被災ローン減免制度(個人版私的整理ガイドライン)の更なる積極活用を求める会長声明-運用開始から1周年を迎えるにあたって-

東日本大震災直後から、担保物件である建物等が津波等によって滅失したにもかかわらず住宅のローン等が残ってしまう「不合理な債務」、「被災ローン」の問題は、多くの被災者にとっての懸案となっていた。阪神・淡路大震災後も、この「不合理な債務」問題が被災者や地域の復興を大きく妨げたと指摘されている。



避難所や被災地において実施してきた法律相談においても、こうした債務の悩みが突出して多いことなどを受けて、当連合会は、この問題を制度的に解決する施策の実施を各方面に働きかけてきた。この働きかけを一つの契機として、2011年7月に当連合会のほか、金融庁、金融機関、最高裁、有識者等によって構成される研究会によって「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」が制定され、同年8月22日より同ガイドラインに基づくADRによる債務整理の運用が開始された。間もなく、この運用開始から1周年が経過しようとしている。



同ガイドラインを利用した債務整理には、信用情報登録等や保証人への請求といった不利益を回避しつつ、弁護士等の登録専門家の助けを受けながら債務の減免を得ることができるといった大きなメリットがあり、多くの被災者の生活再建に役立つものと期待された。当初は、運用面において被災者の利用抑制をもたらす部分もあったが、その後、仮設住宅入居者への制度適用の明確化、手元に相当額の生活再建資金を残すことができるといった数度にわたる運用改善も行われてきた。



しかし、残念ながら、現状ではこの制度が多くの被災者に利用されているとはいえない状況にある。この制度を利用して成立した債務整理件数は、本年7月27日現在でいまだ43件にすぎない。



利用が進まない最も大きな原因は、被災者やその周囲の人たちの間でこの制度がまだ十分に知られていないことにある。一般社団法人個人版私的整理ガイドライン運営委員会はもちろん、金融庁、報道機関、地方公共団体等は、この制度の利用に関する情報を被災者に届けるためにより一層の創意工夫が求められている。当連合会も、本ガイドラインの内容を被災者に伝えやすくするため、通称「被災ローン減免制度」と呼ぶこととし、チラシの作成・配布や、さまざまなメディアを利用した広報活動等に取り組んでいるところであるが、今後は更にその活動を強化する予定である。



また、当該債務の債権者でもある金融機関に求められている役割も大きい。この間、多くの被災者が当該ローンの減免を受けず、単に返済のリスケジュールのみを行い、結果として、本来ならば生活再建資金に充てられるはずの義援金や生活再建支援金といった資金が債務の返済に充当されている例も散見される。債務者にもっとも身近な相談窓口であるとともに、公的資金も注入されている金融機関においては、その社会的責任として、被災者に対し私的整理ガイドラインによる減免制度を知らせ、その積極利用をサポートする義務を負っているというべきである。金融機関の監督指導権限を持つ金融庁も、2012年7月24日付け金融庁監督局長通知(金監第1894号)において、「金融機関は、債務者の状況を一層きめ細かく把握し、当該債務者に対してガイドライン利用のメリットや効果等を丁寧に説明し、当該債務者の状況に応じて、ガイドラインの利用を積極的に勧めること。」として金融機関に対し被災者に対する被災ローン減免制度の紹介等を求めているが、引き続き、金融機関がこのような姿勢を持って被災ローン減免制度の積極活用に取り組んでいるか十分監督するとともに、適切な指導をすべきである。



「不合理な債務」から被災者を解放することは、被災者が人間らしい生活を取り戻すために極めて重要である。また地域経済の復興のためにも、不可欠な過程である。今後各地で集団防災移転等が始まり、土地の抵当権抹消等のために被災ローン減免制度を活用することによって初めて円滑な解決が実現される事案も少なくないであろう。



また、より多くの被災者に被災ローン減免制度を活用してもらうためには、本制度自体が、被災者にとって利用しやすいものでなければならない。そのためには、現実に被災者の支援を通して被災者の生の声に接し、被災地の実情も熟知している被災地の登録専門家等弁護士の意見が同制度の運用に適切に反映される体制を構築することや、被災地に決裁権限のある専門家が常駐する個人版私的整理ガイドライン運営委員会の事務所を設置し、被災者の声を直接反映する体勢を整えるとともに被災者にとって身近な制度とすることも必要である。



本制度の運用開始から1周年を迎えようとする今、改めて関係者・関係諸機関が本制度の積極活用に向けた取組を行うことが必要である。当連合会も、被災ローン減免制度が被災者の役に立つものとなるよう、今後も全力を尽くす所存である。



2012年(平成24年)8月3日

日本弁護士連合会
会長 山岸 憲司