食品中の放射性物質の自主検査に関する農林水産省食料産業局長通知に対する会長声明

農林水産省食料産業局長は、本年4月20日、食品産業団体に対し、「食品中の放射性物質に係る自主検査における信頼できる分析等について」と題する通知(農林水産省食料産業局長24食産第445号。以下「本件通知」という。)を発出した。同通知には、「過剰な規制と消費段階での混乱を避けるため、自主検査においても食品衛生法の基準値(中略)に基づいて判断するよう併せて周知をお願いいたします。」との記述があり、あたかも食品産業界が取り組む国よりも厳しい自主基準の設定の動きを牽制するかのような内容となっている。



これに関しては、同月23日に鹿野道彦農林水産大臣が記者団に対し「いろいろな取組をする人を否定するものではない」と語り、国の基準を強制はしないとの考えを示したとの報道がなされた。また、現在、農林水産省のホームページにおいても、同月24日の農相の記者会見の概要として、同様の内容が掲載されている。一方で、今後企業などに個別に自粛を求めていくなどとする農林水産省幹部の発言も同月25日付けの新聞で報じられている。



放射線が健康にもたらす影響、とりわけ低線量内部被ばくの影響については、科学的知見が十分でなく、また確率的なリスクであるとされていることから、個人や世帯によって対応が分かれることにも合理性が認められる。また、本年2月24日付け当連合会「食品新規制値案とこれに対する放射線審議会の答申等についての会長声明」に記載のとおり、食品中の放射性物質に関する国の新基準についても、内部被ばくのみに年間1ミリシーベルトの被ばく限度を割り当て外部被ばくを考慮していないなど、その妥当性に疑問が残るところである。したがって、消費者が、食品中の放射性物質について、国が定める基準よりも厳しい基準に基づき食品を選択することは、消費者の権利として認められるべきである。また、こうした消費者の求めに応じようとする生産者や流通業者の取組は、むしろ促進されるべきである。



さらに、当連合会は、昨年10月19日付けの「消費者の食品に対する安全・安心の確保のために放射性物質汚染食品による内部被ばくを防止する施策の実施を求める意見書」において、食品ごとに放射性物質の測定値、測定機器及び検出限界を表示する制度の導入を提言したが、食品産業界の自主的な取組を後押しし、より安全な食品を選びたいという消費者の選択の自由を確保するためにも、より一層、かかる表示制度の早期導入が望まれる。また、それを可能にするためには、自主検査に積極的に取り組もうとする民間業者等に対し検査機器導入のための補助金を交付するなどの財政支援措置も検討されてしかるべきである。



ところが、本件通知の内容は、食品産業界に対し国よりも厳しい基準を打ち出さないよう自粛を求めたものと受け取られかねない内容となっている。本件通知がこのまま放置された場合には、消費者の知る権利及びより安全な食品を選びたいという選択の自由が制限され、かつ、そのような消費者の期待に応えようとする食品産業界の自主的取組が萎縮させられるおそれがある。また、その結果、不安な消費者が一度でも基準超えのあった産地の食品を全て避ける、あるいは産地にかかわらず基準超えのあった食品群を全て避けるといった行動をとることも予想され、いわゆる風評被害を深刻化させるおそれもある。



また、放射性物質の含まれた食品を継続的に摂取し続けることによる低線量内部被ばくの影響のように、科学的に安全性が確認されていない事柄については、殊更に安全性を強調したり、国が政策的に定めた基準を消費者に押し付けたりすることなしに、消費者が安心できるよう網羅的、継続的な検査体制を敷いた上で、消費者に対し正確な情報を提供していくことが重要である。



よって、当連合会は、政府に対し、本件通知を速やかに撤回し、本件通知の意図が食品産業界による自主的な取組を一切否定するものでなく、国よりも厳しい基準を打ち出すことは当然に認められる旨を公的な形で表明することを求める。



さらに、政府に対し、むしろより積極的に、食品産業界による自主基準の導入を始めとする自主的な取組を制度的に後押しするような施策を実施することを求めるものである。

 

2012年(平成24年)5月11日

日本弁護士連合会
 会長 山岸 憲司