尖閣諸島ビデオ映像流出問題についての会長談話

本日、東京地方検察庁は、尖閣諸島沖で発生した中国漁船と海上保安庁の巡視船の衝突事件の映像をインターネットに流出させたことを自認している元海上保安官を起訴猶予処分とした。


最高裁判例(最高裁第二小法廷決定昭和52年12月19日)は、国家公務員法第100条第1項に規定する「秘密」とは「国家機関が単にある事項につき形式的に秘扱の指定をしただけでは足りず、右「秘密」とは、非公知の事項であって、実質的にもそれを秘密として保護するに価すると認められるものをいう」とし、いわゆる「実質秘」であることを要件としている。


ところが、本件ビデオ映像の元となる合計約10時間のビデオ映像の取扱いは「秘密」指定さえされておらず、当初、海上保安庁内の研修資料として共有されていた。その後1か月以上も経った10月18日になって、馬淵澄夫国土交通大臣(当時)が海上保安庁に映像の管理徹底を求めたものである。


また、本件衝突事故は、発生直後から事故状況に関する具体的な報道がなされており、11月1日、本件ビデオ映像を目視確認した与野党の国会議員が映像の内容を記者に詳細に説明し、テレビでは再現画像を作成して放送し、新聞では再現図を掲載した。このため、この時点において、だれもが本件ビデオ映像の内容を知ることとなっていた。


他方、中国漁船の船長は、那覇地検の判断によって、逮捕後まもなく釈放され、帰国しており、同人が再度、日本国内に立ち入らないかぎり日本の刑事裁判を受ける可能性はなく、本件ビデオ映像が刑事訴追のための証拠として使用される可能性もなくなっていた。


したがって、本件ビデオ映像は、もともと形式的にも秘密扱いされていなかったうえ、報道によって概要が明らかにされた時点で、すでに実質的に秘密として保護するに値すると解することが困難となっていたと評価できる。


今般、東京地方検察庁が元海上保安官の起訴を断念したのは上記事情を考慮したものと思われるところ、そうであれば、元海上保安官の行為は、「秘密」を漏らしたものとは評価できず、守秘義務違反に該当することを前提とする起訴猶予処分ではなく、「嫌疑なし」として不起訴処分とすべきであった。


さらに、政府は、これを機に、秘密保全に関する法制の在り方や措置について検討するために「政府における情報保全に関する検討委員会」を立ち上げた。


しかし、上記のような事案を背景に、現時点で立法化を検討するとすれば、本件のような実質的に秘密として保護するに値しないものまで「秘密」として保護できるようにするために「秘密」の解釈の拡大化・曖昧化や重罰化に向かうことが強く懸念される。


政府が早急に行うべきは、本件のみならず、テロ関連情報流出問題も視野に入れて、現状のデータ管理を徹底的に見直し、明確な公開と非公開の管理基準とこれに基づいた運用の実行、問題が発生した場合の迅速な対応など、インターネット社会に相応しい適正な情報管理と迅速な情報公開の両立を実現することである。


2011年(平成23年)1月21日

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児