東京電力に関する経営・財務調査委員会の報告書についての会長声明

東京電力に関する経営・財務調査委員会(以下「調査委員会」という。)は、本年10月3日に委員会報告(以下「本報告書」という。)を発表した。本報告書では、東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)の財務状況、コスト構造について詳細な検討がなされ、電力料金の値上げの有無や原発再稼動の有無など、東京電力の財務状況に大きな影響を与える不確定要素について、いくつかのシミュレーションを行ってその財務状況を分析している。特に「6 関連する電気事業制度の課題」において、地域独占体制、総括原価方式や託送料金制度、国際的に割高な電力料金の問題点などにも踏み込んだ検討がなされ、発送電分離等の議論についても促している。このように報告書は今後の原子力損害賠償の枠組みを考える上での基礎的な作業がなされたものといえ、前向きに評価できる。

 

他方、本報告書は、今後の原子力事故被害者への損害賠償債務について、原子力損害賠償支援機構法(以下「支援機構法」という。)による支援のうち融資でも出資でもない「資金交付」が選択されることを当然の前提として検討を行い、損害賠償債務に対する引当金を一切考慮しないことで、東京電力の負債金額を低く見積もり、形式的に債務超過に陥っていないとしている点は以下に述べるとおり大きな問題である。

 

すなわち、本報告書によれば、東京電力が実施する損害賠償債務の支払に充てるための資金は、支援機構が東京電力に対して資金交付により援助を行うことで、同額の収益認識が行われるとの前提を置いた上で、調整後連結純資産には、既に発生した原子力損害賠償費(第1四半期3、977億円)の他今後計上すべき原子力損害賠償引当金についても反映をさせない前提で作成されている。

 

支援機構法第41条第1項には、第1号にある資金の交付(法的性質は贈与と思われる)のほか、株式の引受け(同第2号)、資金の貸付け(同第3号)、社債や約束手形の取得(同第4号)、債務保証(同第5号)が列挙されており、同法第42条第1項には、「機構は、前条第一項の規定による申込みがあったときは、遅滞なく、運営委員会の議決を経て、当該申込みに係る資金援助を行うかどうか並びに当該資金援助を行う場合にあってはその内容及び額を決定しなければならない。」とあり、実質贈与である「資金の交付」を選択することが必然とされているわけではない。

 

電力料金の値上げの有無や原発再稼動の有無について場合分けをした上で財務状況の検討がなされているのであるから、少なくとも、支援方法についても「資金の交付」の場合、「出資」の場合、「資金貸付け」の場合のそれぞれについて、引当ての必要性や債務超過の有無について分析・検討すべきであったといわざるを得ない。

 

この「資金の交付」による救済方法は、一旦国債によって損害賠償債務を賄い、その後東京電力が支援機構に交付された資金に相当する負担金を支払うことが予定されている。この負担金は、本年8月23日に資源エネルギー庁が意見募集を行った「電気事業法会計規則の一部改正(案)」によれば、営業費として電力料金原価に組み入れられる予定となっている。この点について当連合会は本年9月22日付け意見書において反対意見を明らかにしているところである。なぜなら、このような制度はその実質において、電力料金で損害賠償を支払う仕組みといわざるを得ず、実質国民負担による賠償金の支払となっているからである。

 

本報告書で示された東京電力の財務状況を前提に、損害賠償債務について引当てを行えば、東京電力は債務超過となっているといわざるを得ない。例えば一過性の賠償額(約2兆6、184億円)と初年度分の経年賠償額(約1兆246億円)のみを引当対象の債務とした場合でも、東京電力は、本報告書にあるように1兆6、025億円の資産超過ではなく、少なくとも約2兆405億円の債務超過である。債務超過状態にある以上会社更生法の適用を含む法的な破綻処理を真剣に検討すべきである。

 

こうした法的処理を行った場合でも、原子力事故被害者への損害賠償債務について、政府又は支援機構が重畳的債務引受けを実施すれば、その履行確保に問題は生じない。被害者保護を理由に東京電力の現在の経営体制を保護すべき必要性はない。

 

当連合会が繰り返し述べているとおり、本件損害賠償費は、東京電力の現有資産から賄われるのが原則である。しかし、本報告書では、送配電網を含む電気事業用資産については一切売却の対象として検討されていない。本年6月17日付け当連合会意見書にあるように、国が被害者への損害賠償債務について重畳的債務引受けをする対価として、特に送配電網を譲り受けることが適切であり、電気事業用資産を一律に維持することを前提とすべきではない。調査委員会は将来の課題として発送電分離の議論を促しながら、これを事実上不可能とする資金交付の方法を支援の前提としていることは自己矛盾とも評し得る。

 

また、同じく6月17日付け当連合会意見書において指摘しているとおり、原子力発電における使用済燃料の再処理等のための積立金の積立て及び管理に関する法律(平成17年5月20日法律第48号)に基づき、核燃料サイクルのための再処理事業を適正に実施するために必要な資金を確保するため、積み立てられている再処理等積立金2兆4416億円(2010年度末)についても、その経済合理性、必要性の観点から不要であるので、損害賠償原資に充てる資産の買収資金の一部として取り崩すべきである。

 

当連合会は、今後は調査委員会の業務を引き継いだ形となっている支援機構又は他の適切な機関によって支援方法が「資金の交付」の場合、「出資」の場合、「資金貸付け」の場合のそれぞれについて、引当ての必要性や債務超過の有無について分析・検討し、その結果を公表した上で、支援機構による東京電力に対する支援の方法を公正に決定することを求めるものである。



2011年(平成23年)10月14日

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児