厚生労働省元局長事件の検証結果報告書に関する会長声明
本日、最高検察庁(以下「最高検」という。)は、いわゆる厚生労働省元局長無罪事件に関する検証結果報告書(以下「本報告書」という。)を、法務省の「検察の在り方検討会議」第3回会議に提出して報告するとともに、一般に公表した。
しかし、本報告書は、検察庁による内部調査の限界を露わにしている。
報告書は、主として大阪地方検察庁、大阪高等検察庁及び最高検の各関係者からの事情聴取結果に基づいて事実認定を行っているが、問題の検察官から取調べを受けた関係者からの事情聴取を行っていない。その結果、本件の一連の事件について徹底した真相解明が行われたとは言えず、身内に甘く、不公正な調査との批判を免れない。このことは、厚生労働省元局長事件で、検察官が関係者らに対する強引な取調べによって予め描いたストーリーに沿った虚偽の内容の供述調書に署名押印させたことについて十分な解明が行われていない点に現れている。さらに、最高検自体が内容の作成に関与したとされる有罪の論告について、これを正当化するような記述がなされていることも、内部調査では、公正かつ徹底した真相解明が不可能であったことを示している。
「検察の在り方検討会議」では、取調べを受けた関係者からの事情聴取を含め、本件の一連の事件について十分な真相解明を行った上での事実に立脚し、検察の在り方が議論されることが期待される。
次に、再発防止策も極めて不十分である。第一に、上級庁による指揮・指導の強化を掲げているが、そもそも厚生労働省元局長事件は、検察庁内部の決裁制度が冤罪防止の機能を果たせなかったことを端的に示した一例である。密室で内容虚偽の供述調書が作成され続ける限り、上司や上級庁の決裁による冤罪防止を期待することはできず、むしろ取調べの状況を事後的・客観的に検証できるシステムを構築し、相手方当事者及び裁判所によるチェック機能を実効化することこそが必要である。
第二に、本報告書は、特捜部が担当する独自捜査事件のうち身体拘束事件等に関し、取調べの録音・録画の試行を打ち出しているが、これが裁判員裁判対象事件について既に施行されている一部録画と同様、恣意的に一部のみを録画することによって密室で作成された供述調書に証拠能力を付与しようとするものであるとすれば、冤罪防止のためには全く機能しない有害なものとさえいえる。
本件のような違法・不当な取調べを抑止するためには、参考人も含め、その供述の状況を客観的に記録・検証するシステムとして、取調べの可視化(取調べの全過程の録画)が不可欠である。これを再発防止策としない本報告書の姿勢は、真に厚労省元局長事件の教訓を学びとろうとする姿勢に欠けるものというほかない。
第三に、本報告書は、元主任検事によるフロッピーディスクの改ざんが弁護人からの証拠開示逃れであったことを認定しつつ、証拠開示の適正化について全く触れられていない。相手方当事者によるチェックを実効化し、冤罪を防止するためには、検察官手持ち証拠のリスト交付と原則全面開示が義務付けられるべきである。本件のフロッピーディスクのような重要な客観的証拠については、恣意的に関係者に還付することが許されるべきではなく、検察庁で厳重に保管の上、他の証拠と併せて、弁護人に対して全面開示すべきであり、そのことが本件のような事態についての再発防止策とされるべきである。
第四に、本報告書は、公正な検察権行使に関する「基本的な原則ないし心構え」を定めることも提案している。しかし、これに実効性を持たせるためには、既に世界各国で定められている検察官の倫理規程を参考にしつつ、検察官の具体的な行動規範を職務基本規程として策定し、広く公表すべきである。それとともに、その履行状況をチェックする監察制度を設け、違反した検察官を適正に処分する懲戒制度を早急に整備することも必要である。
以上のように、本報告書の検証結果と、それに対応して提案された再発防止策は、いずれも極めて不十分である。
当連合会は、「検察の在り方検討会議」において、本報告書の内部調査の限界に留意しつつ、徹底的に調査と議論を尽くし、取調べの可視化と検察官手持ち証拠の原則全面開示を軸に、二度と厚生労働省元局長のような冤罪被害者を出すことのない実効的な再発防止策が提言されることを期待する。
それとともに、厚労省元局長事件のような冤罪事件の発生原因を究明する第三者機関を政府から独立した機関として設置する必要性を改めて訴えるものである。
2010年(平成22年)12月24日
日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児