東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針に関する会長声明
本日、原子力損害賠償紛争審査会(以下「審査会」という。)は、東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針を取りまとめた。当連合会は、審査会開始当初から、自主的に避難している者(以下「自主避難者」という。)の損害についても、被ばくの危険を回避するために避難することが合理的であると認められる場合には、その損害(の全部又は一部)は、賠償の対象とされるべきである旨の見解を表明してきた。
本日、取りまとめられた中間指針では、「中間指針で対象とされなかったものが直ちに賠償の対象とならないというものではなく、個別具体的な事情に応じて相当因果関係のある損害と認められることがあり得る。」「今後、本件事故の収束、避難区域等の見直し等の状況の変化に伴い、必要に応じて改めて指針で示すべき事項について検討する。」とした上で、別途「自主避難に関する論点」と題する資料を配付し、自主避難した者の損害について議論がなされた。同資料では「一般的には、指針の対象区域に居住する者ではなくとも、被曝の危険を回避するための避難行動が社会通念上合理的であると認められる場合には、その避難費用等は、賠償すべき損害となり得る」とし、その合理性判断の基準について、「政府が避難指示等の措置を何ら講じない地点において、自主的な避難をすることが合理的か否かについて判断する適切な基準があるかどうかが問題である」としている。その上で、政府の定めた年間20mSvの基準は下回るが、相当量の放射線量率が観測された場合などにおいて、放射性物質による危険を懸念して自主的に避難することの合理性が認め得るか否かについては、いわゆる風評被害の場合と類似した点もあり、また、妊婦、子ども等対象者の範囲、検査費用、避難費用等の損害項目の範囲、避難指示等が解除された区域との整合性など考慮すべき事項があるとした。その資料に基づきなされた議論では、自主避難者に対し一定の配慮が必要であること、避難せずに残っている者も相当量の被ばくを受けており、それらの者に対しても配慮がなされるべきことでほぼ意見の一致をみて、今後、自主避難者の損害及び相当量の放射線量率が観測される地域に居住する者の損害について、引き続き検討し、何らかの指針又は基準を作成する方向となった。
今回、自主避難者の損害について中間指針に項目として盛り込まれなかったことについては、不安定な立場に置かれている自主避難者の迅速な救済という面から残念であるが、上記のとおり自主避難者の避難行動が社会通念上合理的であると認められる場合には、賠償すべき損害となり得るという見解を示したこと、及び政府の基準は下回っても、相当量の放射線量率が観測された場合には自主的な避難に合理性が認められる可能性を示唆し、自主避難者の損害及び相当量の放射線量率が観測される地域に居住する者の損害について指針を作成する方向性を示した点は高く評価できる。
なお、当連合会では、本年7月13日付け会長声明において、予防原則に照らし、放射線の影響を危惧しこれを回避することが社会通念上相当と考えられる場合、最低でも、福島第一原子力発電所事故発生直後に相当量の放射線を被ばくした住民、さらに放射線業務を行う事業者の義務を規定した電離放射線障害防止規則第3条第1項第1号及び第4項により管理区域とされ、必要な者以外の立入りが禁じられる、3月当たり1.3mSv(=年間5.2mSv、≒0.6μSv/h)を超える放射線が検出された地域から避難した住民及び現にこのような地域に居住又は避難している住民に対しては、合理的な範囲内として、避難費用・精神的損害について、賠償がなされるべきとの具体的基準を提案している。
当連合会は、審査会に対し、今後早急に自主避難者及び相当量の放射線量率が観測される地域に居住する者への損害賠償の在り方について検討し、社会通念上の合理性を柔軟に解釈した基準を定め、避難対象区域内の避難者と同等の賠償がなされるよう、新たな指針を一刻も早く取りまとめることを求める。
2011年(平成23年)8月5日
日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健 児