作による脅迫メール事件などのえん罪事件の再発防止策としても、より広範な事件が取調べ全過程の録音・録画の対象とされなければならない。

 

 

また、基本構想では、被疑者・被告人の身体拘束に関し、勾留と在宅の中間的な処分を設けること及び被疑者・被告人の身体拘束に関する適正な運用を担保する指針となるべき規定を設けることについて、採否も含めた具体的な検討を行うとされている。

 

刑事訴訟法は被疑者・被告人の身体拘束を例外的なものとしているにもかかわらず、従来の刑事司法では、原則と例外が逆転した運用が行われてきた。このような身体拘束制度の在り方の改善が基本構想において検討課題として取り上げられたことも、評価することができる。今後、身体拘束がきわめて重大な人権制限であることを踏まえて、身体拘束制度の在り方を改善するための具体的な検討が進められるべきである。

 

 

さらに、基本構想は、被疑者国選弁護制度の対象を被疑者が勾留された全事件に拡大することについて具体的な検討を行うとするとともに、逮捕段階において弁護人の援助を得る仕組みを設けることについて、必要に応じてさらに同部会で検討を加えるとしている。

 

また、基本構想は、証拠開示の適正な運用に資するよう、検察官が保管する証拠の標目等を記載した一覧表を交付する仕組みについて、採否も含めた具体的な検討を行うとしている。

 

当連合会がこれまで「新たな刑事司法制度の構築に関する意見書」の「(その1)」ないし「(その3)」を通じて指摘してきたとおり、えん罪を防止するためには、被疑者取調べへの弁護人の立会いを認める制度や捜査機関が作成または入手した全ての証拠を開示する全面証拠開示制度等の導入が必要不可欠であり、基本構想が検討課題としている制度の導入のみでは未だ不十分である。


ともあれ、少なくとも基本構想が検討課題とした被疑者国選弁護制度の拡大、逮捕段階において弁護人の援助を得る制度及び証拠の標目一覧表交付制度については、今後、喫緊の課題として導入に向けた検討が進められるべきである。

 

 

なお、基本構想は、通信傍受をより効果的・効率的に活用するための通信傍受法の改正について具体的な検討を行うとするとともに、新たな捜査手法である会話傍受について、採否を含めて具体的な検討を行うとしている。

 

しかし、「新たな刑事司法制度の構築に関する意見書(その4)」において指摘したとおり、通信傍受は、通信の秘密を侵害し、個人のプライバシーを侵害する捜査手法であるから、その対象を安易に拡大するべきではないし、会話傍受は、個人のプライバシーを著しく侵害する危険性の大きい捜査手法であるから、導入するべきではない。

 

今後、通信傍受の拡大及び会話傍受の導入に関しては、プライバシー侵害の危険性を十分に踏まえた慎重な議論がなされるべきである。
 

 

法制審議会に新時代の刑事司法制度特別部会が設けられたのは、厚生労働省元局長事件等を通じて、我が国の刑事司法において、取調べ及び供述調書への依存が重大な人権侵害を引き起こしてきた実態が明らかになったことを受け、新たな刑事司法制度を構築するためである。

 

このような同部会が設置された趣旨に鑑みれば、今後の具体的な議論も、従来の刑事司法制度を抜本的に見直し、取調べ及び供述調書への依存から脱却するとともに、無辜の不処罰の優先性を明確にした制度を構築する見地から進められなければならない。

 

当連合会は、今後とも、えん罪を生まない新たな刑事司法制度を実現するために全力を尽くす決意である。

 

2013年(平成25年)1月29日

日本弁護士連合会
会長 山岸 憲司