法務省政務三役「人権委員会の設置等に関する検討中の法案の概要」に関する会長声明

法務省政務三役は、2011年12月15日、「「人権委員会の設置等に関する検討中の法案の概要」の公表について」を発表した。これは、2011年8月2日に発表された「新たな人権救済機関の設置について(基本方針)」(以下「基本方針」という。)を受けて法務省が検討してきた、国内人権機関設置(仮称「人権委員会」)に関する法案の概要を示したものである。



国連の採択したパリ原則に沿った国内人権機関の設立は、日本の人権状況の改善のための焦眉の課題として国内及び国外で認識されているところであり、法案の概要(以下「法案概要」という。)は、基本方針の内容をより具体化し、法案の提出に一歩近づいたものということができる。



しかし、当連合会が2011年8月19日に発表した「「新たな人権救済機関の設置について(基本方針)」(法務省政務三役)に対する意見」(以下「意見書」という。)で述べた問題点に加え、法案概要について、以下の問題点を指摘するものである。



第一に、地方組織の在り方については、独立性の確保という観点から不十分である。法案概要は、人権委員会の地方組織の事務局の事務を、法務局長・地方法務局長に委任するとし、他方で、公務員による人権侵害事案の調査については、全国所要の地に配置する人権委員会の職員が自ら担うとしている。しかし、パリ原則に沿った人権機関であるか否かの評価を行う国連調整委員会は、国内人権機関において、事務局職員に占める出向者の人数は、職員全体の25%を超えるべきではなく、絶対に50%を超えてはならないとしている。この趣旨からすれば、一部の事務を包括的に法務局に委任することは、独立性の観点から問題が大きく、むしろ、地方に配置する人権委員会の職員に十分な人員を確保し、公務員による人権侵害など、独立性、専門性の強く求められる救済申立事件について、人権委員会が自ら調査を行うことができるように制度設計がなされるべきである。



第二に、調査手続の対象となる人権侵害行為について、国際人権条約との関係を明確にすべきである。国内人権機関は、パリ原則にあるとおり、国際人権条約の効果的な実施を促進し確保することを重要な責務とするものであり、国連人権理事会や各種人権条約機関は、この観点から国内人権機関の早期設立を求めてきた。ところが、法案概要では、調査手続の対象とする人権侵害行為について説明した部分を含め、国際人権条約の効果的な実施という観点を示す部分が存在しない。法案においては、国内人権機関が国際人権条約の効果的な実施を確保することをも目的とするものであることを明記し、また、救済手続の対象となる人権侵害には、国際人権条約に抵触する行為が含まれることを明確にするべきである。



第三に、調査手続の対象となる人権侵害行為を、「司法手続においても違法と評価される行為」に限定しているが、これを要件とすべきではない。法案概要では、調査手続の対象とする人権侵害について、「司法手続においても違法と評価される行為」という説明を加えている。しかし、司法手続は、当事者の多大な負担のもとに遂行され、他方で、解決の方法も損害賠償義務や行政処分取消などの強い効果を発生させるものである。これに対して国内人権機関は、簡易迅速に、他方で司法手続のような強制力や執行力を用いずに柔軟な解決方法を提示しながら人権救済を実現しようとするものである。ところが、司法手続で違法と評価されるものでなければ人権委員会も人権侵害と評価できないとすれば、人権委員会は、裁判所の判例がある事項の救済しか行えないのではないかとの疑問も生じ、また、賠償義務を課したり行政処分を取り消すなどの権能もないにもかかわらず、時効制度などの壁に阻まれることもあり得るなど、その権限と役割は著しい制約を受けるおそれがある。よって、「司法手続においても違法と評価される行為」を要件とすべきではない。



第四に、労働関係の人権侵害も調査手続の対象とすべきである。調査の対象とする人権侵害は、入口を広くして、労働関係を含むあらゆる分野の問題を取り扱うことが、簡易迅速を旨とする国内人権機関として当然であるから、取扱い分野の限定もすべきでない。



当連合会は、政府に対して、当会の意見書及び本声明に沿った所要の修正を行った上で、今国会に人権委員会を設置する法案を提出するよう求めるものである。

 

2012年(平成24年)1月13日

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児