「株式会社東日本大震災事業者再生支援機構法案」に関する会長声明

本日、参議院で可決され、衆議院に送付されていた「株式会社東日本大震災事業者再生支援機構法案」(以下「再生支援機構法案」という。)について、民主党、自由民主党及び公明党の三党協議で合意された修正案の内容が明らかになった。合意案をまとめるための協議に当たられた関係者の御努力に敬意を表したい。

 

当連合会は、本年10月20日付け「事業者の二重ローン問題解消のための『株式会社東日本大震災事業者再生支援機構法案』に関する会長声明」において、東日本大震災にかかる事業者の二重ローン問題の救済や地域社会の再生のため、一方において、一刻も早い再生支援機構法の成立を意図した民主党、自由民主党及び公明党の三党合意が成立したことを歓迎したが、他方において、被災者の救済やコミュニティ再生という目的が確実に実現されるような措置と運用を求めた。

 

しかしながら、本日公表された再生支援機構法の修正案は、農林水産事業者や医療法人、社会福祉法人など、対象事業者を広げた点は維持されているものの、債権買取価格を時価以下とするとともに、債権額(額面額)と買取価格の差額についての原則免除義務を削除し、さらに債権譲渡した金融機関に対し損害担保契約を求めるなど、国の負担を最小限とすることを重視したものとなっており、参議院で野党全党の一致で可決された再生支援機構法案と比較すると、広く被災事業者を救済しようとする立法の精神が希薄になっているという印象は否めない。この再生支援機構法修正案が真に被災事業者の二重ローン問題の解決につながるようにするためには、いくつかの克服すべき課題が残されているといわざるを得ない。

 

そこで、当連合会は、再生支援機構法案について、国会において、少なくとも以下の点について議論を尽くし、適切な修正又は質疑による法案の趣旨の明確化を図り、早期に成立させることを求める。

 

1 金融機関等との損害担保契約(第23条第2項)

 

第23条第2項は、再生支援機構が金融機関等と損害担保契約を締結することができるとしており、その内容は、債権買取り後、債務者である被災企業から債権が回収不能となった場合に、未回収額について再生支援機構と買取先の金融機関等とでロス・シェアリングさせることにあり、損害担保契約を結ばない金融機関等の債権は買い取らないという趣旨であると考えられる。

 

金融機関等は、買取り後に当該企業について支援することを約束することが再生支援機構の支援決定の条件となっており、貸付などの支援をすることが買取りの前提になっている。金融機関等は債権買取りがあった段階で債権額と買取価格との差額を損失として引当金で処理するが、さらに将来発生するかもしれない回収不能額の全部を負担しなければならないとすれば、結局、二重にローンを実行してそのリスクを金融機関等が全部負担することと大して変わらないことになる。

 

そもそも、延滞債権の総額は農林・漁業系協同組織金融機関の貸出分を含めて1兆円あまりであるから(参議院東日本大震災復興特別委員会における金融庁の回答)、買取価格の平均を債権額の5割とし、かつ買取債権の全額が回収不能となったと仮定しても、5000億円の二次損失金額となる。これは、金融機関の不良債権処理問題や住専問題の時に二次損失として国が負担した金額よりはるかに少なく、深刻な原発事故を起した東京電力株式会社に投入される国庫からの資金よりも小さいのである。「被災者の塗炭の苦しみに救済を」というのは全国民の声であって、二次損失金額がこのような範囲に納まる限り、国民的な理解は得られるはずである。

 

仮に、金融機関等に支援対象事業者の再生支援へのインセンティブを持たせるために、一定期間経過後に、回収不能額の一部負担を求めるとしても、最初から、回収不能額の2割を限度とするというように明確な数値基準を設定しなければ、金融機関は将来のロス・シェアリングの金額に備えて引当金を積まなければならず、その適正な規模の推定に悩まされることになり、債権買取りを求めることに消極的になる可能性が極めて高いといわなければならない。

 

以上のとおり、損害担保契約を強制し、かつ負担の上限を示さないことは、金融機関等が再生支援機構に対して債権買取りを求めるインセンティブを消失させてしまい、本制度が全く利用されなくなってしまうことが懸念される。したがって、仮に金融機関等にロス・シェアリングを求めるとしても、将来の回収不能額の負担の上限を明確に定める条文を設けるなどの措置をとるべきである。

 

2 債権の管理及び処分(第27条第1項~第3項)

 

参議院通過法案では、再生支援機構は、

 

① 買取価格が債権額を下回る場合、当該対象事業者の経営状況を考慮し、特別の事情がない限り、その差額相当額につき債務を免除するべき義務を負っている。

 

② 買取り後は、一定期間は弁済を猶予すべき義務を負っている。

 

③ 一定期間経過後は、当該対象事業者の経営状況を考慮し、特別事情がない限り、買取りした債権の残債を免除するよう努力する義務がある。

 

④ 保証人に対する負担軽減措置をとるべき義務がある。

 

とされていた。

 

しかしながら、修正案では、①については規定が削除され、②については弁済を猶予することが再生支援機構の任意とされている。さらに、③については「当該対象事業者の経営状況」だけでなく、「その他の事情を勘案」し、しかも一部についてのみ免除することができるとしている。すなわち、免除が再生支援機構の任意となり、かつ「その他の事情も勘案しつつ」という文言が入ったことにより、二次損失を出さないという政策目的達成のために免除を行わないということも可能な規定となっている。さらに、保証人についても、再生支援機構は、負担軽減措置をとる義務を負うとされていたが、努力義務に修正されている。

 

被災事業者が支払える状況にまで再生したら、残債を支払わなければならないというのは一見もっともな議論であるが、それでは被災事業者の再生計画そのものが成り立たない。参議院通過法案は、被災企業の再生計画が立てやすいように、国家負担で買取債権の残債務を免除し、かつ弁済猶予を義務的とすることで、買取り後の再建を後押しするものであったし、また、経営状況を勘案して買取りから一定期間経過後に残債を免除するよう努力するというのも、東日本大震災の広範かつ深刻な被災状況からの回復の困難性を考慮したものであった。さらに保証人の負担軽減措置の義務も、保証人となっている経営者個人等が困難な状況に陥れば被災中小事業者の再生は困難であるという現実に鑑み、再生支援機構に現実的な対応を可能とするための工夫であった。

 

修正案は、このような適切な配慮・考慮を二次損失の防止の要請の下に放棄し、被災者を広く救済しようとした参議院通過法案の基本姿勢を大きく後退させるものといわざるを得ない。①についての差額相当額についての債務免除と、②買取り後、一定期間の弁済猶予についての努力義務は、被災者にとって希望の持てる政策を目指した本法案の目的達成に必要な規定であり、このような修正が図られることが望ましい。仮に、それが困難であるとしても、この法律案の第1条に定められた「債務の負担を軽減しつつその再生を支援する」という機構の目的に照らせば、少なくとも差額相当額についての債務免除と買取り後の一定期間の弁済猶予の措置が、機構に対して強く求められていることを法案の審議の過程又は附帯決議の中で明確化するべきである。

 

3 買取価格と貸付

 

債権の買取価格の決定方法(第23条第1項)については、附則第3条により指針に定めるとされているが、多くの被災事業者がリーマン・ショック以後赤字に陥っていたことに鑑み、赤字企業の単純な切捨てにならないように、対象事業者について相当程度過去に遡って(例えば5年間)業績を考慮すべきであり、このことを国会審議において明確化すべきである。また、貸付(第16条第1項第2号イ)についても「対象事業者の事業の継続に欠くことができないものに限る。」という文言の趣旨は被災事業者の事業復旧のために必要不可欠な設備や営業拠点確保の資金も含まれるような柔軟な運用を図り、広く被災事業者が再生支援機構の救済対象となるように解釈されるべきであり、この点も国会審議において明確にすべきである。

 

4 機構の業務範囲

 

被災地域における産業の復興のためには、新規融資を明確に実行することが必要不可欠であり、それこそが被災事業者の強く求めるところである。参議院通過法案第16条では、機構の業務範囲に「対象事業者に対する債権の担保の目的となっている財産の取得並びに当該取得に係る財産の当該対象事業者その他の者に対する貸付け及び譲渡」が含まれていたが、これが削除され、「対象事業者の事業の継続に欠くことができない」貸付だけができることに変更された。そして、修正案では、政策金融機関は審査を行った上で対象事業者の事業の再生に必要な資金の貸付を行うよう努めなければならないこととされた。この点も、法文上は努力義務に留まるが、国会審議を通じて、「債務の負担を軽減しつつその再生を支援する」という機構の目的に照らせば、機構や政策金融機関による新規貸付が確実に実行されなければならないことを確認するべきである。

 

以上の点について、十分な配慮がなされず、再生支援機構法がこの修正案のまま成立した場合、多くの金融機関が再生支援機構への債権買取請求を行わず、被害が甚大な地域に存在する約3万2000社(従業員数約36万4000人)と推定される被災した企業・零細事業者の多数は支援を得られなくなってしまうことが強く危惧される。リーマン・ショック以後において全国の企業の平均的な売上高営業利益率はマイナス(すなわち営業損失が出ている状況)で、かつ、被災地の企業は全国平均より数値が悪い(営業損失が全国平均よりも大きい)という報道がなされている。本修正案では、赤字基調である圧倒的多数の被災中小企業・零細事業者が二重ローン問題の中に取り残され、借入れもできずに廃業を選択するしかなくなる。それは東北地方のコミュニティの崩壊、人口の流出、地域経済の縮小又は消滅を意味する。そのような事態が起きれば、生活保護、失業対策費等の社会保障費用の負担が長期にわたり増大することが懸念される。国、ひいては国民全体が負担するその費用は債権買取費用及びその後の二次損失の負担金をはるかに超えるものとなるおそれがある。今、二次損失を恐れ、被災者を支援する政策を後退させることは、我が国全体の復興にとって重大な問題を残すこととなりかねない。国会がこのことに思いを致し、本法案について十分な審議を尽くし、「債務の負担を軽減しつつその再生を支援する」という法の目的が確実に実現されるよう、必要な修正、附帯決議の採択、国会答弁による法案の趣旨の明確化がなされるよう当連合会は強く求めるものである。

 

当連合会は、再生支援機構法案が被災者の救済とコミュニティの再生に真に役立つものとなるよう、本法案の国会審議を注視し、また今後とも全力を尽くす所存である。



2011年(平成23年)11月14日

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児