最高検察庁の録音・録画試行指針に対する会長声明
本年2月23日、最高検察庁(以下「最高検」という。)は、特別捜査部における取調べの録音・録画の試行指針(以下「本指針」という。)を公表し、本日、法務省の「検察の在り方検討会議」第10回会議に提出して説明した。
その内容は、特別捜査部の取り扱う独自捜査事件であって、当該被疑者の供述調書を証拠調請求することが見込まれる事件等において、被疑者の身体拘束中の取調べにつき、「取調べの持つ真相解明機能を損なわない範囲内で、検察官による取調べのうち相当と認められる部分を適切に選択」して、録音・録画の対象とするというものである。試行の趣旨としては、被疑者の供述調書が「適正な取調べにおいて作成され任意性・信用性等に疑念を生ずるものではないことを的確に明らかにし、裁判所の公正な判断に資する立証方策の在り方を検討するため」であるという。
本指針は、いわゆる厚生労働省元局長事件を機に、最高検が今後の取調べの改善をめざして発表する施策となることが期待されていた。しかし、本指針は、被疑者の取調べの全過程の録画ではなく、検察官が「相当」と認める部分を選択して録画をするというものであり、これでは、「適正な取調べ」を確保することはできない。部分的な録画では、任意性・信用性等を的確に明らかにすることはできないし、裁判所の公正な判断に資する立証ともならないことは明白である。これでは、裁判員裁判対象事件について既に実施されている一部録画とほとんど変わらず、恣意的に一部のみを録画することによって密室で作成された供述調書に証拠能力を付与するよう試みることは、冤罪防止のためには全く機能せず、むしろ有害なものである。
厚生労働省元局長事件では、関係者らに対する検察官の強引な取調べによって、多数の者が、客観的事実とは異なる同一内容の供述調書に署名押印したとされている。このような事態防止のためには、取調べの可視化(取調べの全過程の録画)が必要であることは、「検察の在り方検討会議」でのヒアリングで元局長が指摘していたところである。同事件において、元係長は、最終的に、自己の意思に反する供述調書への署名押印を検察官に強いられたとされているが、検察官に対し事実を否定している部分を録画しないで、最後に検察官のストーリーどおりの供述調書への署名押印に応じている部分だけを録画しても、冤罪事件を防ぐことはできない。取調べの可視化(取調べの全過程の録画)が不可欠であるのに、これを再発防止策としない本指針の姿勢は、厚生労働省元局長事件から何も学ぼうとしないものであって、最高検が自ら改善策を打ち出せず、自浄能力がないことを示している。
よって、当連合会は、「検察の在り方検討会議」において、このような最高検の誤りが厳しく指摘され、実効的な再発防止策が提言されることを期待する。
2011年(平成23年)2月24日
日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児