東京電力福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針に向けての会長声明

原子力損害賠償紛争審査会(以下「審査会」という。)は、東京電力福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針を、7月にも取りまとめるとしている。当連合会は、既に、本年6月23日付け意見書において、コミュニティの維持を含む生活全般の再建が早急に可能となる損害賠償の在り方を考えるべきである、などの意見を述べたところだが、第9回審査会(7月1日)までの審理を踏まえて、さしあたって、最も重要な2点に絞って指摘する。

 

1 自主的に避難している者の損害について、中間指針に含めるべきである。

放射能の危険から避難している者の損害については、「政府による避難等の指示に係る損害」のみが対象とされており、これ以外に多数の自主的に避難している者がいるにもかかわらず、その損害は、既に策定済みの第一次指針及び第二次指針では全く考慮されていない。



これについて、当連合会は、被ばくの危険を回避するために避難することが合理的であると認められる場合には、その損害(の全部又は一部)は、賠償の対象とされるべきである旨、繰り返し意見を述べてきた(5月30日付け意見書、6月14日付け会長声明、6月23日付け意見書。)。

 

しかるに、審査会は、第7回(6月9日)の「中間指針策定に向けた今後の検討項目(案)」において、今後検討すべき項目として、「2.政府指示等の対象地域外に係る損害関係」に「避難等対象区域外の住民の避難費用、検査費用等」を挙げ、自主的に避難している者についての損害も、その検討項目に挙げていた。そして、この項目は、第8回(6月20日)の同名の資料でも、維持されていた。

ところが、第9回(7月1日)で示された「中間指針の論点(案)」においては、この項目自体が削除された。また、このことについて何の説明もなされていない。

 

既に、当連合会が繰り返し指摘しているとおり、放射線の人体や環境に対する影響は科学的に十分解明されているわけではなく、しかも、低い放射線量でガンなどが起きる可能性があり、成人よりも子どもの方が放射線の影響を受けやすいとの報告がなされていることや放射線の長期的(確率的)影響をより大きく受けるのが子どもであることに鑑みると、感受性が高く、年齢が若い、胎児・幼児・子どもとその親や妊婦は、政府の避難指示の基準とされる、年間20mSv未満であってもリスクが高く、これに対し人々が不安を感じることは避けられない。したがって、損害賠償の範囲を検討するに当たっては、予防原則に照らし、放射線の影響を危惧しこれを回避することが社会通念上相当と考えられる場合、最低でも、福島第一原子力発電所事故発生直後に相当量の放射線を被ばくした住民、更に放射線業務を行う事業者の義務を規定した電離放射線障害防止規則第3条第1項第1号及び第4項により管理区域とされ、必要な者以外の立ち入りが禁じられる、3月あたり1.3mSv(=年間5.2mSv、≒0.6μSv/h)を超える放射線が検出された地域から避難した住民及び現にこのような地域に居住又は避難している住民に対しては、合理的な範囲内として、避難費用・精神的損害について、賠償がなされなければならない。

 

よって、中間指針においては、この項目を損害賠償の対象として明確にするべきである。

 

2 損害の終期に関する議論は時期尚早である。
第9回(7月1日)においては、損害の終期に関して、「公共用地の取得に伴う損失補償における転業等に必要となる期間について」と題する資料が配付された。

同資料では、「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱(昭和37年閣議決定)」、「公共用地の取得に伴う損失補償基準(同年中央用地対策連絡協議会決定)」「公共用地の取得に伴う損失補償基準細則(昭和38年同協議会決定)」が引用され、公共用地の取得に伴う損失補償における転業等に必要となる期間について、業種ごとに、以下のとおりとされている。

 

商工業については2年以内(基準第43条第四号、細則第26)

 

農業については3年以内(基準第46条第二号、細則第29)

 

漁業については4年以内(基準第50条第二号、細則第33)

 

(営業休止に係る補償期間の損失を含む。ただし商工業は、工事期間若しくは2~4か月+準備期間を加える。細則第27及び別表第四。)

 

しかしながら、同要綱(基準及び細則)は、土地収用法等によって生ずる損失の補償基準を定めたものであって、本件のような著しく大きな災害によって広範な地域が全般にわたって破壊され、しかも長期にわたって継続している場合の損害賠償の範囲を定めるものではない。土地収用法等の場合には、事前に準備期間があり、しかも、代替地があることなどから、相当期間内に同様な業務を開始することも可能であるが、本件のような場合には、事前に全く準備することができずに避難を余儀なくされ、しかも、事態の収束時期の見通しがつかないことから元の場所に戻ることができるのかできないのかさえも不明確で、別の場所で新たな生活や事業をすべきかどうかも不明で、その上、規模が余りに大きいことから代替地での業務開始等も極めて容易でないことから、本件の場合に、同要綱等を基礎として、損害賠償の範囲を考えることは、基本的な前提が誤っている。



そもそも、福島原発事故は未だ収束しておらず、汚染範囲が拡大し続けているのであって、この現状において損害賠償の終期を論ずることは時期尚早である。



よって、損害賠償の終期に関して同要綱等を参考とすること及び中間指針において終期の基準を定めることには反対である。




2011年(平成23年)7月13日

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児