生活保護制度に関する冷静な報道と慎重な議論を求める会長声明
1 現在、人気タレントの親族が生活保護を利用していたという報道を契機として、テレビや週刊誌を中心に、生活保護制度に関連したバッシング報道が過熱している。また、報道機関のみならず、国会議員が公然と関係者の個人名等を挙げ、批判に及ぶ事態も生じている。
生活困窮者はDVや虐待など親族関係に問題を抱えていることが少なくなく、扶養を強制することは保護の間口を大幅に狭めてしまうことなどから、現行生活保護法は、扶養を保護の要件としていない。上記の糾弾は、こうした点についての正確な理解を欠いたまま、不正(又は不適正)受給を強調し、あたかも生活保護制度全般、制度利用者全般に問題があるかの論調に変化してきている。
2 このような事態に際し、政府は、生活保護制度を適正に運営するため、本来、先導して報道機関及び国民に対し冷静な対応を呼び掛けるべき立場にある。
しかし、2012年(平成24年)5月25日、小宮山洋子厚生労働大臣は、事実上扶養を生活保護利用の要件とする法改正や生活保護基準の引下げを検討する考えを示した。
生活保護法改正を含めた生活困窮者支援の在り方については、2012年(平成24年)5月から社会保障審議会に生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会が設けられ、同部会において有識者らによる検討が始まったばかりであり、生活保護基準については、2011年(平成23年)2月から社会保障審議会の生活保護基準部会において学識経験者らによる検討が進められているところである。厚生労働大臣の発言は、こうした専門部会の存在意義を否定するものといわざるを得ない。
このような政府の態度は、バッシング報道に乗じて拙速な法改正や基準引下げを強行しようとしているという疑いを招きかねず、問題が大きい。
3 上記のような報道や言論の背景には、生活保護の不正受給が増加しているとか、その利用者の増加が問題であるとの見方があると思われる。
もちろん不正受給自体は許されるものではないが、「不正受給」は金額ベースで0.4%弱で推移しており、近年目立って増加しているという事実はない。生活保護利用者のほとんどは、疾病や失業、低賃金、低年金といった事情からやむなく、制度を利用しているのである。また、日本の生活保護制度の利用率は1.6%にすぎず、先進諸国(ドイツ9.7%、イギリス9.3%、フランス5.7%)に比べてむしろ異常に低い。捕捉率(生活保護利用資格のある人のうち現に利用している人の割合)は2~3割にすぎず、統計資料から見れば、不正受給(濫給)よりも、保護が必要な人に行き渡っていないこと(漏給)の方が、より大きな問題であるといえる。
そもそも、我が国では、雇用の崩壊と高齢化の進展が深刻であるにもかかわらず、雇用保険や年金等の他の社会保障制度が極めて脆弱である。そのような社会の構造と現在の経済情勢の下では、生活保護利用者が増えるという事態は当然のことであり、雇用保険や年金等の生活保護制度の手前にある社会保障制度の整備こそが急務である。
4 生活保護制度は、憲法25条の生存権保障を具体化し、「最後のセーフティネット」として、我が国で暮らす全ての人の健康で文化的な生活を保障する極めて重要な制度である。残念ながら、今年に入ってからも「餓死」や「孤立死」が相次いでいる中、こうした生活保護制度の役割は増しこそすれ、決して減ることはない。
当連合会は、報道関係各位に対し、正確な情報に基づく冷静な報道を呼び掛けるとともに、政府に対しては、制度改正に当たって慎重な議論と検討を行うことを求めるものである。
日本弁護士連合会
会長 山岸 憲司