死刑執行の再開に反対し、精神障がいが疑われる死刑確定者に対する適切な医療措置と死刑執行停止を求める会長声明
裁判員裁判において市民が死刑求刑事件に関わるようになったことに加え、昨年は19年ぶりに死刑が執行されなかったことなどから、死刑の執行に対する注目が高まっている。こうした中で、小川敏夫法務大臣は、本年1月13日の就任会見時の死刑執行に関する質疑において、「その職責を果たしていく」と述べるなど、死刑執行の再開を示唆したと受け止められる発言を行い、また、千葉景子元法務大臣が法務省内に設置した「死刑の在り方についての勉強会」に関しても、見直す方向での発言をしたと伝えられている。
当連合会は、国に対し、死刑制度の存廃について国民的な議論が尽くされるまで死刑の執行を停止するよう、これまで再三にわたって要請してきた。また、当連合会は、昨年10月7日に開催した第54回人権擁護大会において、死刑のない社会が望ましいことを見据えて「罪を犯した人の社会復帰のための施策の確立を求め、死刑廃止についての全社会的議論を呼びかける宣言」を採択し、死刑制度が更生と社会復帰の可能性を完全に奪うという根本的問題を内包していること等を指摘し、国に対し、直ちに死刑の廃止について全社会的な議論を開始し、その議論の間、死刑の執行を停止することを改めて求めたところである。
死刑の廃止は国際的な趨勢であり、日本政府は、国連関係機関からも繰り返し、死刑の執行を停止し、死刑制度の廃止に向けた措置をとるよう勧告を受けている。そのような中で、全社会的な議論が尽くされるどころかその方針も立てられないまま、死刑の執行が再開されることがあってはならず、当連合会は、現状での死刑の執行に改めて強く反対する。
また、特に危惧されるのは、精神障がいが疑われる死刑確定者に対する死刑の執行による人権侵害の可能性である。当連合会は、法務大臣等に対し、精神障がいのある死刑確定者に対しては、まず何よりも適切な医療措置がとられるべきであり、さらに、自己の生命が刑事裁判によって絶たれることの認識能力がない「心神喪失」の状態にある者について死刑執行の停止を定めた刑事訴訟法第479条第1項によっても、死刑の執行がなされてはならないこと等を、人権救済申立事件に関して繰り返し勧告してきた。近時においても、昨年1月27日付けで袴田巌氏について、同旨の勧告を発したところである。2008年10月には国際人権(自由権)規約委員会も、日本政府に対し、いくつかの事例では、高齢者又は精神障がい者であるにも関わらず執行を行っていることについて懸念するとし、死刑制度自体についての検討のほか、高齢者ないし精神障がい者の死刑執行に関して、人道的なアプローチをとるよう考慮すべきことを、特に指摘して勧告している。
死刑確定者の中には、精神障がいが疑われており、上記の「心神喪失」の状態にあると懸念されている者が少なくない。しかしながら、現在、死刑確定者が「心神喪失」の状態にあるかどうかの判断は法務大臣に委ねられており、必要的な精神鑑定の制度も存在しないことから、専門的知見に基づく客観的に適正な判断がなされる保証はない。そのような現状のまま誤った死刑の執行がなされてしまっては、取り返しがつかない。
よって、当連合会は、国に対し、死刑廃止について全社会的な議論を開始し、その間死刑の執行を停止すること、とりわけ精神障がいが疑われる死刑確定者に対しては、何よりも適切な医療措置を優先し、万が一にも死刑の執行を行わないことを、強く求めるものである。
日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児