光市母子殺害事件弁護団への懲戒呼び掛け行為にかかる損害賠償請求事件の最高裁判決を受けての会長声明
2011年7月15日、最高裁判所は、光市母子殺害事件弁護団への懲戒請求呼び掛け行為について弁護団員らが提起した損害賠償請求事件につき、弁護団員らの請求を棄却する判決を言い渡した。
本判決は、「刑事弁護活動の根幹に関わる問題について、その本質についての十分な説明をしないまま、(中略)多数の視聴者が懲戒請求をすれば懲戒の目的が達せられる旨の発言をするなどして視聴者による懲戒請求を勧奨する本件呼び掛け行為に及んだことは、上記の問題の重要性についての慎重な配慮を欠いた軽率な行為であり、その発言の措辞にも不適切な点があったといえよう。そして、第1審原告らについて、それぞれ600件を超える多数の懲戒請求がされたことにより、第1審原告らが名誉感情を害され、また、上記懲戒請求に対する反論準備等の負担を強いられるなどして精神的苦痛を受けたことは否定することができない。」と判示した。
本判決が「刑事事件における弁護人の弁護活動は、被告人の言い分を無視して行うことができないことをその本質とするものであ」ると指摘しているとおり、弁護人は被疑者・被告人本人の意思に反してこれに不利益な弁護活動を行うことはできないのである。刑事弁護人の役割は、被疑者・被告人の援助者として、その権利や利益を徹底して擁護することにあり、そうした刑事弁護人の活動によってえん罪を防止し、量刑の均衡を実現し、恣意的な身体拘束を排除することができるのである。
他方、本判決は、弁護団員が精神的苦痛を受けたことを認めながら、その苦痛が「社会通念上受忍すべき限度を超えるとまではいい難く、これを不法行為法上違法なものであるということはできない」として損害賠償請求自体は認めなかった。
刑事弁護人の活動といえども、社会において批判の対象とされ、懲戒の対象となる場合があることは否定できないが、国連の「弁護士の役割に関する基本原則」第16条が「政府は、弁護士が、脅迫、妨害、困惑、あるいは不当な干渉を受けることなく、その専門的職務を全て果たし得ること、自国内及び国外において、自由に移動し、依頼者と相談し得ること、承認された職業上の義務、基準及び倫理に従ってなされた行為に対して起訴あるいは行政的、経済的その他の制裁を受けたり、そのような脅威にさらされないこと、を保障するものとする。」と定めていることに照らすと、本件判決が、社会の耳目を集める事件の弁護人の弁護活動が「社会的な注目を浴び、その当否につき国民による様々な批判を受けることはやむを得ない」などとして、弁護団員らが被った精神的な苦痛を受忍限度内としたことには疑問があるといわざるを得ない。
当連合会は、本判決が弁護団員らの損害賠償請求自体は認めなかったものの、刑事弁護人の役割について正しい指摘を行った事実を受けて、そうした刑事弁護人の役割と弁護活動が市民に一層広く理解されるよう期待するものである。
2011年(平成23年)10月17日
日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児