卒業式の国歌斉唱時における着席を呼びかけた行為を威力業務妨害として有罪とした最高裁判決に対する会長声明

本年7月7日、最高裁判所第1小法廷は、都立高校の卒業式に来賓として出席した同校の元教諭が、卒業式の開式前に列席者に対して国歌斉唱時における着席を求める呼びかけをした行為が威力業務妨害罪に当たるとして訴追された件につき、全員一致の意見で元教諭の上告を棄却し、高裁の有罪判決の結論を是認した。


本判決は、表現の自由につき「民主主義社会において特に重要な権利として尊重されなければならない」としつつも、「意見を外部に発表するための手段…が他人の権利を不当に害するようなものは許されない」との一般論に基づいて、元教諭の行為につき、「その場の状況にそぐわない不相当な態様で行われ、静穏な雰囲気の中で執り行われるべき卒業式の円滑な遂行に看過し得ない支障を生じさせた」と結論付け、これを威力業務妨害の罪に問うても憲法21条1項に反しないとしている。


元教諭の一連の行為は、東京都が、卒業式等において教職員に対し、一律に国歌斉唱時の起立斉唱を強制していることを思想・良心の自由の侵害であると問題提起をするものであるところ、国歌「君が代」の起立・斉唱については、大日本帝国憲法下の歴史的経緯に照らし、その強制が自らの思想・良心の自由を侵害すると考える国民が少なからず存在しており、こうした考え方も憲法上の保護を受けるものと解される。したがって、「国歌斉唱のときに立って歌わなければ教職員は処分される、国歌斉唱のときにはできたら着席してほしい」などと保護者らに呼びかけた元教諭の行為は、教職員らの思想・良心の自由の侵害を未然に防ごうとしたものであるから、元教諭に刑事罰を科すことは人権侵害に対する表現行為として極めて慎重な考慮を要する。


いうまでもなく、表現の自由は民主主義の死命を制する重要な人権であり、裁判所は、「憲法の番人」として、表現の自由に対する制約についてその必要最小限性を厳格に審査すべきである(2009年第52回人権擁護大会宣言「表現の自由を確立する宣言~自由で民主的な社会の実現のために~」)。


しかるに本判決は、元教諭の行為をただ「不相当」であると断じ、また、その発生させた結果についても「卒業式の円滑な遂行に看過し得ない支障を生じさせた」(ただし、卒業式の開始は2分程度遅れただけである。)と抽象的に述べるのみでその違法性を肯定しており、元教諭の表現行為の上記の憲法上の重要性との厳密な利益衡量をしておらず、かつ、刑事罰が真にやむを得ないものであるかどうかについての考察もなされていない。


思想・良心の自由の侵害という重要な憲法問題に関わる本件の表現行為についていともたやすく処罰を認めた本判決は、憲法で保障された精神的自由の重要性を軽視するものといわざるを得ない。



当連合会は、裁判所が表現の自由に対する制約について厳格に審査すべきであることを、ここに改めて宣明する。

 

2011年(平成23年)8月5日

日本弁護士連合会      
会長 宇都宮 健 児